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全国に広がる上宇部実践
全国青年教師交流会
               戦争止める力持つ教育運動    2014年7月21日付

  「みんなのために」という目標をかかげて、子どもたちを鉄棒逆上がりや縄跳びなど体育を中心にして集団的に育てていく「上宇部実践」の方向をこの3年余り各地の学校現場で実践してきた教師が一堂に会した「全国青年教師交流会」が20日に下関市の福田正義記念館で開かれた。子どものために一心不乱に奮斗する教師たちが子どもたちの成長をいきいきと報告することを通じて、上宇部実践の持つ力、真髄がより深められていった。また、集団的自衛権行使容認という戦争政治に反対する世論が全国で圧倒するなかで、「みんなのために」という人民的イデオロギーを発揚し、困難に負けない子どもを育てていくこと、この運動を父母、地域、教師と団結して進めていくことが戦争を阻止する力になり、全国に広がることを確信させる交流会となった。
 
 被爆者、戦争体験者に学ぶ

 交流会では午前中に、大松妙子氏(下関原爆被害者の会)と安岡謙治氏(元ゼロ戦操縦士)の被爆・戦争体験を聞いた。共に90歳を迎える2氏は、「戦争の真実を話さなければ伝える人がいなくなる」と全身全霊で教師たちに体験、思いを語った。
 大松氏は広島の原爆で2人の妹を亡くしたことを語った。2人とも女学校での勤労奉仕先で被爆し、1人は全身やけどで、もう1人は無傷だったが数日後に髪の毛が抜け始め、血の塊を吐いて苦しみながら死んでいったことを語った。一瞬にして何十万の人が原爆で殺された街なかを、死体をまたぎながら歩き、治療する医者も薬もない地獄のような様子だったことを克明に語った。また戦後は被爆者であることを隠して生きてきた人が多く、いまだに放射能による影響に怯えている人もいることを語った。長いあいだ被爆体験を語ってこなかったが、下関原爆被害者の会が設立され、小中高生平和の会の教師などと出会い「子どもたちのためになるからといわれ、今では胸をはって体験を語るようになった。それを生きがいに頑張っている。戦争はやってはいけない。身をもって体験した者しかわからない。廃虚のなかからそれを復興した。今、安倍さんが原発の再稼働といい出している。おおいに反対してもらいたい。戦争はどんなものかを子どもたちにしっかり教えてもらいたい」と語った。
 また教師からの質問に対して「当時、戦争に負けるかもという思いはあっても、それをいえば憲兵隊が引っ張っていくからみんな口を閉ざしていた。大本営発表はウソばかりだったが、今の政治もうそばっかりではないか。自衛隊を戦争の盾にしようとしている。戦争は絶対にいけない。先生たちお願いします」と期待をこめて語った。
 安岡謙治氏は、小学校に入学したころから理由もわからず奉安殿に最敬礼させられ、旧制中学では学校の校庭に銃器庫があり、週に何時間か配属将校の指導で軍事訓練が強制されていたことを語った。「いつも“お国のため”といわれていた。今思えばあのころから兵隊にする教育がされ、ずんずん型にはめていった」とふり返った。卒業後、海軍甲種飛行予科練に志願し厳しく過酷な訓練を乗りこえたが、それらの優秀なパイロットたちが、上層部から特攻=「自爆」を命じられ、多くの若者の命が失われたことへの悲哀の念とともに「あれは戦争ではない。殺すためだったと思う」と上層部へ怒りを語った。
 安岡氏は戦況が悪化するなかテニアン島に派遣され、米軍の襲撃を受け1年間ジャングルの中を逃げ惑った。その過程で、一緒に逃げていた現地に住む沖縄の人たちや兵隊が、手榴弾で集団で自爆した光景を目の当たりにして「私は兵隊にむかって、バカたれが!と声を上げた。最後まで連れていくべきだ。死ぬことはない。小学校でも旧制中学でも“お国のため”といわれてきたが、戦争がこんなにむごいものかと思った。今でもそういう型にはめられた教育になっているのではないか。戦後もゼロ戦乗りは危険分子としてGHQがマークしたが、それでも自分は負けるものか、諦めないという気持ちでいつも前向きに生きていた。戦争だけはしてはいけない。人間の殺しあいだから」と何度も語った。
 もう一方で、当時、子ども同士や隣近所が助けあって仲がよく楽しかったという思い出、また軍隊でも同じ釜の飯を食い互いに励ましあい結束が強かったこと、ジャングルのなかでも助けあって生きのびた経験を語った。「今は殺人やカネを奪ったりする事件があまりにも多く人情が薄すぎる。戦争中はいなかった。私たちはお互いに助けあわなければ生きられなかった。このままでは日本がどうなるか、地球が滅びるのではないか」と危惧を語りながら、今、若い教師たちが進めるみんなで助けあい協力しあいながら目標を達成できるように導く上宇部実践へ強い期待を語った。
 教師たちは「教育の力はすごく大きいと思った。一言で子どもの価値観とか意識が変わっていくことを改めて感じた。そういう立場にいるからこそ、子どもたちにきちんと伝えていきたい」「戦争についてどう伝えるか悩んでいた。とかく戦争について、エピソードや出来事を語ることが多い。話を聞いて、戦争で起こっていることに正しいことはない。戦争はいけないんだという一点を子どもに伝えたい」「写真や資料だけを見て、かわいそうと感じたりわかっているつもりだったが、体験者にとってその痛みは消えず、あのときからずっと続いているんだと思う。そういう消えない思いを子どもたちに、体験していない自分たちがどう伝えていくかだと思う」「日本に残っていた人たちの戦争体験を聞いたことはあったが、実際に戦地に行かれた立場の体験を初めて聞いた。安岡さんの話を聞いて、負けてないし、自分の命を大事にする。とにかく仲間と助けあう。教師として子どもたちに一番私たちが伝えていかなければならないところだと思う。想像を絶するようななかで、負けない精神を子どもに伝えたい」「いつのまにか型にはめられた教育で戦争になっていったというのが今とそっくりだと思う。みんなで力を合わせて戦争を止めたい」と感想を一人一人がのべた。両氏は教師に「よろしくお願いします」と期待を託して会場を後にした。
 
 成長促す集団主義 親たちも共感 論議通じ連帯感

 午後からは、全国の教師交流会の様子について、下関、北九州、大阪、萩・長門、宇部、防府、愛知の各地から報告しあう形で進行し、参加できなかった教師から届いたメッセージやビデオレターなども紹介されながら進んだ。上宇部実践の真髄である「みんなのために」子どもを集団的に育てるさまざまな教育実践がいきいきと報告された。最初に宇部市黒石小学校の六年生の早朝の鉄棒練習や体育(跳び箱、マット運動)の様子を録画したビデオが上映された。
 下関や萩・長門をはじめ各地の教師交流会には20、30代の若い教師が意欲的に参加し、子どもの指導に日日悩みながらも体育を通じて学級集団づくりの実践を進めようと積極的に動き出していることが出された。
 1昨年の秋から交流会をスタートさせた北九州市の教師は、当初見よう見まねで上宇部実践を始めたものの、「全員達成が目的になって、あの子ができない、この子ができないということばかりが気になっていた。交流会の論議を通じて、子どもの一aの成長が見えてなかったことを発見しそこから上宇部実践の目的、どこに向かっていくのかについて考えた」と語った。1年、2年と継続するなかで「上宇部実践の根っこといわれる被爆者の体験に学ぶことと、鉄棒実践がなかなか結びつかなかったが、平和の旅で被爆者に学んで見違えるように成長した子どもの姿を見て、“みんなのために”という言葉がスッと入ってきてつながった。学校生活のなかのいろんな場面で、みんなで頑張ろうということを意識させるようになっている」とふり返った。
 それを通じて「僕の役目は鉄棒ができない子のために板を運ぶことだ」と自分の居場所を見つけて、友だちのために働くことを続けた子、自分ができたことも友だちができたこともみんなで喜びあい、成長した子どもの姿を親が喜び変えていることも語った。また今年の運動会で88人の子どもが逆上がりを披露したが、それを実現するにあたって管理職をはじめPTAも驚くほど協力的で、当日は88人のうち4人ができなかったが、彼らはその翌日から休み時間を全部使って練習に励んでいる様子、終業式の日に1人の子ができるようになり、みんなで喜びを共有したことを報告した。
 続けて北九州から5人の教師が発言した。「最近、友だち同士で似顔絵を描かせた。それを通じて“仲間”を意識させたかった。いつも手をやいている子が一言もしゃべらずに集中して描き、みんなが驚くほど上手に描き、友だちから認められたことが自信になっている。自由帳に描くような絵ではなく、友だちの顔、目や鼻を見たまま描くということが大事な勉強だとわかった。親が“3年生でもこれだけの絵が描けるんですね”と喜んでいる」「2年前に担任した4年生で鉄棒実践をした。暗い表情をしていた女子児童が鉄棒を始めて、毎日こつこつ練習して逆上がりができるようになった。そこから表情が明るくなって発表するようになり、6年生になって運動会の副団長になった。昨年も3年生で鉄棒・縄跳びをやったが、自分さえできればという空気から、みんなで上達していこうとなりプールの授業などでも自然と互いに応援できる空気になっていった」と語られた。また国語教材『ちいちゃんのかげおくり』で、地域の戦争体験者の話を聞くとりくみを通じて子どもたちが身近に戦争を感じるようになったことも語られ、最近も小学校での平和学習に27人の地域の人たちが参加したこと、「みんなのために」の体育実践を進める根底に、平和教育を据える意義があらためて強調された。さらに北九州の中学校教師からのメッセージと、体育の授業で集団行動をとりくむ様子がビデオ上映された。

 悩みつつ子供と向合い 重要な教師の指導性

 萩・長門地区からは、教師交流会に参加する教師から届いた、全校で体育実践をとりくむ様子を録画したビデオが上映された。同地区では、さまざまな学校から若い教師が交流会に参加し、自分を変えて即実践に移している様子が反映された。20代の女性教師は、子どもに落ち着きがなく、授業も楽しくなさそうに見えて行き詰まっているときに教師交流会に参加して3つの点を学んだと語った。「1つは、自分自身がワクワク、ドキドキ感を持って、その楽しさを子どもに伝えていく、2つ目に勉強や体育などで出来る子、出来ない子という子どもの見方を反省し、子どもが前より何ができるようになっているか、小さな成長を見るようにしようと心がけている。3つ目に先生対子どもより、子ども同士で集団でやらせることの大切さを学んだ」と語り、今は授業のなかで子ども同士で切磋琢磨させる工夫をし、少しずつ成長している様子を報告した。別の30代の教師は、「子ども同士が上下にも横にもつながって進めていくことで団結力につながっている。運動会などでは目標設定がしやすいが、年間を通じたクラスや学年の目標設定が必要なことをあらためて感じている」という発言が出され、子どもの自発性をおおいに発揚することと、子どもの実際を結びつけて教師が価値づけしていく、つまり指導性を結びつけることの重要性が論議された。また交流会に参加している20代の3人の教師からメッセージやビデオレターが寄せられた。
 宇部地区からは、上宇部実践の本拠地である上宇部小学校に勤務していた教師たちが各学校に異動し、体育実践だけでなく、集団で一つのことをやりとげるという「上宇部実践のエキス」を音楽やさまざまな教育活動で工夫しながらとり入れることで、広がっている様子が出された。3年生を担任する教師は、かけ算九九を毎日とりくむのと並行して、2クラス51人で合同体育を実施し、鉄棒逆上がりがあと3人残すだけになっているが、まだできない子どもたちも卑屈になることなく練習方法も工夫しながら、子ども同士が互いに教えあい喜びあう温かい集団ができていることが喜びを持って語られた。
 何事も集中してとりくむ力がつき、宿題をいつも中途半端にしていた子がきちんとするようになり、「子どもが変わった」と親が喜んで感謝されたこと、この1学期をふり返る作文の内容が、クラス25人中24人が鉄棒のとりくみのことを書いており、集団的に継続してとりくむ教育実践を子どもも親も喜んでいると報告した。
 別の男性教師は、「私は上宇部実践のエキスである、何か一つのことを集団でとりくむ、できないことをできるようにする喜び、熱意、できるまでやる、逃げない逃がさない、感動を共有するという方向を音楽や生徒指導でとり入れている」と語った。音楽のリコーダーや合唱練習などを通じて、班ごとに教えあって上達させたり、互いの成功を喜びあえる資質を追求していると語った。
 その他、防府市でも教師からビデオやボイスレコーダーを通じたメッセージが寄せられ、2回おこなわれた教師交流会には若い教師が多忙に負けずに積極的に参加し、体育を中心に学級づくりをする意欲がみなぎっていると語られた。大阪で2回の教師交流会が開かれた様子や高校生が憲法解釈を変更し戦争をしようとする動きに対して敏感に反応した原爆展パネルの感想文も紹介された。
 参加した教師たちは「初めて会った感じがしない」「みんな仲間みたいだ」と連帯感が語られ、この方向が全国に広がる確信を強めている。このような全国交流会を間をあけずに開いて欲しいという声も上がっているという。なお8月24日には、「第36回人民教育全国集会」が開かれる。

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