ヘルマン
ヘッセ エッセイ全集(全8巻) 紹介
日本ヘルマン・ヘッセ友の会/研究会 編・訳  臨川書店

編集委員 : 青島雅夫 / 里村和秋 / 島途健一 / 新宮 潔 / 高橋 修 / 竹岡健一 / 田中 裕 / 松井 勲 / 山本洋一 (50音順)

第1巻 第2巻 第3巻 第4巻
第1回配本 第2回配本 第3回配本 第4回配本
2009年1月30日 2009年4月30日 2009年7月30日 2009年10月刊行予定
省察 T 省察 U 省察 V
折々の日記1 折々の日記2 自作を語る
夢の記録 自伝と回顧 友らに宛てて
第5巻 第6巻 第7巻 第8巻
第5回配本 第6回配本 第7回配本 第8回配本
いよいよヘッセ新訳全集プロジェクト第U期「ヘルマン・ヘッセ エッセイ全集」(全8巻)の刊行が始まりました!


「ヘルマン・ヘッセ全集」が第44回日本翻訳出版文化賞を受賞
日本翻訳家協会(岩淵達治理事長)による第44回日本翻訳出版文化賞を臨川書店刊「ヘルマン・ヘッセ全集」全16巻が受賞しました。同賞はすぐれた翻訳を世に送り出した出版社に対して贈られるものですが、「ヘルマン・ヘッセ全集」が本年度のすぐれた出版プロジェクト3件のうちのひとつに選定されたのです。40年以上の歴史を持つ権威ある同賞の受賞は、まさに今後の励みとなる喜ぶべきできごとです。
授賞式は10月24日(金)に東京神田の学士会館で行われました。当日は同賞を受賞した他の2件の出版社代表や翻訳者、そして同時に行われた第45回日本翻訳文化賞受賞者等多くの関係者が出席し、式は滞りなく済みました。授賞式には臨川書店を代表して編集者の小野さん、それから日本ヘルマン・ヘッセ友の会/研究会と編集委員、翻訳者を代表して会長の青島雅夫、副会長の山本洋一、全集編集長であり前会長の田中裕が出席しました。
写真説明
  上段 賞状と盾
  下段左 臨川書店小野さん
  下段中 翻訳者、出版社代表
  下段右 当会会長青島の挨拶





ヘルマン・ヘッセ全集(全16巻) 紹介
日本ヘルマン・ヘッセ友の会/研究会 編・訳  臨川書店

編集委員 : 青島雅夫 / 伊藤貴雄 / 里村和秋 / 島途健一 / 鈴木直行 / 高橋 修 / 竹岡健一 / 田中 裕 / 茅野嘉司郎 / 春山清純 / 山本洋一 / 渡辺 勝 (50音順)

第1巻 第2巻 第3巻 第4巻
第3回配本 第12回配本 第10回配本 第1回配本
2005年8月30日 2007年2月28日 2006年10月30日 2005年4月30日
青春時代の作品T 青春時代の作品U ペーター・カーメンツィント 車輪の下
物語集T 物語集U
第5巻 第6巻 第7巻 第8巻
第11回配本 第6回配本 第8回配本 第5回配本
2006年12月30日 2006年2月28日 2006年6月30日 2005年12月30日
物語集V 物語集W ゲルトルート ロスハルデ
インドから クヌルプ
物語集X 放浪
物語集Y
第9巻 第10巻 第11巻 第12巻
第2回配本 第4回配本 第7回配本 第16回配本
2005年6月30日 2005年10月30日 2006年4月30日 2007年12月30日
メールヒェン デーミアン 子どもの心 シッダールタ
物語集Z 戯曲の試み クラインとワーグナー 湯治客
クリングゾルの最後の夏 ニュルンベルクへの旅
伝説・寓話・たとえ話 物語集[
第13巻 第14巻 第15巻 第16巻
第9回配本 第15回配本 第14回配本 第13回配本
2006年8月30日 2007年8月30日 2007年6月30日 2007年4月30日
荒野の狼 ナルツィスとゴルトムント ガラス玉遊戯 全詩集
東方への旅 牧歌
予定より少々遅くなりましたが、最終刊となる第12巻「シッダールタ、湯治客、ニュルンベルクへの旅、物語集[」が無事刊行され、「ヘルマン・ヘッセ全集」(全16巻)が完結いたしました!








ヘルマン・ヘッセ全集 翻訳裏話 (最新刊)
 
第12巻
シッダールタ、湯治客、ニュルンベルクへの旅、物語集[
  第16回配本 2007年12月30日

翻訳担当者:岡田朝雄、島途健一、高橋修、田中裕、竹岡健一、山口勝、山本洋一(第12巻編集責任者)


「翻訳者から見た編集作業裏話」

 2007年12月末に刊行されたこの第12巻をもって「ヘルマン・ヘッセ全集」全16巻が完結しました。第1回配本となった第4巻の刊行は2005年4月でしたので2年8ヶ月をかけての完成となりますが、翻訳プロジェクト自体は既に2003年から準備を始めていましたので、そこから数えれば実に足かけ5年の大仕事ということになります。この間の翻訳担当者の苦心と努力については言うまでもありませんが、翻訳原稿の校正やその他刊行に必要不可欠な種々の作業に従事してきた編集委員の面々の労苦はまさに筆舌に尽くしがたいものがあります。私もその編集委員のひとりですので、こんな話をすると自分がやったことをことさらに喧伝するようで妙な感じですが、私は同時に翻訳もいくつか担当しているという意味において、ここではもっぱらそちらの立場から編集委員の激務について少々ご紹介することをお許しいただければ幸いです。
 今回の全集翻訳プロジェクトの作業手順からすれば、各翻訳担当者は自分が仕上げた翻訳原稿を当該巻の刊行予定時期の8〜9ヶ月前に編集責任者に提出することになっていました。そもそもこの段階からまずは編集責任者の苦悩が始まります。必ずしもすべての翻訳原稿がこの時期までに提出されるとは限らないからです。無論翻訳者が怠けているわけではないのですが、すべての原稿がすっきりとこの時期に揃っていたなどという幸せな編集責任者はどのくらいいたでしょう。何を隠そう私もまた翻訳担当者のひとりとして、彼らの不幸の原因をつくり続けてしまったことを反省しております。しかし、彼らはそんな「不埒」な翻訳者に対しても、常にあたたかく広い心で辛抱強く向き合ってくれました。「いい加減にしろ! 締め切りはとっくに過ぎているんだ!!」と怒鳴りたい気持ちをぐっと抑えて、「ご多忙なことと拝察いたします。ところで翻訳の進捗状況はいかがでしょうか?」などと婉曲内容のメールを送ってきてくれたりするのです。
 こうして何とか原稿が手元に揃ったとしても、これで一件落着とはいきません。むしろここから本当の苦悩と激務と「不幸」が始まるのです。しかも編集責任者だけでなく編集委員全員を巻き込んで・・・。責任者が取りまとめた翻訳原稿は、誤訳や日本語の言い回しその他をチェックしてもらうために編集委員たちに割り振られます。全集各巻の最初の方に小さく掲載されているあの人たちがそうです。彼らは翻訳原稿をドイツ語原文と照らし合わせて丹念にチェックしなくてはなりません。実を言うと、これは白紙の状態から自分自身で訳すより大変な作業なのです。
 翻訳は逐語訳とは根本的に異なり、書いてあることを必ずしもすべてそのまま日本語に置きかえればいいというものではないので、より日本語らしくするため、内容がより理解しやすくなるように、翻訳者によってさまざまな工夫や操作が施されているものです。そのあたりの塩梅の仕方は人それぞれなので、チェックする側としてもその判断に迷うことが少なくないわけです。単なる誤訳や勘違いなどは、そのまま修正してもらえばいいのでさほど問題ではありません。難しいのは、翻訳者の工夫なのか勘違いでそうなっているのか判断がつきかねるようなときです。またさらに翻訳者の書き方の癖のようなものがそこに絡んでいたりすると、ドイツ語の原文をどう読むべきかという問題とは別次元の迷宮にはまり込んでしまいます。単純な間違いや勘違いの箇所は、思い切り赤線を引いて修正案を書き込めばいいのですが、このような「複雑怪奇」な箇所では修正案の他に自分の意見をその根拠も含めて書き添えた上で、「この部分は例えばこのように訳した方が翻訳がより活きるのではないかと思います」などと、さらにチョー婉曲なコメントまで加えなければならなかったりするわけです。これは別に皮肉でも何でもなく、編集委員による翻訳者に対するリスペクトと自分自身の判断の正否に対する迷いの表れでもあります。
 翻訳原稿は、場合によってこうした「まわりくどい」手順を踏みながら、初校、再校、完成校へと何段階もの校正を経て練り上げられていくのですが、編集委員たちは2ヶ月に1冊のペースで刊行される各巻の校正を常時3巻分くらい同時並行でこなさなければならないので、翻訳者とその労力に対する尊敬の念が欠如しているわけではなくとも、婉曲なコメントなどなしに比較的ストレートに修正を加えざるを得ないこともあります。特に自分が翻訳を担当している場合はその作業も加わるので、編集委員たちは2004年の半ば以降昨年の後半までひとときも気の休まる暇はなかったはずです。それでも少しでもよいものを世に送り出そうとする熱意と責任感から、彼らは真剣に校正作業に従事してきました。私の担当した翻訳に対しても、たくさんのコメントや修正意見をいただきました。岡目八目とはよく言ったもので、言われて初めて気づくこともたくさんありましたし、少々カチンときても認めざるを得ない部分も少なくありませんでした。実際に翻訳担当者の多くは、編集委員たちの修正案に真摯に耳を傾け、自らの翻訳にさらに手を加えてくれましたので、編集委員たちも苦労のし甲斐があったと言えるでしょう。そうは言っても、3年以上も校正の締め切りに追われ続けた編集委員とそれを取りまとめなければならなかった各巻の編集責任者にとって、この作業はその内容、量ともに本当に尋常なものではありませんでした。まして翻訳担当者との間で意見の対立が生じた場合など、怒りを通り越して空しさまで感じたに違いありません。それでも彼らは実に辛抱強くこの全集の完成に向かって邁進していました。こうした地道な努力なしにはこのプロジェクトも完成には至らなかったと思います。
 冒頭でも触れたとおり、いくら翻訳者の立場で編集委員の仕事を紹介したとしても、自分自身が編集委員でもある私が「編集委員の方々ありがとう」などとまで言ってしまうとまさに奇妙なものなので、ここでは感謝の気持ちまでは言及しないことにしますが、翻訳者でもあり編集委員でもある私が唯一素直に感謝の気持ちを表明できる相手がいます。それは出版元である臨川書店の編集担当者です。ネット上なのであえて個人名は出しませんが、こんなひと癖もふた癖もある翻訳・編集スタッフと一番辛抱強く付き合ってくれ、原稿提出や校正の遅れを編集責任者の手の届かない部分でカバーしてくれた彼女には、私たちはいくら感謝してもし過ぎるということはありません。実は、最終配本となった第12巻の解説の原稿には最後に彼女への謝辞を加えておいたのですが、ご本人からのたっての願いでその部分を削除したという経緯があります。この場をかりてあらためて感謝の念をお伝えできればと思います。
 今回の第12巻刊行で全16巻が完結した新「ヘルマン・ヘッセ全集」には、ご存知の通りこれまで目に触れることがなかった作品も含めてヘッセの文芸世界を網羅しております。以前からのヘッセ読者の皆さんはもちろんのこと、全国の図書館などにも配架されつつあって、初めてヘッセに出会う方も少なくないようです。もしお近くの図書館にない場合は是非リクエストしていただいて、より多くの方にヘッセの新しい魅力に触れる機会を増やしていただければと思っております。


第12巻編集責任者 山本 洋一


その他の「日本ヘルマンヘッセ友の会/研究会」関連出版物


『ヘッセからの手紙 混沌を生き抜くために

ヘルマン・ヘッセ研究会編・訳(毎日新聞社、1995)

構  成

口絵写真(4頁)、目次(3頁)、「日本の読者に」(フォルカー・ミヒェルス、6頁)、本文(401頁、写真7葉を含む)、「ヘルマン・ヘッセ年譜」(9頁)、解説「答えはあなた自身の中にある」(フォルカー・ミヒェルス、19頁)、「あとがき」(7頁)、「人物紹介」(15頁)、「訳者紹介」(1頁)

本文内容


新進作家の現実 1899 − 1913年

おお友よ、その調べにあらず! 1914 − 19年

混沌を見つめて 1920 − 27年

没落の時代に 1928 − 34年

ナチズムに抗して 1935 − 44年

第二次大戦後のドイツの人々へ 1945 − 48年

東西冷戦の狭間で 1949 − 62年


ヘッセは読者からの手紙にできるだけ返事を書こうとした。とりわけ苦悩の中から助言を求める若者の手紙には、親身になって相談にのり、自らの苦悩の体験を語り聞かせ、励まし勇気づけた。それらの手紙は、小説や詩などの作品に劣らず、文学と行為を一致させようとしたヘッセの最も本質的な一面を伝えている。
 ヘッセは生涯に少なくとも3万5千通の手紙を書いたとされる。そのうちの1762通がズーアカンプ社の書簡集4巻本(1973〜1986)に収録されている。これはヘッセが書き綴った手紙の5パーセントにすぎないが、それでも手紙の本文だけでおよそ2000ページにおよぶ大部のものである。本書簡集は、このズーアカンプ版書簡集からさらに181通を選りすぐり、訳出して年代順に配列したものである。
 本書簡集の構想は、「ヘルマン・ヘッセ研究会」(1990年設立)の第2回会合(1991年)において、当時の井手賁夫会長によって発案された。ヘッセは、とりわけ日本では叙情的作家と目され、みずみずしい青春文学の巨匠として、特に若者の熱烈な支持を受けてきた。その一方、「耽美主義」「現実遊離」という否定的な評価にも甘んじてきた。ヘルマン・ヘッセ研究会は、このような硬直したヘッセ像に一石を投じ、現実生活におけるヘッセの生身の姿に迫ることを、本書簡集の編集方針とした。そうして選ばれたひとつひとつの書簡は、日常生活の中で懊悩しつつ、時代の流れと果敢に切り結ぶヘッセの姿を明らかにし、一般には知られていなかった人間ヘッセの姿を伝える貴重なドキュメントとなっている。
 ズーアカンプ版書簡集の編集者フォルカー・ミヒェルス氏による寄稿「日本の読者に」と「答えはあなた自身の中にある」を併録。訳者24名。

 「仕事と人生のたぐいまれな一致、つまり行なったことを彼は書き、書いたことを彼は行なったということ、そして誤解の余地のない表現法 − この二つのことはどちらも、ヘッセの作品や手紙に共通するものである。どのようなテーマを扱っていようとも、彼が書き表わすことは、至る所で直面する特殊ケースを超えて通用する認識と発言へ結晶して行く。それゆえ彼の手紙を読む時には、その差出人と受取人のことを私たちが全く意識しなくなってしまう可能性もある。なぜならば、そこで話題になっていることが、そういった人々自身でも彼らの抱えている問題でもなく、我々自身のことであるかのように感じられるからである。」(フォルカー・ミヒェルス「答えはあなた自身の中にある」より)






『ヘッセ 魂の手紙 
思春期の苦しみから老年の輝きへ
ヘルマン・ヘッセ研究会編・訳(毎日新聞社、1998)

構成

口絵写真(4頁)、目次(3頁)、本文(321頁)、「ヘルマン・ヘッセ年譜」(9頁)、「あとがき」(6頁)、「人物紹介」(15頁)、「訳者紹介」(1頁)

本文内容


少年時代から青年へ、嵐の時代

日々生き抜くこと
平和を願って
芸術とは、文学とは
愛する者へ、また見ぬ人へ
敬愛する作家たちへ


 ヘッセ研究会による前掲書『ヘッセからの手紙 混沌を生き抜くために』の姉妹編。前書簡集においては、一般読者の便を配慮して一冊にまとまる分量(181通)に絞り込んだため、涙をのんで収録を見送った手紙が数多くあった。それらをあらためて集めたものが本書簡集である。また、前書簡集の底本としたズーアカンプ版書簡集では、収録されている手紙が1895年(ヘッセ18才)以降のものであるため、それ以前の手紙も加えて、ヘッセの全体像がより良く映し出されるようにした。前書簡集がすべての手紙を年代順に配列したのに対して、本書簡集ではテーマごとに分類し、それぞれのテーマのグループの中で年代順の配列としている。読者にとっても大いに興味あるテーマをめぐって、ヘッセの生の声がさらに身近に響いてくる。全部で157通。訳者27名。







『ヘッセへの誘い 
人と作品
ヘッセ研究会・友の会編・著(毎日新聞社、1999)

構成

口絵写真(4頁)、目次(3頁)、本文(432頁、写真3葉を含む)、「作品と生涯」(58頁)、書誌(20頁、「ヘッセの全集」3頁+「没後に出版された本」15頁+「日本で出版された主な研究書・参考書」2頁)、「あとがき」(3頁)、「著者紹介」(1頁)

本文内容


第一章 作品との対話から

 詩の魅力−リートの調べと深い英知
 『ペーター・カーメンツィント』 − 青春の友情と親和力
 『車輪の下』 − 青春の危機への挽歌
 『少年時代から』 − 初期小品に描かれた少年の世界
 『ベルトルト』 − 未完の長編の世界
 『クヌルプ』 − 初期の傑作の秘密
 『メールヒェン』 − ロマン派的心性の表現形式
 『デーミアン』 − 内なる自己への旅
 『ツァラトゥストラ』の再来 − 時代への良心のよびかけ
 『クラインとワグナー』 − 暗い衝動への呵責ないまなざし
 『クリングゾル最後の夏』 − 生の原初の泉へ
 『シッダールタ』の詩的世界 − 「統一」のインド的開花
 『湯治客』 − 怠惰と不機嫌とフモール
 『ニュルンベルクの旅』 − 都市を行くヘッセ
 『荒野の狼』 − 絶望の彼方の哄笑
 『ナルツィストゴルトムント』 − 両極の統一への模索
 『東方への旅』 − 書くという行為をめぐって
 『ガラス玉遊戯』 − 真理はいかにして伝達されるか

第二章 幾つかの視点から
 ヘッセと政治 − 精神に仕える者の果たすべき役割
 ヘッセと音楽 − 音楽と精神との倫理的相関
 ヘッセと三人の女性 − 夫としての詩人
 ヘッセとフーゴー・バルの交友 − 時代への批判的姿勢
 ヘッセと東洋 − 異文化との開かれた出会い

第三章 読者の立場から
 『車輪の下』をめぐって
 漂白の魂 − ヘッセと寅さん
 ヘッセの思い出
 ヘッセの見つめた自然
 ヘッセと庭仕事
 ヘッセの足跡を訪ねて


 本邦初の本格的ヘッセ・ガイドブック。ヘッセ研究者のみならず、ヘッセ友の会に属する一般読者も執筆を担当し、ヘッセの人と作品のあり方を多彩な視点から描きだしている。しかしそれは、たとえば解説文を脈絡もなく羅列した寄せ集めではない。ヘッセ作品の複合的な読みの可能性が提示される一方で、ヘッセの強靭な人間性の吸引力が本書を貫き、本書の一貫した基調をおりなしている。ヘッセをいかに語ろうとも、最後にはそこに引きつけられてゆくヘッセの求心的な人格のなせるわざであろう。その魅力のとりことなった諸氏によっておのずと成った労作であり、それぞれの記述は執筆者の共感に裏打ちされた説得力を放っている。巻末には詳細な年譜と書誌が付属し、ヘッセの生涯を親しくたどることができる。執筆者29名。







『ヘルマン・ヘッセ研究 
第一次大戦終了まで
井手賁夫著(三修社、1972

構成

口絵写真(3頁)、目次(7頁)、本文(600頁)、「ヘルマン・ヘッセ年表」(5頁)、「あとがき」(3頁)、「註」(11頁)、「ヘルマン・ヘッセ書誌」(4頁)、「索引1 人名、索引2 ヘッセの作品、論文、随筆」(14頁)

本文内容


序にかえて

 一 ヘルマン・ヘッセとの出会い
 二 詩人の手紙
 三 モンタニョーラに詩人をたずねて

第一章 家系と伝統

 一 家系
 二 母方の祖父ヘルマン・グンデルト
 三 父方の祖父ヘルマン・ヘッセ
 四 名前の魔術
 五 父母
 六 家族と環境
 七 分裂的素因

第二章 素質と性向

 一 新居とヘルマンの誕生
 二 弟妹の誕生と死とヘルマン
 三 バーゼルへの転居
 四 我意の児ヘルマン
 五 敬虔主義的伝統とヘルマン
 六 ヘルマンの早熟な悟性
 七 強烈な感受性
 八 意識の目
 九 誠実
 十 生命力の強靭さ
 十一 自然児ヘルマン
 十二 羞恥心
 十三 絵の素質
 十四 音楽の素質
 十五 童話の世界
 十六 悟性と空想との衝突

第三章 学校

 一 幼稚園
 二 小学校
 三 無理解な教師たち
 四 父との争いと和解
 五 教師への憤り
 六 シュミート先生
 七 ゲッピンゲンへの転校と内面の事情
 八 自己に誠実なる心
 九 詩への目覚め
 十 レーダーガッセの家のヘルマンの部屋
 十一 州試験準備
 十二 バウアー校長
 十三 州試験合格とマウルブロンへの入学
 十四 逃走
 十五 マウルブロンの神学校と叛逆の歴史
 十六 ヘルダーリーンの場合
 十七 メーリケの場合
 十八 ヘッセの場合
 十九 「車輪の下」のハイナーの場合
 二十 ハイナーとヘッセ
 二十一 ヘッセの家系における先駆者
 二十二 父と子

第四章 模索と成長

 一 ブルームハルト
 二 模索
 三 テュービンゲンの仕事と住居
 四 独学者ヘッセ
 五 ドイツ人とフランス人
 六 ヘッセの学んだもの
 七 ゲーテ研究その他
 八 処女出版と反響
 九 バーゼルでの生活と母の死
 十 フィッシャー書店と「ペーター・カーメンツィント」

第五章 若いヘッセの思想と感情

 一 ドイツ文芸の伝統的性格
 二 当時のドイツ文芸
 三 「真夜中すぎの一時間」
 四 「ヘルマン・ラウシャー」
 五 性格
 六 愛
 七 「ルールー」に示された美学
 八 善美なる真実
 九 意識と無意識
 十 初期の詩集
 十一 ドイツ抒情詩の伝統とヘッセの抒情詩
 十二 遺稿散文集の作品から
 十三 「ペーター・カーメンツィント」
 十四 人生態度ないし世界観

第六章 ガイエンホーフェン時代

 一 生活と環境
 二 インド旅行
 三 ミア夫人
 四 二つの心
 五 散文
 六 「遺稿散文集」の作品について
 七 詩
 八 この時代の意味

第七章 ベルン時代(第一次世界大戦勃発前まで)
 一 生活
 二 「ロスハルデ」
 三 「クヌルプ」
 四 「夢の家」
 五 「アウグスツス」「詩人」その他の散文作品
 六 「孤独者の音楽」
 七 「結語」

第八章 第一次世界大戦中のヘッセ

 一 ドイツ人捕虜保護機関への勤務
 二 「おお友よ、このしらべにあらず」
 三 非難と悪罵
 四 ヘッセの反省と自覚
 五 ロマン・ロランの友情とドイツの作家たち
 六 当時のヘッセの詩と文章
 七 身辺の不幸と精神分析療法
 八 政治的文章
 九 平和への期待
 十 再度の警告

第九章 続ベルン時代(第一次世界大戦の勃発以後)

 一 詩
 二 種々のエッセイ
  1 基本的思想としての進化論
  2 善悪の彼岸
 三 童話集の中から
 四 「芸術家と精神分析」
 五 「デーミアン」
 六 「ツァラストラの再来」
 七 結語

(附)

 一 ヘッセ−ロラン往復書簡集
 二 「ガラス玉遊戯」解説
 三 ヘッセの内面の世界


 細部にまで緻密な考察がゆきわたった浩瀚なヘッセ研究書・概説書。1920年頃までのヘッセを扱っている。本書が出版されてすでに30年が経過したが、これだけまとまったものは、日本では未だに他に例を見ることができない。「あとがき」の中で著者自身が「これだけまとめておけば、たとえ私がこの後の研究半ばで倒れたとしても、どなたかが私の研究を生かして、さらに今後の研究をつづけて下さることを期待することができると信ずる」と述べている。著者が鬼籍に入って既に7年。本書を継ぐ著作が待たれる。

 





『ヘルマン・ヘッセと日本人

渡辺 勝 著(角川書店、1998 )

構  成

口絵写真(1頁)、目次(5頁)、本文(239頁、写真18葉を含む)、「あとがき」(2頁)、「初出一覧」(2頁)、「著者略歴」(1頁)

本文内容


序 読者の世界

T ヘッセと日本人

 (一)

  アメリカのヘッセ、日本のヘッセ
  最初の翻訳紹介
  昭和十年代のヘッセ流行
  戦後の日本とドイツとヘッセ
  ヒッピーとロマンチック・アウトサイダー、ヘッセ
  ヘッセふたたび − 老いをどう生きるか
  知られざるヘッセ − 時代と格闘する
  カーサ・カムッツィを救え!
  「色彩の魔術」に魅せられて
  インターネットとヘッセ、四つのヘッセ記念館

 (二)

  小説と詩
  ヘッセと片山敏彦
  ヘッセと尾崎喜八

 (三)

  ヘッセ研究小史(生誕百年まで)
  井出賁夫『ヘルマン・ヘッセ研究(第一次世界大戦終了まで)』

U ヘッセにおける「教養小説」問題

  日本人の視点から
  ドイツ精神の内面性
  芸術家小説と市民的教養小説
  市民精神と市民世界
  『ガラス玉遊戯』と『マイスター論』
  ヘッセの青春小説と日本の青春小説
  ヘッセとスイス
  風土と国家
  ヘッセはドイツ作家かスイス作家か

V 『ペーター・カーメンツィント』について

  『シッダールタ』における愛の意味
  映画となった『荒野の狼』
  ティチーノ − クリングゾルの世界

W 二人の友 − ヘッセと私

  同時代人ヘッセの新しい光彩
  − 「国際ヘルマン・ヘッセ・シンポジウム」に出席して
  ヘッセ、その多様な顔
  『ガラス玉遊戯』をめぐる
  − 第四回「国際ヘルマン・ヘッセ・コロキウム(カルフ)」に出席して
  ドイツ文学館(ヘッセ文庫)を訪ねる
  ヘッセの生家はどこか? − 若い日本人がカルフで経験したこと
  高橋健二訳『ヘルマン・ヘッセ全集』 − 復刊によせて


 著者は日本ヘルマン・ヘッセ友の会/研究会の第二代会長。本書は、日本においてヘッセがどう読まれてきたか、そして現代の日本でヘッセが読者に何を語りかけているか、主としてアメリカでのヘッセ受容と比較しつつ概観する。そこから、危機的状況においてヘッセが繰り返し「再発見」されてきた経緯を検証しつつ、時代を超えて人間の良識に訴えかけるヘッセ文学のあり方を浮かび上がらせる。さらに、著者自身のヘッセ体験やヘッセをめぐる様々な話題が、軽妙洒脱な語り口のエッセーとしてアラカルト風に提供され、ヘッセ好きの読者ならずとも大いに興味がわく内容となっている。






『ヘルマン・ヘッセ 人生の深き味わい』

田中 裕 著(KKベストセラーズ、1997)

構  成

「はじめに」(2頁)、目次(8頁)、本文(243頁、写真21葉、地図「ヘッセに関連の深い土地」、系図「ヘルマン・ヘッセとその家族関係図」を含む)、「参考文献」(1頁)

本文内容


序章 自己を貫く生き方

 厳しい表情、眼鏡の奥の澄んだ目
 答えは私たち 一 人ひとりの中にある
 自分の人生を生き抜き、自分の死を死ぬ

第1章 自分を愛する心

 ヘッセが愛した、ただ一つの徳
 「私のために私を生きる」愛我心の精神
 両親との葛藤 − 腕白坊主ヘルマン
 ヘッセ家の信仰生活
 学校との葛藤 − 『車輪の下』の原体験
 「落ちこぼれる」自由を選択できるか
 妻との葛藤 − マザコン、ヘッセの結婚
 自分との葛藤 − エーミル・シンクレアの匿名が誕生するまで

第2章 自然を愛する心

 人間は自然の 一 部であるというヘッセの世界観
 庇護されることをのみ願う日本人の甘えた自然観
 コレクションとしてではなく「蝶の生きざま」そのものを好む
 自然任せの庭仕事の愉しみがヘッセの精神と肉体を癒した
 「自然保護」の裏に隠された人間の思い上りにヘッセは気付いていた
 自然と文明との戦いを訴えつづける
 個々の人間にとって重要な使命とは何か
 どんな夏も前の夏の死によって養われるという死生観

第3章 自由と平和を愛する心

 詩人以外の何にもなりたくない
 アウトサイダーとしての詩人
 国際的な家系が平和への願いを切望する
 愛国主義者でもなく平和主義者でもなく、人間の擁護が何よりも大事
 真の友情は国家や主義をも越える
 強力な指導者を望むドイツ青少年に「自らの内面の声にしたがえ」と説く
 孤独な環境の中でも自由と独立を尊重し人生を放棄しない
 自分の意見をもたない思考の怠惰が、ナチズムの温床となる
 ナチズムに対する精神の避難所としての『ガラス玉遊戯』
 一握りの地の塩たちへ寄せる期待
 群れることなく個々の精神が真実に対する心くばりをもつことが重要だ

第4章 他者を愛する心

 個人には個人としての誠意をもって応える
 どんな人にも必ずその人にふさわしい存在価値と使命がある
 『デーミアン』にも描かれているいじめ
 苦しみや恐れを克服する最短の道は苦悩のど真ん中を突き抜けること
 生まれ故郷カルプへの熱い想い
 郷愁=家族への愛
 自分の家族への罪の意識と愛
 主義主張よりも人格を重んじる姿勢が多くの友人をもつことにつながる
 ルードヴィヒ・フィンクとの信条を異にした友情
 トーマス・マンの心に変化をもたらしたヘッセの友情
 トーマス・マンとの友情は戦争もナチズムも乗り越え晩年までつづいた
 ダダイズムの創始者、フーゴー・バルとの友情
 友のために金の無心をするヘッセの手紙

第5章 異性を愛する心

 「ハムレット」タイプのヘッセは女性に対して奥手だった
 お伽話の女王さま、ユーリエ・ヘルマンへの恋
 王女リーリアの寂しい晩年を支えたヘッセの七十七通の手紙と三編の詩
 投函されなかったエリーザベト・ラ・ロッシュへのラヴ・レター
 三人の妻たちを経て女性への愛を知る
 最初の妻マリーア・ベルヌリに求めた母の面影
 マリーアとの破局は母からの解放として必要なものだった
 老木ヘッセのもとに現れた二度目の妻ルート・ヴェンガーとの満たされない夢
 すべては十四歳のときから始まった。三度目の妻ニノン・アウスレンダーは文通相手
 派手な女性関係と仕事への野望が妻を孤独にする
 運命を信じ、「神」との愛人関係を結んだニノン
 犠牲ではなく自分の充実した人生のために選んだヘッセとの結婚
 ニノンのお墓

第6章 芸術を愛する心

 一瞬に永遠を吹き込む芸術の力
 音楽への愛 − ワグナーではなくモーツアルトを愛する
 美術との関わり − 神経衰弱の治療となった水彩画との出会い
 文学への愛 − すべては理想の存在、詩人となるために
 『詩人』というメルヒェン
 ヘッセ像につきまとうロマンチックなイメージはどこからくるのか
 「告白の誠実さ」を求める文学
 「自我の文学」から「現にあるものの文学」へ
 自分自身の自己実現と救済のためにヘッセは書く
 「魔術劇場」というモティーフによって「告白の誠実さ」への要請を満たす試み
 「結社」のモティーフと「奉仕の規律」

終章 「愛我心」から「奉仕」への人生

 個人の完成が全体への奉仕につながる
 冒頭のモットーに込められた意味
 葛藤を超えた主人公の生涯
 究極の遊戯

おわりに


 著者はヘルマン・ヘッセ研究会・友の会の第三代会長。本書は、ヘッセの生涯を貫くヒューマニズムを深く追求する。ヘッセは生涯自分の内面の声に耳を傾け、その命ずるところに従った。今風の言い方に従えば、「自己実現」を求め続けたということになろう。言うまでもなく、自分の内面の声に耳傾ける心的姿勢は、その時の状況に応じて様々な行動となってあらわれる。しかし周囲の世界が虚偽に満ちているならば、それは周囲との深刻な軋轢を引き起こすことになる。自分という「個」を純粋につきつめてゆく時、最後に到達するのは人類の普遍的な広場であることを、ヘッセは自らの体験によって幾重にも示している。だからこそ、ヘッセの生き方は、時代を超えて普遍的な意味をもつ。本書は、その消息を多面的に検証し、同じ悩みを悩む読者に指針を与える。なお、ヘッセは「自己の信念を貫く」という意味で「アイゲンジン」というドイツ語を使っているが、著者はこれを「愛我心」と訳している。


 「自分に誠実に生きようとするあまり、たえず周囲の世界とぶつかり、摩擦を引き起こし、孤立し、傷つき、悩み、絶望し、破滅しそうになって、絶望のどん底で生命の核心に触れ、それを拠り所に生きる力をつかみとって立ち直る、そんなことを生涯に何度も繰り返し、なんとも不器用に、しかし、ただ一度の人生を自分にしか生きられない仕方で生き抜いたのがヘッセなのだ。晩年のヘッセの写真の、あの味のある透徹した表情、すべてを達観した軽妙さの中におのずと滲み出る心の奥底の満足感、あれはそういう苦難に満ちた生涯を通してこそ得られたものなのである。」(「序章 自己を貫く生き方」より)







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