| 天川C&R テーマトーク 著者の敬称は省略します |
第一回 「私のC&R」
| 変わりゆく... | 奈良県 Koh1 |
| ABOUT CATCH&RELEASE | 奈良県 ノスフィ |
| キャッチ&リリース | 大阪府 Uncle Taku |
| 私のC&R | 大阪府 ふりーすとん |
変わりゆく... 奈良県 Koh1
今シーズンから奈良県のフィールドでもC&Rエリアの釣り場が正式に
スタートした。まだ始まったばかりなのだが、「魚の再生産」を考えて
施行した漁協には敬服するとともに、成功を祈りたい。
渓流釣りを楽しむ人の意識改革ができれば、C&Rエリア以外でも
トラウトの再生産が増える可能性もある。
そう、ホントはC&Rエリアなど作らなくても良い情況を私たちは望んでいる。
いつもアマゴやイワナのいる川。
特定の区間だけではなく、トラウトの泳いでいるのを見ることができる川を。
昔と比べれば釣り人の数も増え河川環境の変化もあるので、
放流をすべてストップさせることは無謀となってしまうが、
できるだけ魚が再生産して、放流量を超えることが望ましいと思う。
これからの渓流釣りは変わらなければ。
ABOUT CATCH&RELEASE 奈良県 ノスフィ
Catch&Releaseが絶対に正しい、とは思ってません。またReleaseしても、
その方法がまずければ魚は生き残れない、という話も聞きます。
でも魚が少ないと一番困るのは僕達だから、最低限の気は使うべきだと思います。
アマゴやイワナはおいしいし、ちょっと贅沢な酒の肴になります。
釣った魚をあてにして、一日の釣をふりかえるのは楽しいし、それが仲間といっしょに、
たき火を囲んで、ということなら、最高に気持ちいいです。
だから僕の場合、そこそこの魚が釣れたら1〜2匹いただいてかえり、
あとはReleaseすることにしています。(^_^)
所で 「Catch&Release」 は、釣り人のモラル がとわれる問題だと思います。
放っておいてはどんどん魚が減り、川が荒れるので、 ルール作りが必要ですが、
できれば、そのような規制がなくてもみんなで川を守ると いうような形にならない
ものかなと思っています。
僕の場合、フライを始めて初期の頃は、「釣れた」という証拠がほしかったようなところも
あって、「リリースしなければ」と思っていても、心の中にすごく葛藤があり ました。
最近はリリースすることにほとんど抵抗はなくなりましたし、特にカメラで写真をと ってからだと、
「証拠」も残るので何の迷いもありません。 写真は生きた魚の方が絶 対にきれいだし、
魚によって顔が違ったり模様が違ったりするのも面白いです。
キャッチ&リリース 大阪府 Uncle Taku
元来、釣は蛋白源確保のための手法である。
故に、釣った魚を食べるのは当然の行為である。
今日の日本に於ける河川の釣は、漁協が放流した魚を釣り人が遊魚料を支払って釣る。
当然の事ながら殺して食べようが、生かして放そうが釣り人の自由である。
僕にとって釣は趣味、蛋白源確保のための手法ではない。
鰭の綺麗な出来るだけ大きな魚を釣りたい、だから魚を生かして放すキャッチ&リリースを実践する。
リリースした魚は、生き延びるのか?。
それは分からないが、殺して食べるよりは生き延びる率は高い。
リリースした魚が、他人に釣られてしまえば無意味ではないか?。
それは仕方ない事だが、出来ればその人が僕と同じ考えである事を祈る。
私のC&R 大阪府 ふりーすとん
アマゴの塩焼きで晩酌
フライフィッシングの世界では、釣った魚を逃がすキャッチアンドリリース(C&R)する人が増えているようだ。
私も渓流の魚はリリースしている。 しかしそれはつい最近になってからのことで、以前は釣った魚を
持ち帰って食べていた。 私は魚が大好物で、釣った魚を晩酌の肴にするのが楽しみだった。
特にアマゴの塩焼きは家族みんなの好物で、渓流釣りに行くときは数匹のアマゴを持ち帰ることにしていた。
しかし、あるきっかけにより、私もC&Rをするようになった。
きっかけ
2000年の冬に妻が病気で入院してしまった。 突然訪れた事態に、3才と8才の二人の娘を抱え
仕事と育児の両立ができず途方に暮れたのだが、親に応援をたのんでから少し余裕ができ、
奈良県の天川に3月解禁直後に釣りに行った。
川は前日の雨の笹にごりでコンディションは悪くないはずなのだが、汗ばむほどの陽気から雪が
降り出す急激な天候の急変が原因か、ハッチが全くなく坊主になってしまった。
そのとき、「妻が命を失う危険もある病気と闘っている最中に自分は一体何をしているんだろう?」と反省し、
以後渓流の釣りでは魚を殺して持ち帰るのは止めようと心に誓った。
私のC&Rはそんな一種の願掛けみたいなもので、特に理屈があったわけではない。
まあ、釣り自体を止めようとせず釣った魚を逃がそうと考えてしまうところが身勝手なのだけど(笑)。
幸い妻は3ヶ月後に退院できたが、それは今でも続いている。
C&Rを行ってみて
ひょんなことから始めたC&Rだが、やってみると具合が良い。
魚籠、クーラーバックの装備や氷の調達が不要なため準備が簡単。
釣り上げた魚の保存を考える必要が無いので釣りに専念できる。
家族の食べる数をそろえなければいけないプレッシャーがなくなり釣りに余裕ができる。
疲れて帰宅してから魚をさばくうっとうしい作業がない。
と晩酌の肴をあきらめれば、釣りそのものに専念でき、これまで以上にフライフィッシングを余裕を持って
楽しめるようになった。
動機は決して自慢できるものではなくとも、C&Rは私にとって充分意義のあるものになった。
ちなみにそのとき願掛けしたのは渓流の魚だけなので、管理釣り場のニジマスや海の魚は時々
持って帰ることもある。 (ほんと身勝手!)
C&Rの勧め
私のように理屈の通らない私的な動機は別にしても、C&Rには肯定・否定をふくめ、
さまざまな意見があるようだ。
C&Rを釣魚の再利用と再生産による合理的な河川の運用手段と考える人もいれば、
行為そのものを崇高なものとたたえる人もいる。
単に魚が嫌いだったり、さばくのが面倒なので持ち帰らない人だっている。
一方で、魚食の習慣の無い西洋人の猿まねと軽蔑したり、食べることでを完結させなければ
釣りをする意味が無いと職漁師的な価値観で否定する人もいる。
払った入漁料を上回る釣果を上げて元を取らないと気が済まない人や、河川は公の場だと
漁協の存在さえ否定して入漁料を払わず魚を持ち帰る人だっている。
C&Rによる魚資源の再利用は河川の効果的な運用方法だが、重要なのはみんなで行うことで、
一人だけ実行しても、残った魚は他の釣り師にすぐに釣りきられてしまいほとんど効果はないだろう。
キザなやつとか、西洋かぶれとか、ネギ背負ったカモとせせら笑われてもしょうがないと思う。
しかし一般の渓流でも、私のように楽しく余裕を持って釣りをするためのC&Rという考え方だってある。
C&Rの経験のない方は一度試してみてはどうだろう。
きっと釣りという行為を純粋に楽しむ余裕が出ると思う。
そして、愛らしい宝石のような小さな命を一つ救ったという、
ちょっとした満足感のおまけが付くかもしれない。
著者敬称略
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天川在来渓魚の会