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 人民劇団として帰ってきた
はぐるま座団員座談会
               地元山口に根をすえる     2008年9月15日付

 劇団はぐるま座は『高杉晋作と奇兵隊』を全面改作した『動けば雷電の如く――高杉晋作と明治維新革命』の山口県公演をおこなっている。『雷電』は6月21日、初演の下関での大成功を皮切りに、この劇を全県・全国に広げようとこの2カ月半で岩国市周東町、玖珂町、錦町、本郷町、玖珂郡和木町、山陽小野田市、周南市、宇部市楠町、下関市菊川町、豊田町、豊北町、山口市徳地町でおこない、今月六日には劇団の地元・山口市の公演で大成功をおさめた。本紙では劇団はぐるま座の演技部と普及部のメンバーに集まってもらい、山口県内公演の反響はどうか、またとりくみの教訓、創造と普及上の教訓はなにかを今後の方向とあわせて論議してもらった。

 市民が歓迎した山口市公演
 司会 まず到達点である山口公演から。
  山口市民が大歓迎してくれ、昼夜2回公演で900人もの人がきてくれた。市内平川の隊中様(振武隊の医師の墓)があるところで『男なら』の踊りをやっている高校生も、地元の歴史を知らないできたが、明治維新がどんなものだったのか知ったと感動がある。「バイトでためた自分の小遣いはたいてでも大人に見せたい」といっていた。「小郡でも早くやってくれ」とか、「人を紹介するから防府の公演日程を教えてくれ」という声も寄せられ、今までにない印象だ。市内では「チラシが町内の回覧板で回ってきたのでうちに前売り券ありますと書いて次に回した」とか、無数の市民の動きがあった。
  市内各所にポスター1400枚を貼りめぐらし、チラシ4万枚、山口公演ニュースも1万枚以上が市民の手に渡った。山口公演が終わってアンケート集をつくり、ポスターを貼ってくれた家にお礼に回ると、行く先先で「よかったね」「頑張れ」と激励された。
  幕末の大庄屋・吉富藤兵衛と林勇蔵の果たした役割をニュースにして1軒1軒配っていった。吉富藤兵衛は「湯田ではなく大歳だ」「矢原だ」、という。自分たちの町の誇りなのだ。劇を見たゆかりの人たちは「断片的には語り継がれているが、全体像がよくわかった」「現代の社会も働くものや若者が食っていけない世の中で、まったく一緒だ」といっていた。吉富藤兵衛の末裔の方が「政治家に高杉のようなリーダーがいない。民衆の立ち上がりが決定的だったが、今それが必要だ」と語っていたのが印象的だった。
 旅館の社長さんたちも従業員を連れて見に来て、「山口は維新にこれほど関係が深いのに、観光としてはなにもない。維新マップをつくるなど、観光の活性化もやっていきたい」と論議になった。温泉組合の方も観光案内所の女性たちを連れてきてものすごく感動し、今後は維新の学習会や紙芝居をやってほしいという。

 観客層が新しく広がる
  観客層が変わったと思う。山口公演で実行委員会を代表して挨拶した人は、40年まえから劇団の劇を見続けてきたが、新しい観客層とのつながりを喜ばれていた。プレイガイドで前売り券が売り切れるのも、今までにないことだ。当日券で入場する人も多かった。
  平川のよさこいチームとは前日に会ったのだけど、彼らは「PRしたいために踊っているのではなくて、地域に貢献するためにはマナーが必要なんだ。踊って喜んでいるだけではだめなんだ」とミーティングしていた。そこに『雷電』を持ち込むとすごく歓迎されて、公演後のロビー交流会にも参加した。こうした高校生、大学生の息吹が平川にあるのに、同じ団地に住みながら疎遠だった。『雷電』の中身が「自分たちが必要としていることだ」「踊りの中身も変わってくる」といい、劇が終わったらすごく親しい関係に変わった。私たちが知らなかった山口市民の営みに教えられることの連続だった。
  旅行社の人が公演の2日後に突然来られ、「日帰りツアーに『雷電』の劇をくみこみたい」といわれた。「芝居を見て純粋に感動したからお客さんに見せたいと思った」「中国やヨーロッパでいろいろな芝居を見てきたが、この芝居がいい」という。
  徳地町公演の1週間後が山口公演だった。徳地ではある会社で社長が仕事を休みにし、従業員と一緒に観劇した。その後職場交流会を持ってもらったが、パートの婦人が「農民の立ち上がりがよくわかった」「高杉晋作が親を思い、いろいろなものを肩に背負いながら、それでも乗り越えてみんなのために命をかけようとする生き方に、私は1番感動した」といい、全員が納得していた。30代の母親の1人が「うちの子は自分を犠牲にして人のためになにかをした経験はないけれど、アンケートに“男らしかった”と書いていた。きっと、高杉晋作の姿を見てそう思ったのではないかとうれしく思う」といった。従来の高杉晋作の舞台では出てこなかった意見だ。こうした徳地の人たちが、家族や友人をたくさん誘って山口公演にやってきた。公演をやったらやりっぱなしではなく、人人の役に立つものをやれば必ず次につながっていく。
  私は3カ月間、山口市内の縫製工場で働いていたが、その職場から20人近くが見に来てくれて、差し入れも持ってきて、観劇後は「よかったよ!」といってくれた。私は地元出身なので、同級生にも劇団の会館解体の話も含めて時間をかけて話すと、みんなチケットを4、5枚ずつ預かって、「山口の誇りだ」と友だちからその職場の友だちへ、その親へ、その親から親の友人というふうにどんどん広がった。

 劇団の声明に熱い期待
  山口市民が、応援してくれたというのが実感だ。最後の1、2日でグングン世論が動いていったのがわかった。同級生や恩師たちもはじめて見にきてくれた。友だちは「劇団の稽古場を壊しているけど、なにやってるの」「どうしたん?」と驚きつつ聞いてきた。無謀な借金をしてつくり、経済的困難から真実を描く魂が骨抜きとなってきた会館を解体して、創立時と同じようになにもないところから新たに出発するんだと説明して「ぜひ劇を見にきてほしい」というと、母親を誘ってきてくれたり、「公演が決まったら教えてくれ」という意見も出た。これまでこじんまりした公演ばかりしてきて、自分たち自身のなかに小集団的な偏見があったが、今回圧倒的な市民のなかに入っていったらまったく違った。転倒していたことがわかった。
  はぐるま座の会館の解体作業が進んでいくなかでの公演だったので、すごく注目を浴びていた。一方では会館を解体しておりこちらでは『雷電』の宣伝カーが走るという感じだった。心配される方も少なくなかった。しかしG子の職場の先輩たちも公演を見て「あんた、大丈夫じゃない。この方向だったらどんどんいけるよ!」といわれた。
 私たちはとりくみの過程で「人民劇団再建の声明」を持って市民のなかに入っていった。すると市民が本音で語ってくれた。「あんな大きな建物つくってどうする気だろうかと思っていた」「解体してもう1度やり直すのがよかろうよ」といわれた。市民の生活実感ともあうものだった。「山口市民のなかに帰ってこい」と支持してもらえた。こうして入場者も予想を大幅に上回った。最終段階は世論がうねったというのを肌身で経験した。
  はぐるま座の子どもたちも、友だちを誘ってポスターはがしに行ったが、劇団を誇りに思う気持ちがあってうれしそうだった。先生も近所の人も見にくるなかで、これでいったら根づいていけると思ったようだ。市内で学校公演もぜひやりたいと話になっている。
 これまで劇団は山口市に本拠があったが、あまり山口市民といえない状態だった。今回のとりくみで地域に入って、町の人たちを身近に感じた。夜公演が終わったときに花束がとてもたくさんきていて、やっぱり地元だととてもうれしかった。湯田にあるタバコ屋のおばあちゃんが、公演後にポスターをはがしにいくと「よかった、よかった」とお菓子をいっぱい2つの袋に詰め、そしてコーヒーなどをどんどん棚からおろし始めて、こちらが申し訳なくなるくらいだった。こういう気持ちに応えていかないといけない。

 劇団員の恩師多数観劇
  今回は青年劇団員の小・中・高校の恩師がかなりたくさんきてくれた。迷惑をかけた先生もたいへん喜んで、「今まで心配ばっかりだったが、今では誇りに思う」「小さいときからはぐるま座を見てきたのよ」「経済的に大変だなと思っていたら、あんな立派な会館を建てて、と思っていた」という。恩師の先生たちが、はぐるま座を見てきて、私たちを心配して、育ててくれていたということを教えられた。そういう支持のなかで劇団が存在してきたのだ。それが私たちの自信というか誇りだ。これまで本当に違うところにいたと感じた。
  子どもたちが通っている保育園の保母さんたちが大挙してこられたが、公演の前に会館を解体しているのを見て、保育園中で「はぐるま座はどうなっているの」と話題になっていた。その保母さんたちが見にきて「夜も眠れない」ぐらい感動されて「これならいい」と安心された。「美術にしても音楽にしてもプロがたくさんいるんだね」「保育園でも手助けしてもらえないだろうか」「『男なら』を保育園で子どもたちに教えてくれ」という話もあった。
  私の友だちも、まだ20歳だけど、舞台を見て「私が結婚して子どもが生まれて大きくなったら、絶対にこの劇を見せにくる」といってきたり、「本当にこの劇はすごいね。私も明治維新を勉強しよう」「山口はすごいところだね」と、リアルタイムで考え方が変わっていく友だちを目の前にして、この劇の威力を感じた。何人もの友だちが、大田絵堂の戦いのとき、山口の農民が庄屋同盟の呼びかけで自分たちは食べる米もないのに奇兵隊のために米を持っていったというのがすごい、「すごいね民衆の力は」「知らなかったけどたくさんの人に知らせてね」という。萩脱出の場面でも、「家族を捨てて自分の命をかけて戦いに行くというときに、農民たちはなんであんなに明るいのかビックリした」といっていた。

 大衆自身が運動へ 周南、菊川、豊北町等でも・「郷土の誇り」と
  周南市でもポスターを大量に貼り出すなかで、プレイガイドでチケットが40枚売れた。そういうことはかつて経験がない。周南市でも山崎隊とか庶民の隊がいくつもできており、それを誇りにしている。県内各地で公演をやるなかで、どこでも民衆が武器を持って立ち上がっていったし、またある者はお金をカンパする、ある者は銅をカンパするなどしながら支援していったという実情が明らかになってきた。
  チケットをどこで買ったのかわからないけど見にきていた人が多かった。だから前日までの読みを大幅に上回る観客数になった。それが、山口市はダントツだが、菊川町でもそうだった。ポスター貼りに協力してくれた人が実行委員になる例がどんどん増えている。
 菊川町では「日本の農業をどうしていくか」「このままいったら限界集落だ」「合併したらなぜ住民負担が増えるのか」など、なみなみならぬ反響があった。そうしたとりくみがうねっていって、その集大成が山口市になったと思う。
  豊田町は奇兵隊や諸隊に参加した子孫の人たちがこぞって見にきて、祖先がはじめて公に評価されたという感じだった。終演後にロビーに出ると、涙を流しながら親しみを込めて「高杉さん、感謝しております」という。郷土に誇りを持てるようになったというのは共通していた。
  豊北町ではロビー交流会に社会科の教師たちが残り、「ここはなかなか教えない部分だが、これを子どもに教えてやったら喜ぶだろう」「学校公演をやろうと提起してみます」と、郷土の誇りとあわせて語っていた。
  下関公演とそれ以後の公演で、世論が動くということを感じている。これまでは直接触れた人がすべてで、そこから各団体や個人が何人か連れてくるというものだったが、今ではその向こう側に圧倒的多数の県民がいるということを、山口公演まできて実感している。ここで整理をして、舞台で「50万領民」とあるように、多くの山口県民、全国の大衆が求めている世論に働きかける普及活動を、旧来のものから転換してどううち立てていくかをはっきりさせたい。
  今岩国公演のオルグに入っているが、ここ2、3日でポスターを1000枚貼り出した。1日でポスターを貼ってくれたうちの12人がチケットを預かり、なかには追いかけてきてチケットをくれという人もいる。これまではどの団体の長に会いに行くかといって1日回ってもまるで成果がないという活動だったが、1軒1軒戸をたたいてポスターを頼んでいくと、チケットを10枚預かって「店を閉めてでも見に行く」という人まで出てくる。いかに市民からかけ離れていたかということに気づかされると同時に、岩国市民の反響の強さに驚くべきものがあった。「普通はポスターを貼らせないが、高杉さんならいい」という人が多い。
 最近は米軍機の騒音が夜遅くまで激しく、市民は米軍基地の問題と離れては存在していないし、市民のなかではそれが『雷電』の世直しと独立のテーマと結びついている。宣伝カーを止めていると、70代の男性が「どうだ売れ行きは。市民会館だけではなく、シンフォニアも、体育館も借りてどんどんやれ」といってきた。
  人人の反響に学ぶなかで、私たちは公演が終わったら店を閉めるという感じだったが、劇を見た人人はそこから始まっている。これを学ぶことはものすごく大きいが、これまでそれにまったく学ばず切り捨ててきた。ここに学んで次の公演を準備していけば連続的になるし、大衆との関係も深まっていく。人人はそういう生活を送っているが、劇団員だけは違う生活をしてきた。今回の舞台は題名のごとく、見ればその瞬間から雷電のように人人が動き出している。

 県民の誇りを代表 前作との違いに鮮明に・高杉精神描く
 編集部 『動けば雷電の如く』の舞台は山口県民をものすごく激励する内容だということが、実績として証明されてきた。みんなが大歓迎して、郷土の誇りを呼び覚ましていくし、それが現代を生きる力になっている。そこで、1つは作品が決定的であり創造路線の教訓がある。また、それに照応した普及路線もここまできて鮮明になってきた。劇団の会館解体のことが大話題になって関心を引いたが、大きくは劇団再建の路線が支持されたということだ。それらの教訓を掘り下げてみたい。まず作品評価だが前作の『高杉晋作と奇兵隊』と一番違う点はなんだろうか。
  前の作品の評判の悪さを、3年前の徳地町で経験した。3年前は300人以上集まっているが、奇兵隊が「田畑を踏み荒らしてはならない」という諭示を定めた場所であるのに、その諭示の精神がまったく描かれていなかったことへの批判と、「暗い」「もう1度見たいと思わない」という意見が相当上がった。それで今回の公演をとりくむにあたっても、これまで無理矢理実行委員会をつくって押しつけ、劇でも落胆させてきたことへの批判を相当受けた。そこでそれに応えようということで「劇団声明」を見せ、地元の人たちが大切にしている埋もれていた歴史を掘り起こし、ニュースにして返していくなかで空気がだんだん変わってきた。台本を読んで感動した人たちが劇を見にきてくれた。私たちが公演で自己満足して、長く気づかなかった地元の人たちの本当の声に教えられる日日の連続だった。今回の舞台では老人たちがロビー交流会に大挙して残り「私らの祖先が国を変えたんじゃ!」「こういう青年を育てないといけない」と沸きに沸いた。自分たちが、長い間やってきた「嫌われる高杉晋作像」が鮮明になった公演でもあった。
 実行委員長が当日の挨拶で「ここの町民は高杉と同じ思いでたたかったんだ」と熱を込めて語った。前作の高杉晋作だとまったく感情にあわない。前作の高杉は農民をバカにしていたし、徳地町の人たちの強烈な期待を裏切ったことへの批判なんだということが、終わり頃になってわかってきた。明治政府による諸隊隊士への恥知らずな弾圧で農民出身の兵士がたくさん殺され、上の方からは「幽霊の話」とか悲惨な話しか流されない。前作はそれに輪をかけて「農民はバカでだまされた」と描いていた。それを『雷電』では、百姓たちが倒幕の意志をはっきり持って高杉晋作と一緒にやり抜いたということと、その農民と信頼関係を結んだ高杉晋作に見られるリーダー像を描いており、感想でもそれについて意見がすごく出た。
  前作も「農民を前面に出している」といって宣伝したが、結果は足りないという感想がすごく出ていた。今回の『雷電』では実際に農民が前面に出ていて、最後の場面で「明治政府の新官僚となった下級武士は民百姓を裏切ることになる。にもかかわらず明治維新を成し遂げた百姓、町人の力こそ日本民族の誇りでなくてなんでありましょう」というと拍手がワッと起こるところがすごい。私も農民役をやっているが、見に来た恩師から「お前、主役じゃないか」といわれた。農民たちが高杉と並ぶ英雄なんだと受けとめられたことがその一言にもあらわれていると思う。そこが今度の作品で1番大きいと思う。
  奇兵隊や諸隊の子孫の実感と違っていた。そういう失敗の蓄積から、今度の舞台を見て、史実に忠実になってきているとか、自分の中で生きてきたイメージと同じだという感想がたくさん出た。
 編集部 山口県民のなかには明治維新の誇りがずっと受け継がれてきている。今回、そういう県民の実際に舞台が合致した。今まではそれに合致していなかったということだ。それは明治維新革命をやりとげた主人公、原動力はだれか指導者の姿はどういうものかというところだ。
  高杉が彦島割譲を拒否する場面でも、オルグはいつも大衆に話すのだが、「それならそれを描いたらいいじゃないか」「そんな大事なことを知っているならなぜ描かないのか」といわれていた。今回はじめて描かれた。
  高杉と来島との京都出兵をめぐる論争の場面は、今まではわからなかったが、天皇とか大名なんかに幻想を持ってはだめなんだ、人民に本当の力があるんだということだ。それに対して「今、これですよ」という共感、現代的な響きあいはかつてないほどだ。岩国公演の準備で一幕の農民たちの政治談義の場面を少し話しただけで、岩国市民は「今の日米関係と同じじゃないか」といい、戦中・戦後ここでどういう目にあってきたかという怒りが出てくる。前作の全面的な改作が現在とぴったりで、これで岩国もひっくり返さないといけないと論議になる。

 普及活動も様変わりに
  普及の活動についてだが、これまでと全然イメージが違ってきた。これまではある一つの公演でポスター100枚とか、一般宣伝といっても学校にせいぜい5000〜6000枚配って終わりという感じだった。下関公演からの教訓で力も入れたが、隅隅までポスターが貼られることを大衆が望んでいる。そして一般宣伝というと、たんにポスターを貼って宣伝をすることと思っていたが、そうではなくそのことを通じてどれだけたくさんの大衆と出会うかそのなかで生活、労働、教育とかいろんな問題、悩みを聞きながら、どんな生活をしているかをつかんでくるし、それが配券や売券にもつながっていった。だからすごく大きな意味がある。
 これまで原爆展、8・6行動の広島・長崎で、市民の中に1軒、1軒訪問してきた活動に劇団員も参加してきたが、そこで培ってきた経験がやっと公演活動のなかで発揮された。大衆の思いを信頼して、知恵を出して、もっと大胆にポスターやチラシを持って大衆のなかに入っていくことが望まれているということが、確信にもなるし力になった。早くポスターができたらいい、早くチラシを持っていきたいという劇団員の躍動感が大衆にも響いていると思う。
  これまで台本を普及するという活動をやっていなかったが、台本を大衆に届けることがだんだん喜びになっていった。今まではこちらがたくさんしゃべって、「戦争体験を聞かせてください」など作品とは別の方向で大衆と結びつこうとするか、または迎合するというのが染みついていた。
 この間、台本を読んだ商店主が感動して近所の人を誘ってきたり、台本に感動した人がかなり動いた。作品とは無関係にオルグをやりまくってきたこれまでの活動との違いをよく総括しないといけない。作品を届ける喜びで一致することが、劇団の普及部の団結の基礎だ。これまではいつも横を見て、あそこは少ない、こっちは多いと、内部の競争と自己責任の孤立感のなかでやってきたのが払拭され、劇団のなかの空気も違ってきたと思う。
 やはり自分たち自身の力でやるということと、はっきりと人人に依拠してやるんだということだと思う。どこかの組織に頼って、全部実行委員にかぶせて公演をやろうとし、つぶしていくという普及活動の路線の誤りもこの間の実践のなかで教えられた。『雷電』下関公演にオルグに入ったが、そのときはわからなかったことを1つ1つつかみ続けるとりくみだった。
 編集部 はぐるま座がどういう普及路線をとるかということだが、それは『雷電』の舞台のなかに展開されている。天皇や攘夷派大名などどこかの権威に幻想を持って、大言壮語、悲憤慷慨をやっている側か、それとも大衆そのものに頼って割拠でいくのか。後者の方向で山口公演をとりくんだら大成功したと思う。あてにならないブルジョア権威、既存の団体だけに上から頼ってなんとかしようとしても、なにもできない。『雷電』のなかでは大衆が主人公であり指導というのはその大衆の力を束ねていくのだということが展開されている。劇団がそのような活動になったら発展するということではないか。

 組織のとらえ方も変化
  組織のとらえ方も変わった。以前は広告から宣伝から売券からなにもかもやってくれる人が実行委員長。しかしそのように押しつける対象はなかなかいない。今は、例えばポスターを貼りにいくと相手がチケットを10枚預かってまわりに働きかけてくれる、そういうすべての人が動くことで市民の運動になるという感覚が少しずつ芽生えてきた。だから実行委員会に来る人が少数でも、大衆に要求があり、実際にたくさんの人が動いていて、その人たちが主人公で、それを背負った人がきていると見れるから心配なくできる。ここをもっと大規模に発展させるためにどうするかだ。
 劇団員でやれることは全部やりたらないところは応援してくれという態度が、実行委員になってくれた人たちも奮起させ、「それならここへ行け、あそこへ行け」という、その関係ができてきたと思う。実行委員の人が安心してとりくむし、その方がはるかに積極性が発動される。
  創造と普及との関係、また劇団のなかのさまざまなセクションの関係も変わってきた。オルグはそれぞれさまざまな地域を担当しているが、これまでその関係はともすれば競争で、うまくいっているところがうらやましい、あそこはあの人がいるからいいとかこっちはどうしようとか、大衆のことじゃなくて自分の成績、それだけでなく人の成績まで気にしてそのためには足をひっぱりたいという気持ちにもなっていた。それが今は、山口公演で成功したから岩国も成功できるんだと、雰囲気が変わってきた。集団主義が発揚されると、人数以上に力が発揮される。
 編集部 創造と普及の統一の問題ではないか。作品そのものが大衆の生活と斗争を源泉として、そのなかから集中し典型化してできたものだ。つまりリアリズムだ。それを多くの大衆の中に持ち込み、大衆を歴史進歩の方向で激励し、現実を変革する力にしていく。この大衆のなかに持ちこみ普及することで舞台が検証され、創造が発展する。劇団の活動の目的は、そういう舞台をつくり、多くの人人に見てもらうことによって、現実社会を変えていく人民の力を強いものにしていくことだ。「観客の方は公演が終わってから始まる」という話があったが、人民の方はそれが当たり前だ。見せたら終わりではない。
  これまで大衆のなかに入らないし、敗北主義が強かった。下関公演のときに「いかに人に見せないように、知らせないような公演活動をやっているのか」と指摘されたが、それがここまできてよくわかる。今までの路線がなんだったのかと。
 編集部 前の作品自体が大衆蔑視だ。人民を裏切った明治の元勲との境界線がない。明治維新革命の原動力は百姓だったという事実は、明治維新後抑圧されてきている。だが大衆は、父祖たちは偉大だったのだとみんな思っている。そこのかさぶたをとっぱらってこれが真実だとやったら、それは子孫だけでなく人民の力に対する誇りを取り戻すし、現代に生きる力になる。

 大衆へ依拠した運動に
  私たちオルグ自身が大衆を偏見で見ていたということがわかってきた。自分たちが山口市民のなかで浮いていたのに、それを「市民はアカだと思っているんだろうな」という感覚でいて、こちらから閉ざし、社会の片隅で活動するというものがあった。しかし大衆のなかに入っていったらまったく違う。『雷電』をやってみて、自分たちは社会のど真ん中にいるんだという実感を得た。
 編集部 「アカ」といっているが、その意味は「人民とかけ離れた特別の人たち」「特定のイデオロギーの主義主張をしている集団」とみなされていたということだ。そして描いていた高杉は、結局維新後の支配階級が容認する内容だった。その「アカ」は、支配勢力の立場ということじゃないか。革新派ぶって、実は支配勢力にこびを売るという日本社会にたくさんいる潮流はそういうものだ。そんな明治維新についての欺瞞に惑わされず、大衆のなかから集中し歴史進歩の観点から典型化して作品をつくり、大衆そのものに見てもらう、したがって大衆そのものに依拠した運動をつくる。そのような立場を堅持したら、全市民が共感するということだと思う。
  宣伝カー回したって10枚も売れないだろうとか、ポスター貼ったってこないだろう、という見方がある。実際は逆だった。運動観が全然違う。大量宣伝がいるし、知らせないと個別の組織もできない。ポスターやチラシ、宣伝カーで街全体の雰囲気をつくったら、チケットを預かった人たちも周りに勧めやすくなる。
 編集部 ポスター貼りを頼んでいったら、直接チケットを預かってもくれるが、その地域全体の大衆世論がわかる。それを団体の上の方にだけ聞いてもわからない。実行委員会に集まる人はそれぞれある部分しかわからないが、地域全体の世論はこうなっていると示すと、実行委員も「そうなっているのか」と馬力が出る。長周新聞では「窓口取材反対」といわれてきた。支配機関の窓口はもちろん、各種団体の役員の話から出発したのでは必ず失敗する。取材は大衆そのものの中から出発する。劇団活動も同じだと思う。今は主体の側が大衆そのものの運動を起こすという立場に立たないと、なにも動かせない。広島でも長崎でも、上関でも、岩国でもそうだ。
  山口市役所からチケットを購入したいと電話があった。下から市民が大きく動き始めたからだ。
  自治会長をしている社民党の元議員はチラシ配布を断わった。忌まわしいあの会館建設の「協力者」の1人だった。その後みんなで1軒ずつ配布したら住民から大歓迎だった。自分たちが片隅だったという実感があるが、社民系がいかに片隅派なのかを痛感した。彼らと同じという気持ちの時は社会の片隅だったが、彼らに嫌われる関係になると山口市民の大多数に支持された。
 編集部 これまでの経験を総括して、普及活動の法則性を理性化するともっと公演活動は効率的になるんじゃないか。
  はじめ実行委員会になってくれる人がいなければ、後援の申請も、会場申し込みもできない。できたらポスターを貼っていくなかで、台本を普及するなどして積極的な人たちが出てくる。実質の運動をどんどん始めていけばいい。その人たちが集まって集団論議したら盛り上がる。旧来の路線では、諸団体の長のところにまず行くが、下の運動にならない。

 大衆の経験の中に真実
  大衆そのものが1番依拠できる。「識者」というなかにはズレている人が多い。明治維新以後、維新革命についてねじ曲がった史観が100数10年上からつくられてきたわけだ。明治以後は元勲らが隠してしまって、史料は埋もれたまま、1番頑張った人たちが片隅に追いやられてきた。そして多くの歴史学者は表に出ている史料の枠内でやったものが多い。人民大衆の経験のなかに真実はある。
 そこのベールをはがしてありのままの真実を明らかにするなかで、激励されている。今度の『雷電』公演のなかの史実の掘り起こしは大きな意義があり、歴史的なものだ。維新革命に参加した者の子孫同士のつながりも全然ないが、公演が広がるなかで、一堂に会して語りあいたいという機運は高まっている。
  今新作で「原爆展物語」を書いているのだけど、「祈りの長崎」をひっくり返しているところと共通している。50年8・6も、大衆のなかでは風呂屋でワイワイ原爆の話になっているのに、表に出たら話にならない、ここから出発している。アメリカの抑圧があってものがいえない状態だが、しかしこの抑圧を取っ払ったら、大衆のいいたいことが表に出てくる。
 明治維新も第2次大戦も一緒だ。大衆の真実が表面に出てこない仕掛けになっている。それを、大衆のなかに足を置いて第2次大戦の全貌を描いたら、大衆は大歓迎する。
  徳地町で『雷電』を見た年配の労働者がいっていたが、「第2次大戦で戦死した兵隊が国賊扱いだが、明治維新でたたかった奇兵隊も国賊扱いじゃやれない」と。第2次大戦の論議にもなった。
 権力側からの歴史観で国賊扱いされている。それは現代的テーマにつながる。

 現代動かす舞台へ 歌声運動や現代劇の創造も・大衆とともに 
 編集部 『雷電』の岩国公演の反響を見ても、「世直しと独立」のテーマは、米軍基地をかかえる岩国の市民の現代のテーマだ。現代の日本の独立と世直しの力を激励するものだ。山口県の明治維新に関わった人人の真実を掘り起こすと同時に、現代に生きる多くの人民の現実要求ともっと結びついていったら、さらに発展すると思う。人人が維新の誇りを取り戻したいという根拠は現代にある。ことは明治維新だが、みんながいうのは、今政治がデタラメで、幕末とまるで一緒だ、当時は徳川幕府の末期だが、今は資本主義の末期だと。そのなかでだれが主人公になって世の中を変えたか、その指導路線はどういうものだったのか、ということだ。
 また当時の農民がどういう意識で行動したか。世のため、人のため、全人民の根本的利益を掲げ社会進歩のために政治斗争・革命的軍事斗争をたたかった。労働運動というとき、企業の成長に依存して分配を求める経済主義、自分の損得ばかりというのが、なれの果てのようになっている。明治維新の農民の斗争精神は、現代の労働運動再建の上でも大事な内容がある。
 さまざまな政治潮流の問題でも教訓的だ。当時、幕府屈服の俗論党がおり、悲憤慷慨の観念的な尊攘派がおり、そして「大衆とともに」の高杉の革命路線があった。今高杉のような指導者が必要だとみんなが思っている。セクト的でなく、私利私欲なく大衆を団結させる指導路線を人人が求めている。
  観劇した人人のなかに思想的な高揚がある。ある詩人は「景色とか花を歌うのもいいが、やはり現実に向かって書いていきたいと思っている」というので、花雲論争の話をして、福田正義の『文化芸術論』を勧めたら歓迎された。
 編集部 全体としてははぐるま座が、社会の片隅から世の中の真ん中に出てきた、人民の劇団として帰ってきたということだ。劇団声明で、はぐるま座は長期に東京志向のブルジョア路線を歩んで人民大衆と離れてきたことを明らかにした。資本主義・ブルジョア路線は滅亡の道だったということであり、それを一掃して人民の側に立場を移し、プロレタリアートのリアリズム路線をやったら大きな発展の展望が出てきたということだ。
 年内の課題としては、現代劇『原爆と戦争展物語』を完成させ、また峠三吉や礒永秀雄の詩の朗読、「花咲く桃の木の下で」や「おんのろ物語」など礒永秀雄童話の朗読劇とか、峠の「すべての声は訴える」や「原子雲の下より」の詩を組み合わせた朗読劇などをつくったらいいと思う。さらに閉塞感漂う中で元気になる歌を歌いたいという要求はすごくある。「聴かせる歌」じゃなく、みんなが歌いたくなる歌をそろえて、歌声コンサートなどをやり、歌声運動を起こすというのも要求があると思う。年内の雷電公演を断固成功させるとともに、これらの作品を年内に準備して、来年の全面展開ができたら、多くの期待に応えると思う。
 はぐるま座がただ劇団存続のためにあくせくしているというのではなく、日本の芸術運動の発展に果たす位置は大きいものがあることをはっきりさせるべきだ。『雷電』の質はそういうものだと思う。
  アンケートにもそういう内容があった。「地方でやっているが、逆にここから発信して東京にひけをとらない、負けない舞台だ」と。
  風刺マンガの力もすごい。平和公園に展示して世界中に認められる。
 司会 それでは今日はこのへんで。

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