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全市民代表した会の質確認
下関市民の会総会
                市民運動中心に議員を活用     2007年10月15日付

 民主主義と生活を守る下関市民の会第29回定期総会が14日、下関市カラトピア5階ホールで開かれた。総会では、4年前の有料指定ゴミ袋値下げ運動を契機に、市民の会がそれまであった小集団的な体質を転換し、大多数の市民の利益を代表する立場で活動してきた質の転化への確信と、この市民運動の発展のなかで市民の代表を議会に送り出し、市政を変える市民の運動を有利にした確信がいきいきと論議された。そしてますます市民運動を強め、3年後の市議選では会派結成を実現し、市政を変革することが全会一致で採択され、展望あふれる会となった。
 開会冒頭、議事進行を務めた理事は「兵頭を市民の代表として市民のみなさんに市政に送っていただいて初めての総会。私たちの代表として送ったのだから、一生懸命兵頭議員の尻を叩きたい。もしいいことをしてくれないなら一叱りも二叱りもしたい。ざっくばらんに意見を出してほしい」と挨拶。
 続いて、市民の会初代会長で元市議の故小倉哲郎氏の夫人が、「市民の会は頴原俊一先生と小倉哲郎が“市政を市民の手に”で設立した。市政について、本当の市民はだれかといつも語っていた。これからも頑張ってほしい」と心をこめて挨拶した。
 理事長の兵頭氏は、「ゴミ袋値下げ運動から会の質が変わって発展してきた。市民とともに運動を発展させ、3年後の市議会では会派を結成し、ますます市民の要求に応えられるようにしていく。本総会が下関市民にとって画期的なものになるようにしたい」と発言。そして、下関市民の会は1979(昭和54)年、市議選で小倉哲郎市議を誕生させた市民の手で民主主義と生活を守ることを目的に結成された。ゴミ袋値下げ運動以来の市民運動の発展と市民の会の飛躍について論議し、教訓と今後の方向をはっりさせること、「江島市政を打倒し、市民の生活を守る」ため、会を大きくすることが必要であり、その運動方針などを決定すると総会の目的を提起した。
 続いて07年度経過報告と08年度の活動方針を提起。市民の会の教訓と今後の方向では、この1年間の市民運動のなかで以前の小集団のなかで市政への不満をいい合う体質から、この間の市民運動を誠心誠意担うなかで、市民全体の利益のためにたたかいの先頭に立ち、広範な市民が団結していけるよう、励ましていける体質に変わってきている、と指摘。
 市議選では、今まで表に出なかった会の婦人たちが江島市政と真向からたたかう立場でとりくみ、初めて宣伝カーに乗り、マイクを握って市民の声を訴えた。婦人たちは、その後も中心となって文化会館建て替え問題で安倍実兄企業への落札決定取り消しや、満珠荘の早期再開と存続を求める運動の発展、市県民税値上げに抗議し市役所前公園で座り込みを実施するなどの行動が市民運動を発展させてきた、とのべた。
 また、原水禁8・6斗争、原爆と戦争展をとりくみ、下関空襲62周年にあたり、市役所前での展示や、下関原爆被害者の会と共催し、市役所ロビーで原爆と戦争展をおこない、市民から非常に歓迎され来年の開催も予定する方向である、と提起。
 婦人たちがいきいきと力を発揮し、運動を進めており、市民の会は市民みんなの会であるという誇りと確信が語られていることなどが報告された。
 また、下関市議会では議員への発言制限という異常なルールがあり、市民の声が届かないよう民主主義が踏みにじられている。今後も市民の会が市民全体の利益を担う立場で運動を進めることが重要であり、会員、読者が力を合わせ、30万市民を対象に「月刊しものせき」を圧倒的に拡大し、一緒に頑張る仲間になってもらえるよう、のびのびととりくんでいく。3年後の市議選では会派結成をめざし、3人の議員を送り出し、市民の要求を議会で実現することに貢献できるよう運動を強めることなどが提起された。

 展望溢れる会員の発言 運動の発展に確信
 続いて質疑では、これまで実際の市民運動を担ってきた婦人たちを先頭に、この間の活動でつかんできた確信と、今後の展望に向かって意欲的に臨む姿勢が語られた。
 今年2月から満珠荘の存続を求める利用者の会に出会って仲間に入った76歳の男性は、「生まれて初めて市議会を傍聴し、兵頭さんの孤軍奮斗を見てきた。表は味方のような顔をし、答弁を聞いているととんでもない方向に持っていく議員ばかりだ。行政の市政に対する考え方も、私たちの期待とかけ離れていた。1人ではいけない、もっと力を強め、市民の会からまだ市議を出していかないといけないと思っていた」「一挙に3倍の3人にするのは大変だが、強い市民の会の確立は大賛成。3倍のものをなんとしても達成するということで行こう、となるようにしたい」と話した。
 次に、故小倉哲郎氏の当時の活動をよく知る男性が、「市民の会は初めから会員がいたわけではなく、小倉会長らが奮斗して発展させてきた。市政報告会には3人でも5人でも集まればみずから出ていた。そして、市民の会の主旨の載った入会申し込みを渡して会員を増やしてきた。これを小倉さんや頴原さんは一貫してやられてきた」と発会当時の様子を語った。
 また、「小倉さんは“市民が主人公で、議員はそれに従属するもの”“市政は国政の具体化”といつもいっていた。市役所の各課を回り勉強もし、職員のなかでも一目置かれ評判だった。市職員は、市長の仕事もしないといけないが、市民の役に立ちたいという思いがある。だから後者を励ましていけるよう接していた。全会員がそれを継ぎ、行動していけば必ず3年後に3人出すことは可能だと確信する」と力をこめて発言した。
 市民の会に入り約4年、市民運動を担ってきた70代の婦人は、「議会傍聴に行ったが、市長も市議もデタラメをしていてムカムカする。江島は横着を通り越しているからなんとかしたい。市長や市議は市民の目が1番怖い。議会の傍聴席も満席にしてとにかく怖い目にあわさないといけない」と語った。「満珠荘も逆転ホームランを打ちたいと思ってやっているが、本当に市民の力が必要。市民の会にも入ってもらい、強めていきたい」と市民みなが力を合わせて立ち上がることでひっくり返していけるとの確信をこめて語った。

 会派の結成へ強い意欲 市民運動を強め
 満珠荘の存続署名をとりくむ利用者の会の婦人は、「満珠荘の署名は、市民の会の力添えでもうすぐ5万人に達成する。これまで勤めに出たことはなく外に出て署名をとりくみくたくたになって帰るが、楽しみにしている高齢者のために一生懸命してきた。市民の会のみなさんのお陰でこれだけ署名が集まった。この場を借りて一言お礼をいいたい。そして、これからもよろしく」と語った。すると一緒に活動してきた婦人がすかさず、「遠方でも行動的に署名を広げる満珠荘利用者の会の人の姿に、私たちの方が元気をもらっている」と話した。
 川中校区在住の70代の婦人は、「川中中の説明会には2、3回参加したが、市長も教育委員も出てこない。市教委は親や地域に対してまったく聞く耳がない。成績ばかりよくても社会性を身につけないとだめだし、安倍前首相や江島市長や松田教育長のようになってほしくないというのが多くの親たちの思い。みんなで“子どもをどのように育てていくか”でやっていかないと、子どもたちもますます荒れていくのではないか。だからそういう話をおおいにすることが大切だ」と話した。
 別の70代の婦人は、「市民の会に入り当初は勉強不足で悶悶としていたが、市議選を通じ、勉強し傍聴にも行くなかで、兵頭さんの応援もしたいし、会をもっと広げたいと思うようになった」と発言。「月刊しものせきの読者になってもらい、広げていきたいと思い、友だちや近所の人たちを回って広げていっている」。そのなかで市政についての論議が起こり、歓迎されていることにふれ、「3年後の市議選3人を、これでもっと広げることで挑戦していきたい」と語った。
 豊北町から参加した会員も、月刊紙の反響を報告し、「保育園問題なども起こったなかで下関市民の力を大きくすることが望まれている。月刊紙の読者も増やし3年後の3人を目指したい」とのべた。
 70代の男性は、「江島を早く退陣させないといけない。3人はなかなかむずかしいが、江島を倒すのと並行していかないといけない。江島はわれわれの生活はどうでもよく、それより箱物の上納金がいくら入るかの方が先だと思っている。犬猫安楽死施設より人間が生きていけるようにすることの方が大切だ」といった。
 初めて参加した70代の婦人は、「市民の会を発展させ、江島を市長の座から下ろすことを一生懸命考えている。みなさんとともに下関市がよくなるよう、行動していきたい」と語った。
 活発な論議の後、07年度経過報告と08年度運動方針の両議案が全会一致の拍手で採択された。
 選出された新役員は以下の通り。顧問・頴原俊一、古田好都、会長・兵頭典将、副会長・徳村進、太田和子、事務局長・淀川寿夫、事務局次長・本池妙子。

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