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全市の運動で教科教室撤回
下関・川中中学校
               聞く耳なく暴走する市教委    2008年1月14日付

 下関市立川中中学校の教科教室型校舎の建設問題は、昨年6月に開かれた地元説明会をきっかけに表面化した計画の白紙撤回を求める父母や地域の世論が、8月には1万人余りの署名となり、9月、12月議会で市議会が父母が提出した請願を継続審査にし、江島市政の暴走にストップをかける力となっている。だが下関市教育委員会(松田雅昭教育長)は、建設以外にないという調子で突っ走っている。この問題は、川中中だけの問題ではなく、全市的、全県的に、教師、父母のなかで反対世論が圧倒している。現在川中校区だけの署名運動でストップしているとしてあなどっている形となっており、全市的な運動を広げて完全断念に追い込むことが求められている。
 川中中に子どもが通うことになる熊野小、川中小の親たちは、参観日や持久走大会で集まれば教科教室型の話題になっている。「1万人も署名を集めて、だれもいいという人はいないのになぜ進めるのだろうか」「川中中の先生たちも反対の意見を持っているけど、教育委員会が抑えているからいえないようだ。先生たちの意見を聞きたい」など語られている。また「江島市長が決めたからしかたがないですむことではない」と子どものためには譲れない問題としてなんとかしたいという思いが共通して渦巻いている。
 川中中では冬休みに入る前に、集団的な賭けごと事件が発覚した。こういうことはどこの学校でも起こることだが、それに対する学校の対応が、父母、地域と連携していかに教育するかという姿勢が乏しくなっていることが強く危惧(ぐ)されている。できるだけ隠すという姿勢から、親に金銭的な精算の下駄預けをするとか、ばれたとなると3学期の始業式に形ばかりのプリントでお茶を濁すというもので、学校は勉強を教えるだけで教育をするところではないという色彩が強まっているのである。
 川中中学校ではこの冬休み、市教委も参加した教科教室に向けた各教科ごとの設計の会議が連日おこなわれていた。教科教室のためには賭けごと事件の教育どころではないという事情にあった。2学期のあいだも放課後の時間を割いて、川中中の教師が夢が丘中に打ち合わせに行ったりと、多忙のなかで動員されている。
 11月には市教委がバスを準備して、地元の自治会長たちを連れて夢が丘中学校の見学に行っている。
 昨年12月の市議会文教厚生委員会で市教委の石津総務課長は、「まだまだ教科教室型のよさが認識されておらず、説明していく必要がある」とのべ、三木教育次長は教科教室型をやるためには「問題は教師の意識の差だ」とのべた。学校現場の実情などおかまいなく、市教委が教科教室1本槍で突っ走っているのである。
 こうして市教委の教科教室推進姿勢というものが、子どもを人間的に育てるということを投げ出し、とくに父母、地域と協力して教育するというものを切り捨てる方向を進めている。これでは学校は荒れて手がつけられなくなるのは当然だというのが、全市的全県的な教師の圧倒的な意見となっている。
 教師や父母たちは、教科教室型が「できる子をどんどん伸ばし、落ちこぼれは居場所がなくなる」というアメリカ式の「個性重視」「自己責任」教育の物まねであり、「教師は教科だけ教えていればよく、生徒指導は警察やカウンセラーに、部活は外部指導者に」という方向であることを心配している。そして「集団のなかで個性が芽生えていくものであり、人間関係を構築していくうえで学級集団というのはとても大事、「現在の川中中学校を立て直す方が先だ。クラスの団結、学年の団結を強めていこうという方向がいる」という切実な意見が共通している。
 川中中学校では教科教室計画が持ち込まれて以後、マスコミが「体罰」を騒いで教師が物をいえないように攻撃したりした。その過程で女子生徒の自殺事件も起こり、松田教育長は「眼鏡を忘れて遺書は読んでいない」などといっていい加減ぶりを暴露した。

 教育崩壊させた「個性重視」
 ここ10数年来文科省が進めてきた「個性重視「興味・関心第1」の教育が実は子どもの教育を崩壊させるものであったという論議が、下関や山口県の学校現場で大いにかわされてきた。自由保育の結果、小学校にあがっても授業の始まりにちゃんと席に着くようになるまで何カ月もかかる。教師に「泳げない子を無理やり泳がせてはいけない」「給食で嫌いなものを無理やり食べさせてはいけない」といわれるなかで、子どもが育たず、自分中心がまん延している。社会性が身につかず、大学に入ってもクラスをもうけないと学校生活が送れない。
 そして、商業マスコミが「体罰」「いじめ」といって教師を攻撃し、学校に対する訴訟沙汰を煽って、教師の指導性を否定し、自由に物がいえないようにしてきた。このように文科省の教育を忠実にやればやるほど行きづまり、教師の精神疾患が増えるという現実がある。
 親のなかでは「勉強ができることにこしたことはないが、それよりも社会に出て生きていく力、人間関係をつくっていく力を身につけてほしい」という意見が圧倒している。ここ数年の日本社会を見ても、「点取り虫の冷酷な犯罪」が連続していることまた人生の困難にぶつかったとき、「自分を差別した学校や社会が悪い」と人のせいにして、平気で人を刺し殺したりする事件がひん発していることは、よそごとでなく切実な問題となっている。
 江島潔市長は、今後「新しく建て替える中学校は教科教室にする」というデタラメな計画もうち出している。教科教室は川中中だけの問題ではないのである。したがって、教科教室型の問題は、他校のPTA関係者のなかでも話題になり始めている。
 川中中の教科教室問題は、市議会でもストップがかかった形となっている。しかし決定打となるのは全市的な市民の運動である。
 とくに川中校区でとどまっている署名を全市的に広げ、下関の子どもたちの教育をまともにする論議を広げることで完全撤回に持ち込むことである。

 下関川中中賭け事問題 教育的な解決が急務
 阻害物の教科教室計画・教師父母結束し
 下関市立川中中学校の生徒のなかで3学期が始まった8日、全校生徒・父母を対象に「不健全な遊びについて(お知らせとお願い)」というプリントが、学校長の名前で配布された。
 それによると2学期終業式の前日、1年生のなかで消しゴムでつくったおはじき、ゆびスマ(2人が対面して立てた指の本数を当てるゲーム)、トランプ、さいころなどのゲームで、お金のやりとりをしている生徒がいることがわかり、調査(自己申告による)したところ60人近くが名乗り出たこと、学校では、すぐに1年生全体と該当生徒へは生徒指導担当から指導し、各担任から該当保護者へ内容を報告したとしている。また今後学校での指導を強化していくことと、各家庭での保護者の協力を求め、2、3年生も調査をすることも明らかにしている。
 この事件について、問題が発覚したのち、PTA執行部に知らされていなかった。冬休みに入り「金銭面の対処はそれぞれの該当保護者の責任でやりとりする」という対処をしていた。そのために、親同士のトラブルも発生している。そして「個個の親に任せて金の問題を解決しても、子どもにとっては成長にはならないのではないか」「1年生が60人もかかわっていれば、2、3年生も調査して学校全体の問題として取り上げて解決していってほしい」という意見が親たちから上がっていた。
 このような事件はどこの学校でも起こりうることであるが、親たちは「初めは遊び感覚であってもエスカレートして人間関係も崩れていくことにつながる。お金を返せば解決するという問題ではなく、2度と起きないためにも親は自分の子どもは指導するし、学校全体の問題としてきちんと解明し指導していってほしい。アリバイ的な対応では、もっと深刻な問題も起きかねない」と心配している。
 また「先生がお金を払う連絡係のように、すごく気まずそうに電話をしてきた。くさいものには早くふたをしたいという姿勢を感じた」「お金の対処は2の次でも、まず子どもたちに金を賭けるということがどういうことなのかきちんと教える必要があるし、保護者を呼んで学校と親が一致して子どもを指導してもおかしくない問題だ」とも語られている。
 市内のある教師は、「賭けごとなどは社会的にまん延しているし、子どもに影響があるのは当然だが、起こした問題で子どもがなにを学ぶのかが1番大事だ。こういう問題こそ、親と学校がタイアップして指導する必要がある」と話していた。この問題をきっかけに賭けごとや拝金主義的な考え方とたたかって、親と教師の連携を強め子どもたちを教育し、解決していくいい機会ではないかと語られている。
 現在、川中中学校の建て替えをめぐって市教委主導で教科教室型が取り沙汰されているが、松田教育長体制のもとで計画が進められるなかで、保護者や地域との信頼関係や連携が乏しくなる方向が強まっている。川中中の教員は冬季休業の期間中も連日教科教室準備のための会議に追われた。この間、子どもの現状についての教師と親の腹を割った論議はさせず、松田教育長のもとで、強行に計画が押しつけられているのが実態である。
 川中中学校は近年、マスコミが「体罰」を騒いで教師を攻撃し、現場を無視して教科教室型の計画が持ち込まれてきた。その過程で女子生徒の自殺事件も起こっている。
 現在進められている教科教室型の計画は、生徒指導や徳育面が切り捨てられ、教師は勉強を教えるだけで、生徒指導はカウンセラーと警察にさせるアメリカ型教育の典型である。この計画が進められる過程で、学校の教育的な機能が弱まっていることを多くの人が危惧(ぐ)している。

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