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| 「今月の詩」を楽しみにお待ち下さっている皆様には大変申し訳ありませんが、このコーナーは都合により、しばらくお休みさせていただきます。新たに再出発するまで少々お待ちいただければ幸いです。なお、ヘルマン・ヘッセ全集の新刊「全詩集」は、島途先生訳でもうすぐ刊行される予定です。そちらも楽しみにお待ち下さい。 |
| FRAU GERTRUD |
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Frau Gertrud mir am Bette stand, Eine helle Teerose in der Hand, Eine helle Teerase im braunen Haar. Ihre Stimme wie ein Lächeln war Und floß so weh und wankte so ― Sie sang ihr altes Long ago! ≫Fern steht dein graues Schloß am Meer, Wie karrest du nach Deutschland her? Wie lang doch ist's, daß deinen Sarg In lauter Teerosen ich verbarg, Und daß ich dich vergessen hab! Wie kamst du her aus deinem Grab?≪ Ich reicht ihr fragend meine Hand Und lächelte, und griff ― die Wand, Dran weiß ein Flecken Mondes stund … ― Fernher kam zart und liebeswund Ein schlanker, kranker Geigenstrich, Der schluchzend in der Nacht verblich. Und floß so weh und wankte so ― ― Long, Long ago! |
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ゲルトルート夫人
ゲルトルート夫人が僕のベッドの横に立っていた
明るい色のティーローズを手に持って
明るい色のティーローズを栗色の髪にさし
声は微笑みのように
ひどく痛々しく漂い、ゆらゆらと揺れた――
そして懐かしい「はるかな昔」を歌った
「君の灰色の城は遠い海の岸辺にある
なのに君はどうしてドイツに来たのか
あれはもうはるかな昔のこと
敷きつめたティーローズに君の棺を隠して
それから君を忘れてしまったのは――
なのに君はどうして墓の中から来たのか」
問いかけながら僕は彼女に手をさしのべて
微笑み、そして――壁をつかんだ
そこには月の光が白々と照り返しているばかり・・・
――遠くから、傷ついた愛のように弱々しく
細くやつれたバイオリンの音が響いてきて
むせび泣きながら夜の中に消えていった
ひどく痛々しく流れ、ゆらゆらと揺れた
――はるかな、はるかな昔
( 島途健一 訳 )
1898年の詩です。
死ほど私たちと密接に結びつけられているものはありません。死の確実さに比べれば、どんなに固い友情も、どんなに激しい恋も、およそおぼつかなく頼りないものと見えてしまうほどです。死は避けがたい宿命でありながら、その内実は何一つとして知ることができないという不条理を宿し、死の国からやってきて喜びと戦慄と陶酔をふりまくゲルトルートは、(日本語だけでしか通じない駄洒落で言えば)死=詩の深い秘密を物語っているのかもしれません。
「ゲルトルート」と言えば、1910年に出版された同名の小説が最も良く知られているところでしょう。そのヒロインの名前がゲルトルートであり、美しさと気品と強い意志をあわせ持つこの人物は、ヘッセの理想の女性像を示しているように思えてなりません。
そもそもこの名前は、ヘッセが2歳のときに生まれて、半年後には早くもこの世を去ってしまう妹につけられたものでした。ヘッセはこの名前によほど愛着を感じていたのでしょう。私たちはいろいろなところでこの名前に出会うことになります。
まず、自費出版の記念すべき処女詩集『ロマン的な歌』が「ゲルトルート夫人」にささげられています。そしてこの詩集の中に、上の詩が含まれているのです。
また最初初期の散文詩集『真夜中の彼方一時間』(臨川書店『ヘルマン・ヘッセ全集』第1巻)にも「ゲルトルート夫人に」という小品があります。成立年も上の詩と同時期であり、ゲルトルート夫人がすでに死んでいるという設定も同じなのですが、こちらは穏やかな品格を漂わせる女性となっており、「私」を見守る良き先導者として、小説のゲルトルートに近い雰囲気が感じられます。
さらにもうひとつ、「孤独の中で」という同年代の詩が遺稿として残されており、「ゲルトルートに」という副題を持っています。このゲルトルートは激しい愛の対象として描かれ、「僕の孤独もむだだった/僕は憩うこともできない/愛する君、僕の苦しみよ/君がどこにでもついてくるのだ」という悲壮な調子で終わっています。
このようにヘッセの作家活動の初期にたび重ねて用いられる「ゲルトルート」は、ある意味ではヘッセの中で女性の象徴としての意味を持っていたようにも思えます。「強力な投げ槍」という意味も、マザコンであったヘッセには心惹かれるものがあったのでしょうか。上の詩が幽霊の話だからというわけではありませんが、なかなかに神秘的です。
現実のゲルトルートは、ヘッセが4歳になる2ヶ月前に死んでいますので、幼いヘッセがこの妹にさほど深い思い込みを持っていたとも思えません。我らがヘッセ友の会の生みの親、故井出賁夫氏によれば、葬式の間よそにあずけられていたヘッセは、帰ってくるなりゲルトルートの空になったベッドに突進して、面白そうにその上を叩きながら、「じゃあゲルトルーヅレ、もうすっかり天国へ行ってしまったんか」と叫んだということです。(三修社『ヘルマン・ヘッセ研究』による。)これもまたいろいろと創造をたくましくしてみたくなる話です。
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