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続々と増える全国の参観者
広島平和公園で街頭原爆展
               三菱労働者や自衛官も共感     2008年7月28日付

 広島平和記念公園で「原爆と戦争展」を展開中の原爆展全国キャラバン隊(劇団はぐるま座団員・長周新聞社後援)は、26、27日の土・日にも、街頭展示活動をおこなった。連日の猛暑にもかかわらず、多数の参観者が途切れることなくパネルのまわりに人垣をつくった。全体に若い層が圧倒的な多数を占めているが、家族連れで訪れる県外・県内の戦争体験世代、また40代、50代の現役世代の参観も増えはじめ、世代を超えた交流・論議が交わされた。長周紙上に掲載された「政治漫画のコーナー」も新設され、大きな反響を呼び起こした。

 世代超え熱心な論議の場に
 埼玉県から来た遺族(68歳・女性)は、「私は岩国出身で、終戦当時五歳だった。父親が北支で戦死したので、残された家族の生活はどん底だった。4人姉妹だが、みんな栄養失調で死に、残ったのは私1人だ。従兄弟のお父さんも南方で戦死した。7人の子どもを抱えた叔母さんは大変な苦労だった。叔母さんは生活保護をもらっていたが、1番上の息子が働いて弟を高校に行かせようとしたら、保護を切られた。うちの母は病気になって入院したが、東京に就職していた私のところまで岩国市役所の職員が来て“病院代を払え”と迫った。私は、“お父さんを帰せ!”といって追い返した。戦争で働き手をなくした女の人のなかには米兵相手の売春婦になる人もあった。国民をこんな目にあわせながら天皇はなぜ戦争の責任を取らないのですか。“日本人を空襲で殺して何が悪い”といったルメイなどに勲章をやり、本当に腹が立つ!」と、怒りを込めて署名に応じた。
 「悔しくて涙が出る。なんでここまでやられてアメリカに文句がいえないのか」と語りかけた横浜市の男性(30代・校務事務)は、「神奈川県には横須賀や厚木に基地があるので、いちばん先に狙われる。それなのにアメリカのいいなりになっていることに腹が立つ。横浜市は教育費にカネをかけないので、よくこれが学校だといえると思えるような、ボロボロの学校がある。合理化で人員削減がどんどん進んでいるので、ぼくらもいつどうなるかわからない。労働組合で原水禁の署名なども取り組んでいるが、政治色が絡むので普通の人は嫌がっている。この展示はそういうものがないから多くの人が共感する。こんな運動をやっている人たちがどこかにいるだろうとは思っていたけど、やっと出会えたので安心しました!」と、興奮して語った。
 新設された「政治漫画のコーナー」にも「まったくこの通りですよ。アメリカも日本も民主主義ってどこにあるんでしょうか」と熱烈な共感を寄せた。
 制服姿で参観した現職の自衛官(27歳)は、「“原爆を落とされても仕方なかった”とか、沖縄戦でも“いかに日本軍が悪かったか”というアメリカの考え方が小学生にまで押しつけられている。平和団体にはそういう人が多いのでうんざりしていたが、この展示はぜんぜん違う」と、頬を上気させた。そして「小泉さんは“自民党をぶっ壊す”といったが、アメリカのため日本がぶっ壊されただけだった。グローバル経済が浸透し、若者はニートやフリーター、派遣にされている。日本は属国、植民地だ。フリーターという言葉をはやらせて、嫌ならいつでもやめられるし、保険料とか天引きされるものがないのでまとまったお金が入り、好きな時間に好きなことが出来るといわれていた。しかし、新卒で正式に就職しなかったら、あとで正規雇用されることはほとんどない。ぼくはファストフードの店長をやっていたが、“名ばかり管理職”で手当もなしに好き勝手に使われた。一生懸命働いても、ホリエモンみたいな奴らが上にいて上前をはねていき、貧富の差はどんどん広がっていく。こんな馬鹿馬鹿しい話はない」と、戦前の日本社会と重ね合わせた。
 また「実家が漁業なので“漁師になりたい”という友だちもいた。農漁民は、日本人の食糧を守っており、“世の中のためにやっている。人の上前をはねて儲けるような奴らとは違う”という誇りがある。しかし漁業では食っていけないといわれ、後を継ぐことは出来なかった。20万隻の漁船がストライキをやったが、これからああいうことがどんどん起こってくる」と語った。
 さらに明治維新革命に論議が及び、「“牛や馬が来たら兵隊の方が道をよける”とか“弱き民は1人でも恐れよ”という奇兵隊の隊則は、漁船を蹴散らした『あたご』なんかとぜんぜん違う。どうして長州軍が強かったのかが、初めてわかった。ぼくらは自分の力で国を守りたい。人の役にたちたいと思っている。アメリカが日本を守ると思っている隊員はいないと思う。今は幕末と同じで、既成のものをぶっ壊して、若い世代が力をあわせ、新しいものを創りだす時だ。ものすごく勉強になったし、これからもっと勉強したい。被爆者や体験者の人たちの話も聞かせてほしい。みんなを誘って袋町の原爆と戦争展にも参加させてもらう」と語り、宣伝紙や資料を求めた。
 大阪からきた三菱関連の労働者(26歳・男性)は「日本の兵隊が戦斗で死んだのではなく、餓死や病死でなくなったということや、全国の都市が空襲されたことも知らなかった。三菱は爆撃されず、アメリカが利用しようとしたということも初めて知った。三菱関連の運輸の仕事をしているので、石油が値上がりして大変だが、下請の人たちはもっと大変だ」と、苦難の根源にむけて団結したいと強調した。
 携帯電話販売会社勤務の女性(20代)は、「ドコモとソフトバンクは将来合併するという話になっている。携帯電話は過剰生産で売れなくなっており、売上を伸ばすのに必死で、何台売ったかによって給料が上がるか下がるか。トップレベルの会社にどんどん変わっていかなければ生活できない。こういうパネルをはじめてみた。知らないことばかりだった。日本人の給料が外国人に比べてよいといわれているけど、贅沢もしていないのにギリギリの生活をしている。一方ではすごい儲けている人があるのは、本当におかしい」と、堰を切ったように語りかけた。

 共感示す海外の参観者
 欧米、中南米、アジア・太平洋地域など海外からの参観者も熱烈な共感と支持をよせ、多くのアンケートが記された。50代の中国人男性は、「アメリカが中国・アジアを支配しようとする戦略は、ペリーの時代から一貫している。戦争終結のためというのなら、原爆を投下する理由はまったくなかった。本当に平和になったらメリットがなくなるもの戦争で儲けるものを無くさない限り、戦争はなくならない。中国を資本主義化することも、早くからアメリカによってデザイン済みのことで、いま中国では貧富の格差が拡大し、民族間の矛盾も激しくなり大変なことになっている。アメリカのいう民主化は、中国人民のためではなく、自分たちの国益のためであり、戦後の日本を民主化した狙いとまったく同じだ。強いものには頭を下げるという考えは、捨てなければいけない。こういう展示は、きわめて有意義なものだ」と、アメリカに謝罪を求める署名に応じた。

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