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全広島代表した揺るぎない力
全国・世界に影響与える
                 8・6行動の重要な教訓      2016年8月22日付

 原水爆禁止広島集会を頂点にした今年の8・6をめぐる運動は、全広島市民とともに全国、世界に強い影響を与える画期的な成果を残すものとなった。本紙は、この運動にかかわった原水爆禁止全国実行委員会、広島の会事務局、人民教育同盟、劇団はぐるま座団員、本紙記者による座談会を開き、その成果と路線的な教訓、今後の展望について論議した。
 
 剥がれ落ちた米国美化の欺瞞

 司会 今年の8・6は、昨年、全国的な激突を作り出した安保法制の強行可決にはじまり、オバマの広島訪問や沖縄での米軍基地建設をめぐる攻防、そして、参院選後の安倍政府の暴走体制という情勢下で迎えた。8・6広島集会を頂点にして、第15回目となる広島「原爆と戦争展」、全国交流会、平和公園でのキャラバン展示、宣伝カーによる活動、小中高生平和の旅、はぐるま座の『原爆展物語』公演など重層的なとりくみを展開し、原水爆禁止と戦争阻止の壮大な世論と全国団結を強めるうえで大きな成果を上げることができた。それぞれの特徴から出してもらいたい。 
  (記者) 今年のデモ行進は、沿道からの反応がかつてなく熱烈だった。峠の詩の朗読や「アメリカは核も基地も持って帰れ!」の集会アピールの内容を聞いて手を振ったり、店からも商店主や店員が出てくるし、一緒に拳をあげたり、にこやかに見守る人たちが多かった。デモを見ていた婦人が「自分の父親は原爆症になり、死ぬ間際に“アメリカがピカドンを落としやがった”と憎んでいた。オバマが来た時は狙い撃ちしたいほどの気持ちだった」と涙を流しながら語り、「このデモ隊の訴えを聞いて感極まった」といっていた。市民感情を代表してオバマの欺瞞を暴露したこともあるが、峠三吉の詩の子どもたちの群読や、デモ全体から醸し出される雰囲気が市民と一体感を持っていることを確信した。他にも「安倍打倒!」と叫んでいる団体のデモもあったが、わめき立てたり、顔つきや雰囲気は市民から毛嫌いされる自己主張型であり、市民は忌み嫌っていた。だれもが安心して参加できるし、全広島市民の当たり前の世論を代表し、それを堂堂と主張する勢力として圧倒的な支持を受けた。
 (原水禁実行委員会) 先行して4日からはじめた宣伝カーの訴えに対する反応も強く、全市的な注目を集めた。訴えの内容は、オバマの「核なき世界」の大インチキや、それを褒めそやす一方で、殺された市民の側に「謝罪を求めるな」と説教するマスコミの恥ずべき本末転倒、安保法制を強行してアメリカの身代わりで日本の若者を戦地に送り、原発を抱える日本本土を報復ミサイルの標的に晒す安倍政府を批判するものだが、その訴えの一つ一つに拍手を送る人、宣伝カーと一緒に写真を撮る人、病院から女性がわざわざ追いかけて翌日の集会に参加したり、「頑張ってください!」と手を振ってきたり、市民の反応が日に日に増していき、8・6に向けて市民世論が一気に盛り上がっていくのを肌で感じた。
 (はぐるま座団員) 信号待ちで手を振ってくるサラリーマン、八丁堀の電停で集団で手を振る若い人たち、子どもの手を引いた若い母親や、孫を連れたおばあちゃんたちが頷きながら聞いている。いろんなところで訴えの内容を聞いて意思表示をしているのがわかる。子どもが「うるさい」という感じで耳をふさぐと、お母さんが頭を叩いて「大事なことをいっている」とたしなめている姿もあった。バス停でもバスの運転手さんが上手に避けていってくれたり、ガードマンやタクシーの運転手も嫌な顔一つせず、当然のように対応してくれた。その阿吽の呼吸の連携を見て、市民の協力で成り立っていると感じた。また、平和公園の元安橋でチラシ配りをしていると、「オバマ訪問を広島の人が喜んでいるのは本当ですか?」と何人も聞いてくる。その真偽を確かめるために全国や世界から広島に来ていると感じたし、宣伝カーの内容を聞いて「これが本当ですね」と納得していた。広島の当たり前の声として受け止められていた。
 (広島の会事務局) 8・6集会に参加した女子学生が「全体が共通した課題にむかって一致団結していて感動をした」と初めて参加した感想を語っていたが、被爆者たちもさらに高揚している。全国交流会でも白熱していたが、沖縄で20歳の女性の命を蹂躙した米軍への新鮮な怒りや島ぐるみの基地撤去のたたかいと響き合い、オバマ訪問の欺瞞への怒りを重ねて、アメリカの原爆投下からはじまる戦後支配についての認識が非常に鮮明になっている。体験を聞いた子どもたちも「戦争はなぜ起きたのか」「日本政府はどんな態度をとったのか」など鋭い質問を返してくるし、被爆者たちも「ぼやぼやしておれない」「自分ももっと勉強しなければいけない」「原爆の被害のひどさだけでなく、歴史の裏側を伝えなければいけない」と語る。市民と一体となった高揚感をともにしながら、デモ後も一緒に拳を上げていた。
 「戦争を阻止する全国的な大交流の場にしよう」ととりくんだ第15回広島「原爆と戦争展」は、被爆者も体験を語る意欲や迫力が増しており、10日間の会期中にのべ50人の被爆者や戦争体験者が体験を語った。みんな自分の方から参観者に声をかけて「二度と自分たちのような苦しみを受けさせたくない」「戦争を止めるために自分たちは語り伝えるんだ」という意欲がすごく強かった。全国から来る人たちも自発的に「被爆体験を聞かせて欲しい」とやってくる。家族連れや学生グループ、小中高生、教師集団、外国人などかつてないほど多かった。「このパネルを使いたい」と貸出や購入を申し出る人も、東京、神奈川、滋賀など全国五都県からあった。
 また、アメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、スペイン、ギリシャ、スイス、ロシア、中国、韓国、インドネシア、シンガポールなど約15カ国から、グループや家族が訪れた。「アメリカは謝罪すべきだ」とか政治的に突っ込んだ内容の反応が返ってきた。ドイツ人の研究者は「アメリカのいいなりになって日本が自衛のための軍隊を海外に出そうとしている。ドイツも同じだ。TPPと同じようにドイツもアメリカの支配を受けている」と共感していた。世界への響き方もかつてないものがある。

 大戦パネルに深い共感 若い世代や外国人

 (記者) パネルを見て「原爆だけでなく、あの戦争がなんだったのかを理解しなければいけない」という意見が多かった。そうでなければ原爆も理解できないという関係だ。全国高校文化祭もあって教師がたくさん来場したが、「なぜ戦争が起きたのかということと、どうしたら止められるのかを教師として教えていきたい」という意見がどんどん返ってきた。「貧乏になって戦争になった」という戦前と、「また貧乏になって戦争になる」という現代が繋がっていく。スペイン人が「アメリカに支配されてひどい国に」というパネルを見て、「これは日本だけでなく、世界中で起きていることだ」と共感してきた。戦争そのものに関心が向いていることを感じた。
 (記者) 平和公園でのキャラバン展示では、全世界からきた外国人が注目し、「原爆投下は必要なかった」と「みんなが貧乏になってまた戦争になっていく」というパネルに釘付けになっていた。それぞれの国の状況と重ねて「このパネルは真実だ。公平な視点から描いている」といい、アメリカに隷属している日本の状況から独立の問題も論議になった。「本物に出会えた」「広島に来た意味があった」と喜ばれたが、とくに5日、6日は、みんな厳粛な気持ちで訪れているのに、平和公園では大音量で音楽を流したり、お祭り騒ぎの雰囲気もある。そのなかで「まじめにやっている勢力だ」と一層注目を集めた。
 (教師) 今年の「広島に学ぶ小中高生平和の旅」は、小学1年生から高校3年生まで参加した。子どもたちの被爆者に学ぶ姿勢は、昨年よりさらに真剣さが増していた。感想文を読んでも被爆者の話を正確に聞きとっている。中学生になると「政府が戦争を終わらせようとしなかったことや、戦争がどのようなものだったのかを考えなければいけない」と書いている。子どもたちみんなが広島に来る意味を理解していることに青年教師も驚いていた。看護も兼ねて参加した母親は、子どもたちが峠三吉の詩の群読をするこちらのデモ行進と、わめき立てる別のデモ隊との違いに驚き、「これでは被爆者の真剣な気持ちが伝わらない」といっていた。市民の注目を集めながら、子どもたちが最後までデモ行進を歩きぬいたことも被爆者の熱意に応えようという思いの強さが表れていた。
  原爆展の内容が「ほかの展示会と全然角度が違う」と感動していく人や、集会・デモを見て「子どもたちの顔つきが違う」と驚いていく人が多かった。観光ボランティアガイドの人も「広島のガイドは原爆の被害だけに限定されているが、戦争の本質や原爆投下の目的について知らせなければ本当の原爆の意味も残酷さも伝わらない」といい、何度も原爆展会場に来て学んでいった。8・6を迎える広島全体を牽引していく運動として内外から認知されていると感じた。
  今年はとくに、参院選をへて国会の中だけ見ると安倍自民党の一強体制となり、野党勢力は総瓦解という状況で、「どうすれば戦争を止められるのか」という全国的な問題意識が渦巻いていた。既存勢力をみても、原水禁は福島で世界大会をやり、原水協も「オバマ訪問を評価する」という調子でまるで迫力がない。「野党に投票しない国民はバカだ」といって潰れていく流れだ。そのなかで「原爆と戦争展」の展示内容や会場の雰囲気、市民がどんどん語っていく質の運動が他にないものとして注目された。全国から来た「禁・協」傘下の人人が「自分たちが戦争展をやっても人が来ないし、こんな展示会にはならない。この展示会には市民の思いや体験者の思いがビンビン伝わってくる」とその違いに衝撃を受けていた。広島、長崎、沖縄、東京など全国の体験者の思いを一つに繋いでいくことで全国団結を広げたし、そのような質の運動は自己主張や被害者意識の傷のなめ合いではなく、全国の人人の思いを束ねて代弁し、より多くの市民が発言し行動できるように手助けをしていく政治勢力でしか実現できない。戦争情勢が近づくなかで大衆の力が確信できず潰れていく路線と、これから発展する路線との違いがますます鮮明になっていると感じた。

 米国直結の抑圧取払う 色あせたオバマ訪問

 (記者) 今年の8・6の成果は、かなり深い内容をもっている。この十数年間追求してきた峠三吉の時期の原水禁運動を再建する運動は、新しい局面を築いたといえる。被爆60周年のころは、有名な語り部の会が解散し、マスコミは「被爆体験は風化している」というキャンペーンを張っていたが、2001年に峠のパネルを使った第1回目の広島原爆展を旧日銀広島支店でやって「広島の面目を一新した」と全市民的な共感を集め、この十数年間で市民自身の運動として発展し、広島における最大勢力になった。
 アメリカは、この50年8・6路線を継承する運動に焦点を定めた攻撃をマスコミなどを総動員してやってきた。05年には朝日新聞の主催で筑紫哲也を登場させて「反核を反米にするな」のシンポジウムを開いたり、アメリカ仕込みの秋葉市長は「アメリカとの和解」を唱えた。長崎の本島元市長も「広島よおごるなかれ」と峠三吉を名指しで批判し、「女や子どもにいたるまで戦争協力者であり、被害をいう前に加害責任を反省せよ」と吹聴した。オバマ政府が誕生すると、秋葉は「オバマジョリティー」といって広島への招へい運動をやり、「日共」集団や社民潮流も諸手をあげて礼賛した。だが、こちらの毎年の宣伝行動のなかで、広島市民の頑強な意志が示されてきたし、あらゆる欺瞞が通用しなくなった。
 そのなかで今年は、もう一段構えたところからオバマを直接広島に乗り込ませ、「広島に来たのだから、謝罪要求など一切するな。和解でいけ」というキャンペーンを強力にやった。本丸が乗り込んできたわけだが、これに対する広島市民の憤激が増すなかで、こちらの宣伝行動がもっとも的を射たものとして深い共感を集めたという関係だ。1950年8・6斗争で、占領下の戒厳令状態の広島で「原爆投下は犯罪だ」とやって全広島の支持を集めた同じ質の共感だ。オバマ訪問は、被団協を含めた「広島の顔」とされてきた部分がアメリカにごますりをやり、逃散していくという姿を市民に見せつけた。アメリカと親米勢力の側に欺瞞する力がなくなり、今度は広島市民の側が被爆地の真実を堂堂と全世界にうって出ていく歴史的な段階にきていることを感じさせる。
 だから、この運動体への共感と期待は強い。原爆と戦争展のパネルの内容、会場の雰囲気、被爆者が精魂込めて体験を語り、学生や若い人たちが一生懸命それを支えている。それが、平和公園でのキャラバン展示、小中高生平和の旅、宣伝カー、8・6集会、デモとつながり、その運動体が堂堂と市民の声を代弁して原水禁運動全体を牽引していくことへの深い共感だ。そこに貫かれている質を鮮明にして、そのような政治勢力を全国的に結集していくなら日本の平和運動は非常に強力なものへ刷新できる。

 市民の願いと真実代弁 大衆世論の巨大な力

 (記者)「禁・協」の活動家から「なぜこんな運動ができるのか」という意見があったが、根本的な立場の違いだ。第1回目の下関原爆展は被団協製のパネルを使ったが、被爆者の気持ちが乗らず、ものすごく不評だった。原爆を投下した側から「原爆はこんなにすごい爆弾だ」というものだった。こちらは原子雲の下にいた被爆者の体験から出発するし、それを最も体現している峠三吉の詩をもとにしたパネルを作成したら、堰を切ったように被爆者は語り出した。これはものすごく教訓的だ。禁や協とは立場が真逆だ。「原爆は戦争を早く終わらせたのだから感謝すべきだ」「被爆市民も加害者だから落とされても仕方なかった」という立場で、被爆者や戦争体験者が真実を語れるわけがない。その抑圧をとり払ったから語れるようになる関係だ。
 H パネルは、沖縄戦の真実、東京大空襲、長崎、広島の戦後の経験も含めて全日本人民の第二次大戦の体験をこの十数年をかけてバージョンアップもしながらつなげてきた。ウソがなくすべて真実だから強い。戦争勢力の側は、原爆、沖縄、東京などそれぞれの体験を切り離し、沖縄では本土との対立を煽って分断していく。日米支配層の戦争犯罪を免罪するため、人民同士を対立させたり、戦争の局部だけを切りとって「加害者だ」といって、全体を貫く矛盾から切り離して体験者を黙らせるという力を加えてきた。
 だれがなんといおうと人民の側から原爆投下の犯罪性を正正堂堂と市民の中で運動にしていったのが50年8・6斗争だが、それは一党派が拳を上げたというものではなく、全広島市民と繋がって真実の声を上げていった。今年の8・6も、集会の人数だけでなく、街頭での原爆展、沿道で応援してくれる人、ポスター行動の協力者、会場に来れない人たちも含めて十数年の蓄積のうえで全市民的な力を組織している。オバマがきて「謝罪を求めるのは品位がない」というキャンペーンをかなりやったが、被爆者たちは「懐に核をしのばせて反核を叫ぶ大インチキだ」と揶揄していた。それを代表してガンガン暴露していくことで拍手喝采になった。あのように欺瞞して語らせない抑圧を引きはがし、真実で勝負していくという路線でいくなら勝てるというのは大きな教訓だ。
  小中高生から20、30代の若い世代も含めて、祖父母や被爆二世の親から脈脈と受け継がれてきた被爆の体験、また、それを黙して語らなかったじいちゃん、ばあちゃんの思いについてものすごく考えている。謝罪もなくオバマが来ることにお祭り騒ぎする風潮への嫌悪感など、口には出さないが、底流に全市民的な情感がある。その思いが今年は一段と高まったし、それに応える活動になった。
  原爆展スタッフとして積極的に行動していった学生たちが、そのような問題意識を代表している。広島で生まれ育って感覚的に持っているものはあるが、「真実を確かめたい」といって被爆者に熱心に話を聞き、浮薄なマスコミのキャンペーンに流されない。真実性を感じたら誠心誠意それに応えようと努力するし、炎天下でのビラまきや街頭展示もがんばってやっていた。他県から来た学生や留学生も広島という地に特別な思いをもって参加してきた。政治的な言辞を勇ましく唱えるというものではないが、被爆者の思いを学び、世界中の人たちからの反応を直に感じながら「被爆者の思いを伝えたい」「平和のために役に立ちたい」という純粋な思いで献身的に働いていた。戦後70年を経て体験者が減ったという条件の下で、安保法制や憲法改定など、戦争や原爆を過去のこととしてフタをし、欺瞞に欺瞞を重ねて戦争準備を進めようとしているが、若い世代も被爆2世や3世、戦争遺族、親から子へ、子から孫へと思いは引き継がれている。こちらが体験者の新鮮な怒りを代表していくなら、世代を超えてそれを共有して力を発揮していく基盤が広大にあることも示したと思う。

 世界の注目集める運動 新時代の到来を確信

  オバマは広島訪問で世界中を欺瞞しようとした。だから、今年は海外から来る人は一段と多かったし、政治的な意識が非常に強かった。「和解したようにいっているが、本当に広島は謝罪を求めていないのか?」という疑問を投げかけてきた。アメリカ人であったり、ロシアの大学人も「あの当時、広島は日本における主要な軍事拠点ではなく、人人が生活する町への原爆投下は許されるものではない。戦勝国ということで彼らの犯罪はなにも裁かれてない」と踏み込んだ発言をしていた。外国人は「これはだれがやっているのか。官製の運動か? 市民の運動か?」と質問してくる人が多かった。市民の手でやっていることを知ると非常に喜ぶというのも共通していた。
  海外でも、第2次大戦をあのように評価して方向性を指し示している運動体はない。「反核・反戦」という市民運動の枠内がほとんどだ。だが、50年8・6斗争によって峠三吉の「原爆詩集」が全世界で感動的に受け止められて広がっていくのと同時に、日本では私心なく市民を代表した運動が広島で起きているということへのものすごい共感が広がった。「自分の国でもこのような運動をやりたい」という声が多かったが、ここを断固進めていく以外に国際連帯の道筋はない。この方向でいけば、50年8・6で切り開かれ、日本で世界大会を開くまでに発展した質を持った運動として、日本を中心に国際的な平和運動を発展させることができる。そんな質を持った運動だと確信を持つ必要がある。
 F キャラバン展示を見た中国人男性は、南京大虐殺で親戚を含めて家族が十数人も殺され遺体も見つかっておらず、空っぽの墓に毎年大晦日にはお参りにいくといっていた。「日本で南京大虐殺の記述をみたのはこのパネルが初めてだ」といい、「中国人として日本の被害についてはいいにくい立場だが、中国人も戦争の犠牲者だし、日本人民も戦争の犠牲者だ。同じ戦争の犠牲者として、今からは私たち世代が平和のためにどうかかわっていくかだと思う」と涙を流して語っていた。「パネル冊子を本国に持ち帰ってみんなに見せたい」という。広島大学でも中国人留学生が「公平な展示だ」といっていたが、事実を隠すのではなく、真実は真実として明らかにしていくことが国境をこえて連帯感情を生んでいくものだと思った。
  人民大衆の側から「あの戦争はなんだったのか」を明らかにしていることが、世界的に見ても「公平だ」ということの中身だ。戦後、第2次大戦は日独伊のファシズム陣営と米英仏の民主主義陣営とのたたかいであり「米英仏は正義の戦争だった」という評価が振りまかれてきた。それは今も支配的なものとして世界を覆っている。だが、アメリカは民主主義を掲げた帝国主義であり、もっとも凶暴だったというのがありのままの現実だ。ナチスドイツをはじめとする日独伊も新興の帝国主義国として植民地争奪をくり広げたし、どちらの側から見ても帝国主義戦争だったというのがまさに「公平な論点」だ。アメリカを「平和の友」とみなすなら、日本人民の独立と平和の展望は見えてこない。修正主義や社民潮流は、アメリカを味方とみなして大衆の側を抑圧し、アメリカ支配の枠内で目前の利益を要求するという改良主義をやってきて破綻した。
 今スペインのポデモスをはじめ、アメリカのサンダースの躍進など、新しい若者世代の反グローバリズム運動が台頭してきたことは、このようなアメリカ帝国主義を友とみなす欺瞞的な「通説」の影響力が崩れてきたことを示しているが、戦後の既存の左翼勢力のほとんどがその誤りを克服できていない。このパネルがそのような欺瞞を突き破って、人民大衆の側から第2次大戦の評価を明確にうち出していることが「どこにもないものだ」と世界中から衝撃と共感を呼んでいる根拠だ。
  今回のオバマの「核先制不使用」問題にしても、日本の左翼勢力のなかでは「オバマの核廃絶を安倍が妨害している」などという転倒した見方が強い。安倍はアメリカの代理人というのが大衆の評価だが、安倍よりまだアメリカの方が民主的だと思っている。これでは国民の支持を受けるわけがないし、恥ずべき戦争協力者にならざるをえない。アメリカが振りまいてきた「自由・民主・人権」はいまや戦争スローガンになっている。国家や社会を私物化する一握りの資本家の「自由」のために大多数の人人を犠牲にするための個人主義イデオロギーであり、原爆投下者の側の論理だ。日本人民の側に立つなら、原爆投下から今日に至るアメリカの犯罪について曖昧にすることはできない。
  50年8・6路線を継承した運動がここまで発展してきたが、広島から発信して世界の第2次大戦評価を根本的にひっくり返すところまできている。世界的に見てもアメリカの映画監督のオリバー・ストーンが原爆投下を批判したり世界各地で反グローバリズムの潮流が発展している。この十数年、広島、長崎から発信してきた原爆展運動の力を過小評価できないし、それだけの影響力を持っている。
  アメリカ人が広島で購入した広島の会の被爆体験集の英語版をまとめて注文してきたり、これまでなかった動きになっている。ニューヨークから原爆展に来た編集者の女性が「アメリカ国内でもオバマ訪問をめぐって、原爆投下を謝罪するべきだという世論がかつてなく盛り上がっている。セントラルパークのど真ん中でやってほしい。かなりの注目を集めるだろう」と共感していったり、大手電機メーカーのドイツ支社長だった男性が、数年前に広島でのこちらの原爆展を見て「原爆詩集の英語版を出版したい」と連絡してきたり、世界的な反響の大きさを物語っている。峠の詩集がストックホルムアピールとともに世界中に爆発的に広がっていった時期に匹敵する情勢が訪れていると思う。今後は、英語版の原爆展パネルも作って全世界に影響力を広げていかなければいけない。


 

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