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ヘルマン・ヘッセ エッセイ全集(全8巻) 紹介 |
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| 日本ヘルマン・ヘッセ友の会/研究会 編・訳 臨川書店 | ||||||
| 編集委員 : 青島雅夫 / 里村和秋 / 島途健一 / 新宮 潔 / 高橋 修 / 竹岡健一 / 田中 裕 / 松井 勲 / 山本洋一 (50音順) |
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| 第1巻 | 第2巻 | 第3巻 | 第4巻 | |||
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| 第1回配本 | 第2回配本 | 第3回配本 | 第4回配本 | |||
| 2009年1月30日 | 2009年4月30日 | 2009年7月30日 | 2009年10月刊行予定 | |||
| 省察 T | 省察 U | 省察 V | ||||
| 折々の日記1 | 折々の日記2 | 自作を語る | ||||
| 夢の記録 | 自伝と回顧 | 友らに宛てて | ||||
| 第5巻 | 第6巻 | 第7巻 | 第8巻 | |||
| 第5回配本 | 第6回配本 | 第7回配本 | 第8回配本 | |||
| いよいよヘッセ新訳全集プロジェクト第U期「ヘルマン・ヘッセ エッセイ全集」(全8巻)の刊行が始まりました! | ||||||
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「ヘルマン・ヘッセ全集」が第44回日本翻訳出版文化賞を受賞 | ||||||||||||||||
| 日本翻訳家協会(岩淵達治理事長)による第44回日本翻訳出版文化賞を臨川書店刊「ヘルマン・ヘッセ全集」全16巻が受賞しました。同賞はすぐれた翻訳を世に送り出した出版社に対して贈られるものですが、「ヘルマン・ヘッセ全集」が本年度のすぐれた出版プロジェクト3件のうちのひとつに選定されたのです。40年以上の歴史を持つ権威ある同賞の受賞は、まさに今後の励みとなる喜ぶべきできごとです。 授賞式は10月24日(金)に東京神田の学士会館で行われました。当日は同賞を受賞した他の2件の出版社代表や翻訳者、そして同時に行われた第45回日本翻訳文化賞受賞者等多くの関係者が出席し、式は滞りなく済みました。授賞式には臨川書店を代表して編集者の小野さん、それから日本ヘルマン・ヘッセ友の会/研究会と編集委員、翻訳者を代表して会長の青島雅夫、副会長の山本洋一、全集編集長であり前会長の田中裕が出席しました。 |
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ヘルマン・ヘッセ全集(全16巻) 紹介 |
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| 日本ヘルマン・ヘッセ友の会/研究会 編・訳 臨川書店 | ||||||
| 編集委員 : 青島雅夫 / 伊藤貴雄 / 里村和秋 / 島途健一 / 鈴木直行 / 高橋 修 / 竹岡健一 / 田中 裕 / 茅野嘉司郎 / 春山清純 / 山本洋一 / 渡辺 勝 (50音順) |
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| 第1巻 | 第2巻 | 第3巻 | 第4巻 | |||
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| 第3回配本 | 第12回配本 | 第10回配本 | 第1回配本 | |||
| 2005年8月30日 | 2007年2月28日 | 2006年10月30日 | 2005年4月30日 | |||
| 青春時代の作品T | 青春時代の作品U | ペーター・カーメンツィント | 車輪の下 | |||
| 物語集T | 物語集U | |||||
| 第5巻 | 第6巻 | 第7巻 | 第8巻 | |||
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| 第11回配本 | 第6回配本 | 第8回配本 | 第5回配本 | |||
| 2006年12月30日 | 2006年2月28日 | 2006年6月30日 | 2005年12月30日 | |||
| 物語集V | 物語集W | ゲルトルート | ロスハルデ | |||
| インドから | クヌルプ | |||||
| 物語集X | 放浪 | |||||
| 物語集Y | ||||||
| 第9巻 | 第10巻 | 第11巻 | 第12巻 | |||
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| 第2回配本 | 第4回配本 | 第7回配本 | 第16回配本 | |||
| 2005年6月30日 | 2005年10月30日 | 2006年4月30日 | 2007年12月30日 | |||
| メールヒェン | デーミアン | 子どもの心 | シッダールタ | |||
| 物語集Z | 戯曲の試み | クラインとワーグナー | 湯治客 | |||
| クリングゾルの最後の夏 | ニュルンベルクへの旅 | |||||
| 伝説・寓話・たとえ話 | 物語集[ | |||||
| 第13巻 | 第14巻 | 第15巻 | 第16巻 | |||
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| 第9回配本 | 第15回配本 | 第14回配本 | 第13回配本 | |||
| 2006年8月30日 | 2007年8月30日 | 2007年6月30日 | 2007年4月30日 | |||
| 荒野の狼 | ナルツィスとゴルトムント | ガラス玉遊戯 | 全詩集 | |||
| 東方への旅 | 牧歌 | |||||
| 予定より少々遅くなりましたが、最終刊となる第12巻「シッダールタ、湯治客、ニュルンベルクへの旅、物語集[」が無事刊行され、「ヘルマン・ヘッセ全集」(全16巻)が完結いたしました! | ||||||
ヘルマン・ヘッセ全集 翻訳裏話 (最新刊) |
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第12巻 シッダールタ、湯治客、ニュルンベルクへの旅、物語集[ |
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| 第16回配本 2007年12月30日 | ||||||
翻訳担当者:岡田朝雄、島途健一、高橋修、田中裕、竹岡健一、山口勝、山本洋一(第12巻編集責任者) |
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| 「翻訳者から見た編集作業裏話」 2007年12月末に刊行されたこの第12巻をもって「ヘルマン・ヘッセ全集」全16巻が完結しました。第1回配本となった第4巻の刊行は2005年4月でしたので2年8ヶ月をかけての完成となりますが、翻訳プロジェクト自体は既に2003年から準備を始めていましたので、そこから数えれば実に足かけ5年の大仕事ということになります。この間の翻訳担当者の苦心と努力については言うまでもありませんが、翻訳原稿の校正やその他刊行に必要不可欠な種々の作業に従事してきた編集委員の面々の労苦はまさに筆舌に尽くしがたいものがあります。私もその編集委員のひとりですので、こんな話をすると自分がやったことをことさらに喧伝するようで妙な感じですが、私は同時に翻訳もいくつか担当しているという意味において、ここではもっぱらそちらの立場から編集委員の激務について少々ご紹介することをお許しいただければ幸いです。 今回の全集翻訳プロジェクトの作業手順からすれば、各翻訳担当者は自分が仕上げた翻訳原稿を当該巻の刊行予定時期の8〜9ヶ月前に編集責任者に提出することになっていました。そもそもこの段階からまずは編集責任者の苦悩が始まります。必ずしもすべての翻訳原稿がこの時期までに提出されるとは限らないからです。無論翻訳者が怠けているわけではないのですが、すべての原稿がすっきりとこの時期に揃っていたなどという幸せな編集責任者はどのくらいいたでしょう。何を隠そう私もまた翻訳担当者のひとりとして、彼らの不幸の原因をつくり続けてしまったことを反省しております。しかし、彼らはそんな「不埒」な翻訳者に対しても、常にあたたかく広い心で辛抱強く向き合ってくれました。「いい加減にしろ! 締め切りはとっくに過ぎているんだ!!」と怒鳴りたい気持ちをぐっと抑えて、「ご多忙なことと拝察いたします。ところで翻訳の進捗状況はいかがでしょうか?」などと婉曲内容のメールを送ってきてくれたりするのです。 こうして何とか原稿が手元に揃ったとしても、これで一件落着とはいきません。むしろここから本当の苦悩と激務と「不幸」が始まるのです。しかも編集責任者だけでなく編集委員全員を巻き込んで・・・。責任者が取りまとめた翻訳原稿は、誤訳や日本語の言い回しその他をチェックしてもらうために編集委員たちに割り振られます。全集各巻の最初の方に小さく掲載されているあの人たちがそうです。彼らは翻訳原稿をドイツ語原文と照らし合わせて丹念にチェックしなくてはなりません。実を言うと、これは白紙の状態から自分自身で訳すより大変な作業なのです。 翻訳は逐語訳とは根本的に異なり、書いてあることを必ずしもすべてそのまま日本語に置きかえればいいというものではないので、より日本語らしくするため、内容がより理解しやすくなるように、翻訳者によってさまざまな工夫や操作が施されているものです。そのあたりの塩梅の仕方は人それぞれなので、チェックする側としてもその判断に迷うことが少なくないわけです。単なる誤訳や勘違いなどは、そのまま修正してもらえばいいのでさほど問題ではありません。難しいのは、翻訳者の工夫なのか勘違いでそうなっているのか判断がつきかねるようなときです。またさらに翻訳者の書き方の癖のようなものがそこに絡んでいたりすると、ドイツ語の原文をどう読むべきかという問題とは別次元の迷宮にはまり込んでしまいます。単純な間違いや勘違いの箇所は、思い切り赤線を引いて修正案を書き込めばいいのですが、このような「複雑怪奇」な箇所では修正案の他に自分の意見をその根拠も含めて書き添えた上で、「この部分は例えばこのように訳した方が翻訳がより活きるのではないかと思います」などと、さらにチョー婉曲なコメントまで加えなければならなかったりするわけです。これは別に皮肉でも何でもなく、編集委員による翻訳者に対するリスペクトと自分自身の判断の正否に対する迷いの表れでもあります。 翻訳原稿は、場合によってこうした「まわりくどい」手順を踏みながら、初校、再校、完成校へと何段階もの校正を経て練り上げられていくのですが、編集委員たちは2ヶ月に1冊のペースで刊行される各巻の校正を常時3巻分くらい同時並行でこなさなければならないので、翻訳者とその労力に対する尊敬の念が欠如しているわけではなくとも、婉曲なコメントなどなしに比較的ストレートに修正を加えざるを得ないこともあります。特に自分が翻訳を担当している場合はその作業も加わるので、編集委員たちは2004年の半ば以降昨年の後半までひとときも気の休まる暇はなかったはずです。それでも少しでもよいものを世に送り出そうとする熱意と責任感から、彼らは真剣に校正作業に従事してきました。私の担当した翻訳に対しても、たくさんのコメントや修正意見をいただきました。岡目八目とはよく言ったもので、言われて初めて気づくこともたくさんありましたし、少々カチンときても認めざるを得ない部分も少なくありませんでした。実際に翻訳担当者の多くは、編集委員たちの修正案に真摯に耳を傾け、自らの翻訳にさらに手を加えてくれましたので、編集委員たちも苦労のし甲斐があったと言えるでしょう。そうは言っても、3年以上も校正の締め切りに追われ続けた編集委員とそれを取りまとめなければならなかった各巻の編集責任者にとって、この作業はその内容、量ともに本当に尋常なものではありませんでした。まして翻訳担当者との間で意見の対立が生じた場合など、怒りを通り越して空しさまで感じたに違いありません。それでも彼らは実に辛抱強くこの全集の完成に向かって邁進していました。こうした地道な努力なしにはこのプロジェクトも完成には至らなかったと思います。 冒頭でも触れたとおり、いくら翻訳者の立場で編集委員の仕事を紹介したとしても、自分自身が編集委員でもある私が「編集委員の方々ありがとう」などとまで言ってしまうとまさに奇妙なものなので、ここでは感謝の気持ちまでは言及しないことにしますが、翻訳者でもあり編集委員でもある私が唯一素直に感謝の気持ちを表明できる相手がいます。それは出版元である臨川書店の編集担当者です。ネット上なのであえて個人名は出しませんが、こんなひと癖もふた癖もある翻訳・編集スタッフと一番辛抱強く付き合ってくれ、原稿提出や校正の遅れを編集責任者の手の届かない部分でカバーしてくれた彼女には、私たちはいくら感謝してもし過ぎるということはありません。実は、最終配本となった第12巻の解説の原稿には最後に彼女への謝辞を加えておいたのですが、ご本人からのたっての願いでその部分を削除したという経緯があります。この場をかりてあらためて感謝の念をお伝えできればと思います。 今回の第12巻刊行で全16巻が完結した新「ヘルマン・ヘッセ全集」には、ご存知の通りこれまで目に触れることがなかった作品も含めてヘッセの文芸世界を網羅しております。以前からのヘッセ読者の皆さんはもちろんのこと、全国の図書館などにも配架されつつあって、初めてヘッセに出会う方も少なくないようです。もしお近くの図書館にない場合は是非リクエストしていただいて、より多くの方にヘッセの新しい魅力に触れる機会を増やしていただければと思っております。 |
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第12巻編集責任者 山本 洋一 |
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| その他の「日本ヘルマンヘッセ友の会/研究会」関連出版物 |
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『ヘッセからの手紙 混沌を生き抜くために』 |
| ヘルマン・ヘッセ研究会編・訳(毎日新聞社、1995) | |
構 成 |
口絵写真(4頁)、目次(3頁)、「日本の読者に」(フォルカー・ミヒェルス、6頁)、本文(401頁、写真7葉を含む)、「ヘルマン・ヘッセ年譜」(9頁)、解説「答えはあなた自身の中にある」(フォルカー・ミヒェルス、19頁)、「あとがき」(7頁)、「人物紹介」(15頁)、「訳者紹介」(1頁) |
本文内容 |
おお友よ、その調べにあらず! 1914 − 19年 混沌を見つめて 1920 − 27年 没落の時代に 1928 − 34年 ナチズムに抗して 1935 − 44年 第二次大戦後のドイツの人々へ 1945 − 48年 東西冷戦の狭間で 1949 − 62年 |
ヘッセは読者からの手紙にできるだけ返事を書こうとした。とりわけ苦悩の中から助言を求める若者の手紙には、親身になって相談にのり、自らの苦悩の体験を語り聞かせ、励まし勇気づけた。それらの手紙は、小説や詩などの作品に劣らず、文学と行為を一致させようとしたヘッセの最も本質的な一面を伝えている。 |
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『ヘッセ 魂の手紙 思春期の苦しみから老年の輝きへ』 |
| ヘルマン・ヘッセ研究会編・訳(毎日新聞社、1998) | |
構成 |
口絵写真(4頁)、目次(3頁)、本文(321頁)、「ヘルマン・ヘッセ年譜」(9頁)、「あとがき」(6頁)、「人物紹介」(15頁)、「訳者紹介」(1頁) |
本文内容 |
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ヘッセ研究会による前掲書『ヘッセからの手紙 混沌を生き抜くために』の姉妹編。前書簡集においては、一般読者の便を配慮して一冊にまとまる分量(181通)に絞り込んだため、涙をのんで収録を見送った手紙が数多くあった。それらをあらためて集めたものが本書簡集である。また、前書簡集の底本としたズーアカンプ版書簡集では、収録されている手紙が1895年(ヘッセ18才)以降のものであるため、それ以前の手紙も加えて、ヘッセの全体像がより良く映し出されるようにした。前書簡集がすべての手紙を年代順に配列したのに対して、本書簡集ではテーマごとに分類し、それぞれのテーマのグループの中で年代順の配列としている。読者にとっても大いに興味あるテーマをめぐって、ヘッセの生の声がさらに身近に響いてくる。全部で157通。訳者27名。 |
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『ヘッセへの誘い 人と作品』 |
| ヘッセ研究会・友の会編・著(毎日新聞社、1999) | |
構成 |
口絵写真(4頁)、目次(3頁)、本文(432頁、写真3葉を含む)、「作品と生涯」(58頁)、書誌(20頁、「ヘッセの全集」3頁+「没後に出版された本」15頁+「日本で出版された主な研究書・参考書」2頁)、「あとがき」(3頁)、「著者紹介」(1頁) |
本文内容 |
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本邦初の本格的ヘッセ・ガイドブック。ヘッセ研究者のみならず、ヘッセ友の会に属する一般読者も執筆を担当し、ヘッセの人と作品のあり方を多彩な視点から描きだしている。しかしそれは、たとえば解説文を脈絡もなく羅列した寄せ集めではない。ヘッセ作品の複合的な読みの可能性が提示される一方で、ヘッセの強靭な人間性の吸引力が本書を貫き、本書の一貫した基調をおりなしている。ヘッセをいかに語ろうとも、最後にはそこに引きつけられてゆくヘッセの求心的な人格のなせるわざであろう。その魅力のとりことなった諸氏によっておのずと成った労作であり、それぞれの記述は執筆者の共感に裏打ちされた説得力を放っている。巻末には詳細な年譜と書誌が付属し、ヘッセの生涯を親しくたどることができる。執筆者29名。 |
『ヘルマン・ヘッセ研究 第一次大戦終了まで』 |
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| 井手賁夫著(三修社、1972) | |
構成 |
口絵写真(3頁)、目次(7頁)、本文(600頁)、「ヘルマン・ヘッセ年表」(5頁)、「あとがき」(3頁)、「註」(11頁)、「ヘルマン・ヘッセ書誌」(4頁)、「索引1 人名、索引2 ヘッセの作品、論文、随筆」(14頁) |
本文内容 |
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細部にまで緻密な考察がゆきわたった浩瀚なヘッセ研究書・概説書。1920年頃までのヘッセを扱っている。本書が出版されてすでに30年が経過したが、これだけまとまったものは、日本では未だに他に例を見ることができない。「あとがき」の中で著者自身が「これだけまとめておけば、たとえ私がこの後の研究半ばで倒れたとしても、どなたかが私の研究を生かして、さらに今後の研究をつづけて下さることを期待することができると信ずる」と述べている。著者が鬼籍に入って既に7年。本書を継ぐ著作が待たれる。 |
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『ヘルマン・ヘッセと日本人』 |
| 渡辺 勝 著(角川書店、1998 ) | |
構 成 |
口絵写真(1頁)、目次(5頁)、本文(239頁、写真18葉を含む)、「あとがき」(2頁)、「初出一覧」(2頁)、「著者略歴」(1頁) |
本文内容 |
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著者は日本ヘルマン・ヘッセ友の会/研究会の第二代会長。本書は、日本においてヘッセがどう読まれてきたか、そして現代の日本でヘッセが読者に何を語りかけているか、主としてアメリカでのヘッセ受容と比較しつつ概観する。そこから、危機的状況においてヘッセが繰り返し「再発見」されてきた経緯を検証しつつ、時代を超えて人間の良識に訴えかけるヘッセ文学のあり方を浮かび上がらせる。さらに、著者自身のヘッセ体験やヘッセをめぐる様々な話題が、軽妙洒脱な語り口のエッセーとしてアラカルト風に提供され、ヘッセ好きの読者ならずとも大いに興味がわく内容となっている。 |
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『ヘルマン・ヘッセ 人生の深き味わい』 |
| 田中 裕 著(KKベストセラーズ、1997) |
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構 成 |
「はじめに」(2頁)、目次(8頁)、本文(243頁、写真21葉、地図「ヘッセに関連の深い土地」、系図「ヘルマン・ヘッセとその家族関係図」を含む)、「参考文献」(1頁) |
本文内容 |
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著者はヘルマン・ヘッセ研究会・友の会の第三代会長。本書は、ヘッセの生涯を貫くヒューマニズムを深く追求する。ヘッセは生涯自分の内面の声に耳を傾け、その命ずるところに従った。今風の言い方に従えば、「自己実現」を求め続けたということになろう。言うまでもなく、自分の内面の声に耳傾ける心的姿勢は、その時の状況に応じて様々な行動となってあらわれる。しかし周囲の世界が虚偽に満ちているならば、それは周囲との深刻な軋轢を引き起こすことになる。自分という「個」を純粋につきつめてゆく時、最後に到達するのは人類の普遍的な広場であることを、ヘッセは自らの体験によって幾重にも示している。だからこそ、ヘッセの生き方は、時代を超えて普遍的な意味をもつ。本書は、その消息を多面的に検証し、同じ悩みを悩む読者に指針を与える。なお、ヘッセは「自己の信念を貫く」という意味で「アイゲンジン」というドイツ語を使っているが、著者はこれを「愛我心」と訳している。 「自分に誠実に生きようとするあまり、たえず周囲の世界とぶつかり、摩擦を引き起こし、孤立し、傷つき、悩み、絶望し、破滅しそうになって、絶望のどん底で生命の核心に触れ、それを拠り所に生きる力をつかみとって立ち直る、そんなことを生涯に何度も繰り返し、なんとも不器用に、しかし、ただ一度の人生を自分にしか生きられない仕方で生き抜いたのがヘッセなのだ。晩年のヘッセの写真の、あの味のある透徹した表情、すべてを達観した軽妙さの中におのずと滲み出る心の奥底の満足感、あれはそういう苦難に満ちた生涯を通してこそ得られたものなのである。」(「序章 自己を貫く生き方」より) |
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