このコーナーでは、ヘッセの生涯の軌跡が概観できるように年譜を掲載しています。年齢はその年の誕生日が来たときのものですので、右欄に記載されている出来事が起こったときの実年齢とはずれている場合があります。

1877年 7月2日南ドイツ・シュヴァーベン地方、ヴュルテンベルク州の小都市カルプに、バルト出身の宣教師で後の「カルプ出版協会」指導者ヨハネス・ヘッセと、著名なインド学者で宣教師ヘルマン・グンデルトの長女マリー・ヘッセとの間の第二子、長男として誕生。
1881年 4歳 4月、父が伝道館での仕事につくため、一家でバーゼルに転居。
1883年 6歳 父がスイス国籍を取得(それ以前はロシア国籍だった)。
1886年 9歳 7月、カルプに戻る。
1888年 11歳 カルプのギムナージウムに入学。州試験準備のためラテン語、ギリシャ語の特別授業も受ける。
1890年 13歳 神学校受験準備のため、ゲッピンゲンのラテン語学校入学。スイス国籍を放棄し、ヴュルテンベルク州に移籍。
1891年 14歳 ヴュルテンベルク州試験合格。 9月、マウルブロン神学校入学。
1892年 15歳 3月、入学6カ月目で神学校から逃げ出す。 4〜5月、「悪魔払い」のためバート・ボルのクリストフ・ブルームハルトのもとで過ごす。 6月、自殺未遂。 8月までシュテッテン神経科病院シャル牧師の指導を受け、やや落ち着く。 11月、カンシュタットのギムナージウムに入学。一年間の試験在学(ギムナージウム7年生資格)に合格。
1893年 16歳 5月、祖父グンデルトの死後、父がカルプ出版協会の指導者となる。 10月、カンシュタットのギムナージウムを退学。エスリンゲンで書店の店員となるが、三日で逃げ出す。父の助手として、カルプ出版協会を手伝う。祖父の図書室で、広範な読書をする。
1894年 17歳 6月、カルプのペロット塔時計工場で見習いとして働く。
1895年 18歳 10月、テュービンゲンのヘッケンハウアー書店で見習い店員として働く。
1898年 21歳 10月、『ロマン的な歌』が最初の詩集としてドレースデンのピエールゾン社から出版される。
1899年 22歳 テュービンゲンの仲間と「プティ・セナークル(小さな結社)」を結成。 6月、散文集『真夜中すぎの一時間』がイェーナのディーデリヒス社から出版される。 9月、バーゼルのR・ライヒ書店の助手となり、販売および古書部担当(1901年1月まで)。
1901年 24歳 秋、『ヘルマン・ラウシャー』がバーゼルのライヒ書店から出版される。
1902年 25歳 『詩集』をベルリンのグローテ社から出版。母マリー・ヘッセに捧げるが、刊行直前に死去。バーゼルの牧師の娘、エリーザベトに恋をする。
1903年 26歳 5月、マリーア・ベルヌリと婚約。
1904年 27歳 『ペーター・カーメンツィント(郷愁)』出版、一躍文名をあげる。 8月バーゼルでマリーア・ベルヌリと結婚。ボーデン湖畔のガイエンホーフェンに住む。
1905年 28歳 10月、『車輪の下』出版。 12月、長男ブルーノ誕生。
1907年 30歳 5月、小説集『此の岸』出版。ガイエンホーフェンに自宅「エルレンロー」を新築し移転。
1908年 31歳 小説集『隣人』出版。
1909年 32歳 3月、次男ハイナー誕生。
1910年 33歳 小説『ゲルトルート(春の嵐)』出版。
1911年 34歳 7月、三男マルティン誕生。詩集『途上』出版。 9月〜12月、画家ハンス・シュトゥルツェンエガーとともにインド旅行。
1912年 35歳 小説集『まわり道』出版。家族とともにドイツを去り、ベルンに移住。
1913年 36歳 紀行『インドから』出版。
1914年 37歳 小説『ロスハルデ(湖畔のアトリエ)』出版。この年から19年にかけて『おお友よ、その調べにあらず!』などの警告文、公開書簡をドイツ、スイス、オーストリアの新聞、雑誌に発表、ドイツ全土の新聞によって売国奴と罵られ、排斥される。
1915年 38歳 小説『クヌルプ』、小品集『路傍』、詩集『孤独者の音楽』、小説集『青春は美わし』出版。
1916年 39歳 父ヨハネス・ヘッセ死去。妻と三男マルティン発病。
1917年 40歳 ユングと出会う。『デーミアン』執筆。
1918年 41歳 妻の精神病発作。
1919年 42歳 1月、『ツァラトゥストラの再来 ードイツの青年に一言』執筆、匿名で発表。 6月、『デーミアン』をエーミル・シンクレアの匿名で出版。同時に『メールヒェン』出版。
1920年 43歳 2月、テッシン州より定住許可を得る。 5月、『クリングゾルの最後の夏』出版。 7月、『混沌を見る』出版。 10月、『放浪』出版。
1921年 44歳 ダダイズムの創始者フーゴー・バル夫妻との交友。 ユングのもとで精神分析を受ける。
1922年 45歳 10月、『シッダールタ』出版。
1923年 46歳 妻マリーアと離婚。
1924年 47歳 1月、ルート・ヴェンガーと結婚。ベルンの市民権獲得。
1925年 48歳 『湯治客』、『ピクトルの変身』出版。
1926年 49歳 スケッチ集『絵本』出版。
1927年 50歳 妻ルートの希望で結婚を解消。 5月、『ニュルンベルクの旅』出版。 6月、『荒野の狼』出版。フーゴー・バルの『ヘッセ伝』出版。
1928年 51歳 4月、詩集『危機』出版。 夏、随筆集『観察』出版。
1929年 52歳 新詩集『夜の慰め』、読書案内『世界文学文庫』出版。
1930年 53歳 長編『ナルツィスとゴルトムント(知と愛)』出版。
1931年 54歳 ニノン・アウスレンダーと正式に結婚。『内面への道』を出版。
1932年 55歳 3月、『東方への旅』出版。『ガラス玉遊戯』執筆開始。
1936年 59歳 「ゴットフリート・ケラー賞」受賞。『庭のひととき』出版。
1937年 60歳 『新詩集』、散文集『思い出草紙』出版。
1942年 65歳 『ガラス玉遊戯』脱稿。
1943年 66歳 『ガラス玉遊戯』二巻出版。
1946年 69歳 フランクフルト市のゲーテ賞受賞。ノーベル文学賞受賞。評論集『戦争と平和』出版。
1950年 73歳 ヴィルヘルム・ラーベ賞受賞。
1951年 74歳 『晩年の散文』、『書簡選集』出版。
1952年 75歳 ズーアカンプ社より『全作品集』を六巻本として出版。
1954年 77歳 『ヘッセとロマン・ロラン往復書簡集』出版。
1955年 78歳 西ドイツ出版社協会から平和賞を贈られる。
1956年 79歳 ヘルマン・ヘッセ賞がカールスルーエ市に設けられる。
1957年 80歳 80歳を記念して、『全作品集』に第7巻(観察、書簡、日記、断片)を増補、『全著作集』とする。
1962年 85歳 8月9日、モンタニョーラで死去。11日、近くの聖アボンディオ教会に葬られる。




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