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北軽井沢 日本一有名な避暑地軽井沢のことは知っていても そこから北へ20キロほど離れた北軽井沢のことは 知らない方が多いようなので、ここにご紹介いたします。 |
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国道18号線から146号線に入り浅間山に向かって30分ほど 車を走らせた所が北軽井沢。浅間山が県境で群馬県に入る。
そう、浅間山の南側は長野県で中部地方、北軽井沢は関東 地方なのだ。 TVの関東地方の天気予報でいちばん左側に鼻の高い外国人 の横顔のような形をしているのが群馬県。その鼻の穴の位置
に存在するのが北軽井沢である。 軽井沢より標高にして200メートルほど高いのだが開けた高原 なので谷戸の多い軽井沢よりは湿気が少なく晴れの日が多い。
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別荘地 吾妻郡長野原町の南部と嬬恋村の東部の一帯がいわゆる 「北軽井沢の別荘地」と呼ばれる地域で、最初に別荘が出来たのは大正末期に東大(当時は帝大)関係の方達が作られた
「一匡(いっきょう)村」。 そしてその数年後昭和に入ってすぐそこから東へ3キロほど 離れた地域に当時の法政大学の学長の発案で「法政大学村」
が誕生。 別荘の住民たち 法政大学の関係者ばかりだった「法政大学村」はその後いろいろ な人たちが別荘を建てるようになったので今はただの「大学村」と 名前が変わったけれど、やはり学者や作家、音楽家の方達の 別荘が多い。初期の頃には作家の野上弥生子夫妻、劇作家の 岸田国士氏、芥川也寸志・比呂志兄弟、谷川徹三氏、学習院の 阿部能成氏、音楽家の斎藤秀雄氏などで、今は皆亡くなられて 多分2代目、3代目の方たちが来ておられると思う。 芸能人や政財界の方達の豪壮な別荘の多い華やかな旧軽井沢などに比べると総じて質素なたたずまいが多く、賑やかな商店街などないので人込みもなく、静かで知的な雰囲気に包まれているのが北軽井沢の良さではないかと思う。
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北軽井沢の別荘がだんだん増えて、嬬恋村にまで広がって来たのは 1960年代の終わり頃からのこと。今ではスーパーやペンション、ホテル
も多く、ゴルフ場やスキー場もあって、国道すら砂利道だった数十年前と比べると驚くほどの発展ぶりである。 JR吾妻線の万座鹿沢口駅まで車で15分、長野新幹線の軽井沢駅まで30分なのに地価は旧軽周辺よりぐ〜んと安いので最近は都会を脱出して移住して来る人たちが増えている。
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気温 以前は真夏でも25,6℃、夜は20℃ぐらいなので戸を閉め切って、ちゃんと 布団をかけて寝ていたのが、今は暑い日は30℃近くまで上がり、夜も窓を開けて寝るほどの時もある。もちろんクーラーは不要。地球温暖化のお陰で冬も雪は昔の半分、天然のスケート場だった湖も氷結しなくなってしまった。夜中にはマイナス17℃くらいになることもあるらしいがそんな時に外出することもないのでどうということもない。家の建て方や暖房が昔とは格段の差があるので、夏涼しい割には冬もさほどではないのだ。空気が澄んでいるので日差しが強く、サンルームの中は真冬でも20℃ぐらいになる |
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北軽井沢周辺には戦後満州から引き揚げて来た人たちが入植した「ハイロン部落」や東京都が募集した「浅間開拓」などの農地があり、レタス、キャベツ、モロッコインゲン、花豆、とうもろこし、じゃがいもなどの高原野菜を作っている。有機野菜を生産して「大地を守る会」や「らでぃっしゅぼーや」などの自然食業界に出荷している農家もある。
草軽電鉄 草津の硫黄を運ぶために軽井沢駅まで単線のレ−ルウエイが1926年に開通。途中無人駅などもあってのんびり走る詩情豊かな電車は多くの人に愛されたが
赤字路線となり、1959年に廃線。今はバスが走っている。この電車にはエピソードも多く、岸田衿子・今日子姉妹の共著「ふたりの山小屋便り」(文春文庫)に詳しい。(この本によると若き日の三島由紀夫氏や文学座の面々もよくこの地を訪れていたことが分かる)
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音楽家や文学者の別荘が多い関係で、毎年夏には音楽会やら講演会が開かれ、「さとうきび畑」を作られた寺島尚彦氏一家のコンサートや、大学村70周年記念の時には大江健三郎氏の講演とご子息光さんの音楽の演奏会も開かれた。このほかに年間を通して「北軽井沢区民大学」というのが数回あって、バラエティに富んだ催しがある。つい先日は谷川俊太郎氏と岸田今日子さんの対談と朗読の会があり大勢の人が詰めかけた。 1998年には「カフェフルール」主催で「地球交響曲第三番」の上映会を行なったが映画の上映はこの地始まって以来とのことで設備が何もない。会場は以前小澤征爾氏が町に寄付なさったミュージックホールを借りることが出来たのだが、映写機を探し歩いたり、映写技師の免許のある床屋さんに頼みに行ったり婦人会の方達にスクリーンを作って頂いたり、キャンドルアーティストの小泉純司さんの協力もあって何とか上映にこぎつけた。翌年からは地元の方達が全て準備して下さって、第一番、第二番、第四番と毎年夏に上映会が開かれている。 |
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観光案内 |
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| 鬼押し出し 天明3年の浅間山の大噴火の時に流れ出した巨大な溶岩が 見渡す限り累々と重なり合っている所。 |
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| 鎌原観音堂 上記噴火の際100段以上の石段を駆け登ってこの小さなお堂に逃げた93人だけが助かった。400人以上の村人は村と共に埋まり、石段も地上には15段ほどしか残っていない。
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| 浅間大滝 滝修行の人たちも訪れる水量豊富な滝。夏でも寒いほどの水しぶきが飛ぶ。 |
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おもちゃ王国 プリンスランド別荘地の中にある遊園地。幼児から小学校低学年向き。 スカイパーク&スノーパーク 夏はパラグライダー、冬はスキー、チュービング、そり滑りなどが楽しめるファミリー向けのスキー場。 |
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温泉 草津、万座までは車で50分、鹿沢まで30分、ほかに地蔵川温泉、湖畔の湯、つつじの湯、嬬恋温泉、山田屋温泉、半出来温泉、平治の湯、鬼押温泉(ホテル軽井沢1130)など車で5分〜20分以内に多数。 |
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近隣のペンション一覧 |
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