Fragments
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Soliloquy[独り言]

 私が日頃何となく思っていること、気が付いたこと、考えたこと等々。
 特に難しく考えずに、何となく活字にしてみようと思いました。
 あくまでも私個人の考えなので、皆さんに対してどうと言うことはありませんが、 ご意見がありましたらメールでも結構ですのでお寄せ下さい。

メール表現

 先日、友人からメールを貰った時に、ふと思ったことがある。
 文章を読んでると、電子メール特有の表現が此処彼処に見受けられる。 例えば文字絵(^-^)/~であったり、記号☆であったり、括弧付き文字(爆!)であったり。 これらは、文字だけのメールに花を沿え、表現を豊かにする必須のアイテムだ。
 その中で、気になったのが(笑)と言う表現だ。 今では、ごく普通に用いる表現の一つである。 ただ単に、面白可笑しい事を書いて、最後に(笑)ならそれで良いのだが、 この時の使い方は、私に対してそこそこ厳しい事を言っておいて、最後に(笑)だった。
 これは一体どう言う意味で使っているのかと、善く善く考えて見たところ、 恐らくこうではないかと言う答えを発見した。 その答えとは「厳しい事を言いつつも、相手を傷付け無い様に、 (或いは、そんな気は更々無いよと言う意味で)最後に笑って見せている」と言う事だ。

 そんな事は、分かり切っているじゃ無いかと仰りたいのは御尤もだ。 私が言いたいのは、その裏に隠れている心理についてだ。 勿論、本人は全く何の意識もせずに使っているのだろう。 考え様によっては、ある種のファッションなのかも知れない。
 然しながら、これは本当に必要な表現なのだろうか? もしこれが、親しい友人との面と向かっての会話なら、笑みを浮かべる必要も実際に笑う必要も無い。 何故なら、相手の事を十分に知り尽くしているので、 本気でそんな事を言う筈が無い事が分かり切っているからである。
 では何故、態々こんな表現を用いなければならないのだろうか? そこに潜む深層心理は、ズバリこうだろう。

「若しかしたら、この表現で気を悪くするんじゃないか? それなら(笑)と入れる事によって、相手を不快にさせない様に、予め布石を打って置こう。 何故なら、相手とはそれ程深い付き合いでも無く、理解して貰えるかどうか不安だから。」

 この考え(読み)が正しいかどうかは兎も角、 メールを中心とした付き合いは、お互いの顔が見え無いので、 見えない所で必要以上にお互いに気を使っているのでは無いだろうか? 逆に言えば、それだけ薄っぺらな、浅い付き合いと言う事だ。
 本気になって議論する事を嫌う現代人にとって、 そういうメールはとても都合の良い道具だろうが・・・

P.S.
 因みに、このメールをくれた友人とは仲良しですよ。
 それと、全く気を使わないメールを寄越して来る失礼な輩も居るよね。