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全国の先端に立つ上関町民
町議選前に町民の力強まる
              行き詰まる「中電原理主義」   2005年10月4日付

 中国電力の上関原発計画をかかえてきた上関町では来年2月の町議選が迫っている。上関町内の政治状況は近年大きな変化をしている。1982年に計画が浮上してまる23年、上関町は原発ができもしないあいだにすっかりつぶれてしまおうとしている。農協は早くに合併して解体したが、漁協も合併で解体、町役場も予算は削られ合併を強いられるが相手にしてくれるところもなく野垂れ死に状態。30億円の超豪華小学校を建てたが、入る子はへる        夕涼みをする上関町・四代の住民     
ばかり。これは自然にそうなったのではなく、小さい町に中電が事務所を構え、GHQかCIAのような活動をし、町を丸ごと奪いとって、つぶしたのである。一方、合併でつぶされている周辺の市町では、上関はデタラメだと笑っておれる場合ではなく、「日本中の市町村の行く末をあらわしている」との声が強まっている。先の衆議院選挙の小泉強権選挙なんて、上関の選挙ではとうの昔からやっている。小泉首相の「ワンフレーズ政治」も上関ではとうの昔から、町議会は「推進」と「反対」をいうだけで年収300万をもらう「ワンフレーズ政治」。小泉の「市場原理」主義という外資や大資本原理主義も、上関では中電原理主義がつづいてきて20年以上も先行している。このようななかで、町議選が迫るなかで上関町民がどのような行動をするか、全国の注目度がいままでになく高まっている。

 力失う中電の代理人 漁協使う支配も瓦解
 町民のなかでは、町議選が迫るなかで、改めて町議への怒りがきわめて強まっている。推進派も反対派も同じで、年収300万円もらって町民の役に立つものは1人もいないという評価である。
 反対派議員についても、先の選挙で社民党の福島女史が応援にかけつけた外村議員が、いよいよ公然と推進派の旗をかかげて出るといわれている。自己破産の身により中電に救いを求めたのだろうと語られている。祝島の清水議員は平生町に住居を持つ、逃げる態勢完了状態の評価。岩木議員は柏原推進派町長の与党と反対派の二足わらじ。
 推進派議員も、以前が大物ではないが、いよいよ小物ぞろいとなった。山谷氏は四代の中電代理人だが、神社地問題などから、漁協も解体となって、すっかり地区の抑えはきかなくなった。西議員や井上議員が叫んでも、中電に仕事や給料をもらってきた職員みたいなものとみなされている。
 最近、反対派議員が議員定数削減の署名をとりくんだところ、予想をこえて町民が署名に応じた。それは町民のなかで、現在の議員にたいする怒りの大きさを示した。あわてた中電の下請団体・町づくり連絡協議会(中電が事務員の報酬まで負担する組織で、「町民」の名義を貸した中電の管理団体)が「署名するな」のビラを配布。すると反対派も「ケンカはいけない」といってやめた。署名簿は岩木基展町議の管理となった。
 上関町内では、町民が各地で発言を強めている。祝島では、山戸組合長が「漁業権の裁判が終わったら漁協合併に応じる」とおかしなことを県にいったりして、全県の漁民のなかではまったく信頼を失った。山戸氏の後退によって、祝島の運動がいっしょにつぶれるのではなく、逆に強まっている。「生涯をかけた原発のたたかいで、いまさら負けてたまるか」の声が強まっている。
 祝島をはじめ全町で、この間の漁業を守れという漁協合併・漁協解体に反対する全県漁民のたたかいが登場したことが、大きな影響を与えている。さらに米軍岩国基地への厚木基地移転をめぐる岩国や広島県の反対の運動の広がり、また原水爆禁止を求める広島、山口県の運動の高まりなどが、「ミサイルの標的をつくるな」の声と結びついて大きな激励となっている。上関町民の原発に反対する声は、長年孤立した形であったが、そうではなくなってきたのである。
 そして、中電の代理人が力をなくしてきた。片山町長、西元議長、田中商工会長の体制が推進の柱であったが、失脚、その後釜を狙った右田、加納といった部分も失脚。最後に残ったのは漁協であったが、これも合併で平生の山根組合長は失脚、町内ボスであった上関漁協の大西組合長も非常勤運営委員長となって抑えが弱まった。
 町議は人を動かす力はなく、役場はつぶれかかった状態。原発を推進に賛成してきた多くの人は、町がつぶれたのでは元も子もない、と怒りはつのる一方となっている。

 厚かった人情も破壊 中電原理主義の結末
 23年といえば戦後60年のなかで3分の1以上を占める。この間、原発で夢を見た数多くの議員や地域ボスが墓の中に入っていった。議員や組合長の多数が、中電のただ酒を飲み過ぎて早死にをした。当時40前後の若手は、60を過ぎたジイ、バアになってしまった。「若者の集まる町づくり」をとなえたあげく、若者が住まず、子どものいない町になってしまった。失われた人生23年の怒りをどうしようという思いはどこでも深い。
 この23年間で、「町がつぶされた」の思いが深い感慨をともなって語られている。農業、漁業、それに依存する商工業、公共事業に依存する土建業など、すっかりむつかしいものになった。人が生活し、食っていく基盤がつぶれ、町政もつぶれ、お宮も奪われ、地域の伝統ある文化や人情まで奪いとられてしまったことをしみじみと語っている。いまどきはやりの「市場原理主義」の先をいった「中電原理主義」の結末である。
 農業は早くから、商品農業はつぶれて年寄りがつくる自給自足農業となり、農協も解体し自給自足農業すらも不便になった。県道はもちろん、農道整備はほったらかし、四代や白井田の年寄りなどはいまでも背負子をかるって山に登る。若者が食っていける産業ではなくなり、山は竹とタヌキと猿の侵食で荒らされるばかりだ。戦後は見事なまでに手が加えられていたという段段畑や、石が積まれた畑の跡には雑草や木が生い茂っている。
 漁協もこの8月に名実ともに解散した。原発問題が浮上して以後、徹底的な飲ませ食わせの推進組織に変身してしまったが、その代償は協同組合としての機能不全に追いこまれて、事あれば足の引っぱりあい、漁業としての発展の余地をじゃまされてきた。トップブランドになりえる豊かな漁場を持ちながら、一本釣りの魚のあつかいや出荷もバラバラ、仲卸が主張する相場買いで見事なまでの安値をつけることが困難を助長する。漁業が基幹産業の町なのに水産加工場など一つもない。
 現金収入の漁業が疲弊するのと歩調をあわせて鉄工とか商業も衰退し、人口はついに5000人を切って役場も身売り寸前まできた。町政は、町民の役に立つというものはなく、予算の食いつぶしの連続となった。バカげた造りの小学校建設や、利用目的のない室津の港湾埋め立てなどが進行する。
 上関にある城山は村上水軍の陣営跡地でたいせつな歴史遺産であるが、室津の埋め立て土砂のためにあえなく壊され、幕末期の商家遺跡であった室津の吉田屋も広島県の島に売り飛ばした。中電は四代住民のお宮まで奪いとった。「中電原理主義」は地域の文化も歴史もつぶしてしまうものであった。なによりも、地域の共同体としての厚かった人情をもズタズタに破壊した。

 最先端の手口をとん挫 小泉政治の先を行く中電支配
 衆議院選挙が小泉の強権であったと騒いでいるが、上関ではぜんぜんめずらしくはない。「国政選挙もやっと上関なみになったか」というほどである。選挙は脅迫なのである。衆院選では落下傘候補がたくさんとおったが、上関ではまえから選挙は中電に認められるかどうかであった。
 中電は何十人も配置した事務所を構え、それこそ20年来すべての町民の勤め先から親類関係、取引関係、町民同士の仲がいいとか悪いとか、諜報活動を蓄積してきた。選挙ともなれば、候補者の選定やら、不正転入を仕組んだり、全国的にも網をはって脅迫作戦を展開するなど、諜報を基礎とした謀略的な手口を駆使してきた。まるで上関のGHQといわれるが、アメリカはシカゴの親分・カポネの政治とも思われる。
 近年の中電支配は露骨なものとなってきた。推進派親分であった片山元町長が「協力金をよこせ」と反抗したら、対立候補の「刺客」を送られてお役ご免。3者乱立の末に金的を射止めたはずの加納氏は、選挙違反で首になるためにかつがれたような状態。県警も20年上関では、公選法適用除外にしてきた選挙買収をいきなり気が変わって、逮捕に動いた。県警も公選法より中電原理主義であり、選挙違反にしなかったり、選挙違反にしたりそのときそのときの都合であることを印象づけた。
 その後の柏原町長の立候補をうしろだてしたのも中電であり、町議会補選で立候補者を事務所に呼びだして「おりろ」と圧力を加えたり、逆らったら人が寄りつけないほど袋だたきにするのも中電であった。そうやって、中電に従順であるほど良いという基準でできあがった議会が現状の顔ぶれである。
 反対派も議員とか幹部連中は、町民のためというものはつゆほどもなく、すべて自分のために中電の許容範囲というのが特徴で、すっかり裏切りの正体が町民に暴露されてきた。外村勉氏などは今回の選挙で故河本広正氏の支援を裏切って、名実ともに推進派に「門徒替え」して出馬するといわれている。九四年の漁業権書き換えで四代田ノ浦の共同漁業権を放棄した山戸氏しかり、その子分で94年時期に平生町に土地を購入したり家を建てたりしている清水町議しかり、推進派と反対派両方に親族利権を擁する岩木基展町議しかり、かれらが町民のために身をていして中電と対立してきた人物とみなす町民などいない。
 上関の現状は、小さな田舎町に大企業が乗りこんで好き放題にしてきた典型的な例である。それは市場原理・新自由主義とかグローバル化の波が地方の共同体基盤を破壊し、地域文化をもつぶしているさなか、最先端の支配が敷かれてきたことを示している。「一番遅れたところ」ともみなされてきたが、実は最先端のやり口と上関町民は対峙してきたのである。しかも全国がいまから同じ目にあおうかという最先端の手口でひどい目にあってきたが、それに負けずに、すっかり行きづまるところに追いこんでいるのである。
 これは周辺、全県、全国の市町村民にとって、きわめて敬意をもって注目する内容である。
 市町村合併をはじめ、小泉構造改革といい、アメリカ直輸入の市場原理、新自由主義、規制緩和という、外資と大資本のもうけの自由勝手と、生産労働をやってかれらを養い社会を支えるものの首つりの自由という世の中になっている。そのあげくに、日本をアメリカの国益のための戦争に動員し、原水爆の戦場にまで差し出そうとしている。

 原発問題に決着つけ地域発展の道進めばきわめて有利な条件 
 地域の政治的な主権を守り、地域の人情ある共同体の生活を守るための、中電支配にたいする上関町民のたたかいは、全国の先端に位置しており、全国を激励するものとなっている。
 このことは、上関町民が原発問題に決着をつけ、漁業を中心とした地域の発展の道をすすむならば、きわめて有利な条件ができていることでもある。上関の魚や農産物はトップブランドの位置を占めやすく、豊かな自然条件を利用した保養の地としても名が知られやすいことを教えている。もちろん中電原理主義をうちまかした実績は、市場原理主義改革に苦しむ全国の人人の尊敬を集めることになる。良いことの裏には悪いことがあり、悪いことの裏には良いことがあるのである。
 県東部では米軍岩国基地への厚木機能移転問題に反対して、はじめての大衆的な基盤を持った運動がきわめて大きな広がりを見せ、広島県では被爆地である広島湾を原水爆戦争の基地にする冒とくへの怒りが広がっている。全県の漁業者は信漁連問題と県一漁協合併問題を機に「漁業を守れ」の連帯した動きを強めている。これらの力の強まりは、上関町民を激励しており、上関町民のたたかいはこれらの戦争に反対し、漁業を守るたたかいを激励している。
 町議選へむけて、全県、全国の力と上関町民の連帯を強めることが求められている。

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