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全校の様相変えた鉄棒実践
体育で突破し知育でも意欲
                教師の集団的指導の成果      2010年8月27日付

 22日に開かれた第32回人民教育全国集会(主催・人民教育同盟)の「子ども・父母・教師のつどい」で、山口県宇部市の小学校教師・佐藤公治氏が、教師集団による全校的な鉄棒・逆上がりの実践を通じて成長する子どもたちについての報告をおこなった。その内容について佐藤氏が投稿してくれたので紹介する。

 山口県小学校教師 佐藤公治氏の投稿

 朝の風景が一変した

 6月の中旬から、校庭の鉄棒に子どもたちが鈴なりになり、教師が大きな声で声援を送り、「やったー」「惜しい」「あとちょっとー」の喚声が響き渡る。
 朝も中間タイムも昼休みも4年生の子どもたちを中心に1年〜6年生までの子どもたちが鉄棒を毎日やる。私の学校では今まで見たことのない風景である。この1カ月間におこなった鉄棒・逆上がりで、子どもたちがとりくみを通じて大きく成長していったことを報告する。

 教師集団の話しあい

 5月の合同体育で、鉄棒・登り棒・肋木(ろくぼく)・雲梯(うんてい)などを使って子どもたちの実際を見てみた。するとどうだろう。どの遊具も上手にできる子どもの少ないこと少ないこと。「これでは、サルから人間に進化した意味がなくまさに退化よねー」「サルだったらものすごく鉄棒も登り棒も上手よ。あれはコアラかナマケモノじゃあね」「肉屋さんにぶら下がっているお肉を想像した」「このままじゃいけんじゃろー」「今ごろの子どもの生活経験と体育活動の偏りがもたらした結果じゃろーねー」「うちのクラスは32人のうち6人しか逆上がりできんし、登り棒は10人もよう登らんのよ。緊急事態発生ってところ」など笑いもあり、深刻さもありの話し合いになった。
 その結果4年生では、128人中1学期に100人達成の目標で、教師集団が支援しながら逆上がりの特訓をやっていこうということになった。

 著しい子ども達の成長

 6月14日からいよいよスタートである。4年生の先生のだれかが、できたところを目撃しなければ合格にはならない事を知らせ、子どもたちに練習・合格するように促す。また、学年の廊下に合格者の名前と学年での合格者数をマジックで書き子どもたちを啓発していった。初日は今までにできる子がたくさん合格したが、たったの46人であった。子どもたちは、少少小雨であろうが、真夏の太陽の下であろうが、手の皮がずるずるに剥けようがとにかく頑張った。
 朝2人・中間3人・昼休み3人と1日ずつ合格者が増えていく。3日で60人を超えるのは容易であった。このころには子どもたちのマメ自慢が始まっていた。「見てん、見てん、こんなにマメが固くなった」「俺なんか3回も皮が剥けたんぞ」「保健室の先生が笑いながら私たちの小さいころはみんながそれくらいのマメはつくっちょったっていってた」「私も保健室の先生に、なんかねこれくらいのマメで痛い痛いいうなっていわれたそ」
 また、毎朝、毎昼休みに子どもたちが鉄棒に群がっているので他の先生たちも「昔はよく見た光景だったが今ごろ珍しいねー」「うちの学年の子も行かせてええ?」「今何人になった?」など子どもたちを応援してくれた。6年生の先生は「4年生に習って6年は朝、全員でグランド5周走ることにした」「子どもを鍛えて成長させんとねー」など、体育活動の重視がいろいろな学年、学校全体に広まってきた。
 子どもたちは、本来鉄棒が好きなんだということが分かった。できた子は必ず次の日も次の次の日もやってきて、できたことを確認しようとし、また次の難易度の高い技・高い鉄棒に挑戦しようとする。またできない子にアドバイスしたり、体を下に入れて回してやったり、しっかり声援を送ったりする。あっという間に80人の山を越えた。教師たちも一人ができるたびに教えた喜び・かかわった喜びを肌で感じるようになっていた。
 「一人できたらこんなに爽快で気持ちよくなる経験は今までしたことはないです」「惜しい子を見ているとどうにか達成させてやりたくなって、次の練習時間を私が待ち遠しくなります」「ここまで来たら全員達成までがんばりましょうよ」などみんなが前向きである。

 壁にぶつかる

 子どもたちも練習を本気でやり、先生たちも本気で補助しながら順調に逆上がり達成をしてきたので100人なんて訳はない、と楽観していたが、85人を超えたころから、1回の練習(朝・中間・昼をそれぞれ1回として)では合格者が出なくなった。
 ここまで逆上がり練習板と子どもたち同士の援助・教師の援助であった。4人の先生が「肘を伸ばさずすぐにおへそを鉄棒にもっていって」「足の蹴りを後ろに向けて」「お尻を落とさずに」など必死で教える。子どもが蹴り上げた雨上がりの泥が顔や髪や服にかかろうが、手を蹴られようが、重い子どもを支えて腕や腰が「ぎくっ」と鳴ろうが勲章だといって奮斗するも、なかなか思うようにいかない。ここで補助ベルトを導入。腰と尻が落ちずに回転の感覚が身につく。肘を伸ばさず回転することができる。
 逆上がり練習板↓補助ベルト↓教師の補助(体と足の引き上げ・回転)それでもうまく回れなければ逆上がり練習板からという練習スタイルをとっていった。いろいろな子が一人一人違った課題を持っているので、どのアドバイスがその子にヒットするかまだまだわからない。しかし、四人の教師が試行錯誤して得た教訓は、「練習板・補助ベルトでスムーズに回れるようになった子は90%成功すること」「練習の積み重ねで子どもたちがこつを覚える(量の蓄積の質的な変化)」ということであった。
 この時期には放課後に練習する子ども、親が休みの日に子どもを教えるという状況も生まれてきた。苦労して苦労してできるようになった子どもの顔は輝き、応援していた子の「やったー」「ばんざーい」、先生たちが体を抱きかかえ、握手をし大喜びする光景があるたびに職員室から先生方がうれしそうに顔をのぞかせて拍手を送る。
 一学期最後の7月20日の終業式まで子どもたちはできるようになると練習を続けた。その結果当初の目標を大幅に上回る117人が合格した。このがんばりには、他の先生方も親も驚きとともに大変喜んだ。また、できなかった11人の子どもたちも、練習板で回れるようになった。補助ベルトで回れるようになった。足が高く蹴れるようになったなど大きな進歩を遂げた。4人の教師の共同製作でその11人の子たちには表彰状を渡した。朝・中間・昼の休み時間を自分のやりたいこともあったであろうが、一心に逆上がり練習にとりくんだことのねばり強さと困難から逃避しない気構え、戦斗性を称えた。
 懇談会でどのクラスからも親が感激と感謝の言葉を伝えた。

 子どもが変わった…父母から感謝の言葉

 1学期の懇談でどのクラスからも「子どもが変わった」「逆上がりや水泳で鍛えてもらって子どもの精神・やる気が見違えるようになった」「逆上がりができたことで自信がつき、苦手な漢字をがんばるようになった」「いつも嫌なことから逃げていた子が結果として回れなかったけど、1カ月半嫌な顔をせず、手の皮が剥けても文句もいわず、“逆上がりの練習がある”といって朝早くからいきいきと学校へ行く姿を見て、この子根性ついたなと思った」「逆上がりができたけーといって、今まで宿題もろくすっぽやらなかった子が、朝の五時から起きて宿題をやり、嫌嫌学校に行っていたのが、“応援するけー”と早くから家を飛び出す姿にびっくりもし喜びもしています」
 「うちの子は家で転倒して実は手の指を骨折していたようだったのですが、“逆上がりもうちょっとでできる”といって骨折を隠していたんです。私は子どもを誉めました。素晴らしい根性を持ってくれるようになったと。今までやれあそこが痛い、ここがどうのと弱音ばっかりいっていた子がこんなに強くなることができたと思うととても嬉しい。ありがとうございました」など、感激の涙を浮かべながら語る親など、懇談後の職員室では、この間のとりくみに対しての父母の歓迎・感謝の話に花が咲いた。

 教師達の変化

 「やってよかったね」「しんどかったけど子どもの成長を見ることがこんなに喜びになるんだという貴重な体験ができてよかった」「できなくてもいいで開けて通すことは、子どもを見放し僕たちが子どもに責任を持たんということにもなるんかと考えさせられた」「2学期にも何かぜひやりましょう。縄跳びとか、持久走とか」「最初はっきりいって100人という数字は無謀と思っていたけど、100人を超え、そこからは無理だろうと思っていたらなんと117人にもなった。子どもたちの持っている力の偉大さと教師のやる気一つで子どもたちが様変わりするということを身をもって知ることができた」
 「鉄棒ができた子が水泳もがんばるという結果がこの表(学年掲示)からもわかるし、親がいっていたことと同じ思いを持った。一つの自信が他に転化し、相乗効果で子どもは飛躍的に成長することが分かった」「ねばり強くがんばれば、できないことができるようになるという達成感、成就感が、算数や国語や日常生活に自信とやる気をもたらしていくことがよくわかる。鉄棒や水泳、マット、跳び箱を担任四人で気合い入れて取り組んだら、子どもたちがいきいきしてきた」など、今までの教育観が変わったことをどの教師も感じ、教師の姿勢が変わると、子どもが変わるということが実感として認識された。

 「教育改革」の低学力化・動物化に対置する子供の成長担う体育活動

 今、学校現場は「学力向上」を振りかざし、子どもたちの徳育・知育・体育を破壊しようとしている。「嫌なことはしなくていい」「できない子はできないのも個性だから、無理強いしてはいけない。跳び箱が跳べない子は、跳び箱をなでさせていればよい。水泳ができない子は水遊びをさせていたらよい」で子どもたちに困難から逃避する精神を植え付けている。反面では「学力向上」と称して「学力テスト」のために点数第一の教育を強行し、社会に出てなんの役にも立たない点取り競争で子どもを追いこみ、落ちこぼれた子どもは切り捨てる教育が進行している。
 ひ弱な体力、精神では、世の中を支え発展させている勤労父母の後継ぎにはけっしてなれない。また不正・腐敗・汚濁に対決できず、平和で繁栄した日本を立て直すどころか、アメリカのいうがままの滅亡の道を歩むことになる。
 圧倒的多数の働く父母の願いは、困難から逃避せず、仲間と力を合わせ、徳育・知育・体育を発展させ、豊かで平和な日本を築いてほしいということである。子どもたちのなかには、勤労父母の資質がみなぎっている。愚民化・動物化攻撃に負けずに、自分たちが働く者の思想・資質を受け継いで成長していこうという資質はみなぎっている。子どもたちのみなぎる力を引き出すためには体育活動は不可欠であり、学校という枠を超えての地域・父母と団結した大きな運動が求められている。
 劇団はぐるま座の『峠三吉・原爆展物語』でアメリカ支配をうち破り、日本を立て直そうとする動きが燎原の火のように広がり、若い世代・教師が立ち上がっている。
 その時代意識に立ち、私たち教師が、日本をどうするかという立場に立って、子どもへの階級的愛情を注ぎ、勤労父母に依拠した教育活動・体育活動を発展させていきたい。

 

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