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全国的政治動かした運動に確信
原水爆禁止全国実行委
              大衆と共に米政府と斗う路線     2007年9月3日付

 原水爆禁止全国実行委員会は1日、今年の8・6集会まで到達した原水禁運動を総括する全国会議を下関市のからと会館で開いた。実行委員会では原爆と戦争展を軸に、アメリカの原爆投下の目的を暴いて謝罪を求める国民世論を促し、平和の敵を追いつめてきた運動主体としての確信を深めるとともに、情勢を切り開いた路線上の教訓を論議。さらに平和勢力を大胆に結集し、1950年8・6斗争の路線を継承する運動を飛躍的に発展させることを確認しあった。
 はじめに、実行委員会事務局の川村なおみ氏が総括報告を提案。「今年の原水禁運動は、昨年来のファシズムと戦争情勢を突き破って情勢を切り開き、広島の地からアメリカに原水爆の製造、貯蔵、使用の禁止と核廃絶を迫る力強い運動を堂堂と世界に発信した」ことを明らかにし、日本をアメリカの原水爆戦争の盾にする策動に反対する大衆的基盤を拡大したことを確認。そのような運動を発展させた路線上の教訓を提起し、「1950年の8・6路線を体現した運動こそ日本を代表する原水禁運動だ。さらに全国、全戦線へ押し広げていこう」と訴えた。
 討議ではまず広島、沖縄、原爆展全国キャラバン隊などから今年の8・6広島行動への大衆的な共感とともに、「第2次世界大戦の真実」のパネルを加えて全国で展開された「原爆と戦争展」が大きな反響を呼び起こし、青年学生、現役世代が行動を求めて参加、被爆者と戦争体験者の団結が一段と強化されたことが報告された。
 広島の活動家は、「8・6まで来て、全体に勝利感がある。アメリカに謝罪し、原水爆の製造、貯蔵、使用の禁止を求める国民的規模の運動への共感が、これまで以上に寄せられた」とのべ、原爆と戦争展が労働者の職場や広島大、広島修道大の学生など若い世代のなかで論議を呼んだことを報告。「“第2次世界大戦の真実”のパネルが加わったことで、原爆投下の狙いと、戦争終結のために必要なかったことが一段と鮮明になった」と強調した。また、「労働者、教師、保育士、看護師などが自分の職場で展示をやりたいと申し出ている。体験者の話と結びつけて広げていくことが大事だ」と語った。
 沖縄からは、「情勢を能動的に切り開こうと那覇や沖縄市をはじめ多くの市役所のロビーなどでおこなった原爆と戦争展が、これまでにない反響だった」と報告。那覇では6つの大学全部から学生が集団で参加し真剣に参観、被爆者の体験に学び意欲的であった状況をのべ、「若い世代に働きかけて運動をつくっていく」方向を明らかにした。
 さらに、「集団自決」問題をめぐってふりまかれた親米的な「日本悪玉」論と一線を画して、「沖縄戦の真実」を訴えた長周新聞号外などを大量に配布し、ひめゆり部隊や鉄血勤皇隊などの沖縄戦体験者をはじめ、婦人連合会、傷痍軍人会などに賛同を広げるなど、沖縄県民の深部の世論を発揚した経験を報告。「戦争を体験した人人の側から新しい運動をつくり出していくかどうかだ」「禁・協との路線の分岐をはっきりさせて、運動をつくるのでなければ確信は生まれない」と教訓を語った。
 全国キャラバン隊からは、「平和公園では海外から来た人人が、アメリカと共同してたたかっていくことに確信を持って帰っていった。アメリカ人が涙を浮かべて、自分はどうすべきかを考えていた」状況が報告され、原爆の犠牲を強いられた日本人民の側から反米を鮮明にすることで、真に国際連帯を育むことができることへの確信が出された。また、「原爆と戦争をめぐってイデオロギー上鋭くたたかわれている問題で、大衆の世論を代表して、宣伝カーなどで堂堂と宣伝したことが、圧倒的に受け入れられた」ことも報告された。
 愛知県の活動家は、「久間前防衛相が3日で辞任した背景に、一貫してアメリカを暴露してきたわれわれの運動があることに確信を持った」と実感を込めて発言。伊藤市長銃殺事件以後の緊張した局面からの事態の急速な発展について「多くの人人から、地道に原爆展を続けてきたあなた方の力だといわれた。われわれの50年8・6型の運動が最前線に位置してきたことが路線的に鮮明になってきた」と確信をのべた。
 この発言をめぐって、「この1年間で相当全国的な政治を動かした」ことについて論議が発展。「久間前大臣の“しょうがない”発言は、戦後の代表的な支配イデオロギーだったが、大衆世論でひっくり返して通用しなくなった」「敵は伊藤市長銃殺まで突っ走って来たが、長崎の参院選では久間派が落選、広島、長崎の平和宣言では、アメリカを名指しで批判するまでになった」「岩国でも、県が米軍再編を押しつけようとしているが、市民世論は“騒音問題”ではなく、米軍基地撤去で行かねばとなっており、米軍に対する怒りが赤裸裸になっている」「7、8年前から原爆展をやって堂堂と敵を論ばくし、大衆世論を形にしていくうえで役割をはたした。広島を代表する集会でも、比類のない力を発揮した。50年8・6路線を継承する勢力が、全国的な情勢を切り開いてきた」などの意見が交わされた。
 同時に、8・6広島集会の参加をめぐって活動家の組織した参加人数が減っている状況もあることをめぐって、「原水禁運動の基本路線についての相違がある」との提起も出された。

 献身的に斗う勢力の結集へ
 この問題をめぐっては、「原水禁、原水協の存在感がなかった」こととあわせて、「平和の敵が改憲による戦争へと突っ走り、岩国でも逆らったら兵糧攻めにするなど凶暴なファシズムでやってくるときに、それを強いと思って尻込みするのか、大衆のたたかう力を信頼してたたかうのかという問題だ」「修正主義や社民など日和見主義は口ではいろいろいって、行動では後ずさりしている。アメリカと体をはって正面からたたかうかどうかの思想の性根の問題だ」「反米を鮮明にして親米勢力を打倒する方向で、人人がやっていくようにどう貢献するかだ」などの意見が出された。
 沖縄の活動家は、「単に敵の動きを評論しているだけという日和見主義の思想の克服が重要だった」ことを次のように明らかにした。「修正主義、社民の路線を暴露して、新しい運動を生み出していく構えで、決意を固めて“原爆と戦争展”や宣伝をやってみたら、だれも反対しきれない。渡嘉敷島の集団自決の体験者が“本当のことをいっている。すばらしい”と反応してきた。沖縄戦の体験者のなかに深く入って、なまなましい真実をさらに学ぶことができた」
 それとかかわって、「足が出ないとすれば敵の論調に負けているということだ。反米愛国の宣伝を堂堂とやるのか、コソコソと隠れてやるのかの違いだ」「伊藤市長銃殺事件のときも、多くの者が思っていることを代表して宣伝すると歓迎され、敵は手も足も出なかった。われわれは先頭を切ってやらねばならぬ位置にある」など、私心なく献身的にたたかう平和勢力を強化する課題が強調された。
 また、「労働者が原水禁の課題をとり上げていかねばならない段階に来ている。そのことが平和の敵を追いつめ縛っていく運動をもう一段高めていくことだ」との発言もあり、労働者を中心に勤労諸階層、教師、青年学生、婦人、宗教者などの運動を発展させ、平和の会などの組織を建設していく方向が確認された。

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