僕の気持ち



 ―僕には絶対に負けられない相手が一人いる。
 それは……。


 今日もお母さんが優しい声で「ごはんよー」と呼ぶ。
 何時もの夕ごはんの時間だ。
 ごはんのいいにおいがしている。
 おなかがすいている僕は真っ先にお母さんのいる、そこへ行くんだ。
「太郎は何時も一番にきてくれるわね」
 お母さんが嬉しそうにそう言ってくれた。
 太郎、それが僕の名前だ。
 僕の後には大体まず、何時も大学生のお兄ちゃんがくる。
 でも、お父さんはお仕事でいない。
 帰ってくるのは、もうちょっと遅くなる。
 今日も帰ってきたら、また僕と遊んでくれるといいな。
 そんな事を僕が思ってると、携帯のメールをやりながら、僕の絶対負けられない、あの『依子』がきた。
 依子は16歳。
 僕はまだ2歳くらいだから小さい。
 僕から見ると、依子は大きい。
 そうやって揃ったみんなで黙々とごはんを食べる。
「依子、太郎がもっと食べたいって言ってるから、あんたのを分けてあげて」
 お母さんがそう言う。
「えー、なんでまた、あたしが分けてやんなきゃいけないの。……あっ、太郎、あたしの皿から勝手におかず盗っていかないでよっ! 」
「いいじゃないの、許してあげなさい。太郎はいっぱい食べればいいんだから」
 お母さんの言葉に、僕は安心する。
 依子のは盗ったっていいんだ。
 ざまあみろってんだ。
「あたし何時も思うけど、ほんとに、太郎はすっごく負けず嫌いよね」
 依子が僕の方をちらちら見ながら、そう言った。
「それはお前に対してだけだろ。精神年齢が同じだからじゃねぇの? 」
 お兄ちゃんがずずっと味噌汁をすすりながら、そう言った。
「そうかもしれないわねぇ。それに今に始まったことじゃないし」
 ため息混じりのお母さんの様子に、依子が怒った。
「お兄ちゃんならまだしも、お母さんまで、なんでそんな事言うわけ? ほんと腹立ってくる。太郎はね、喋れないけど、そういうのを、ちゃーんと分かってやってるのよ。甘やかしたら、この子の為にならないんだから。もっとビシビシ厳しくするべきよ! 」
「……でも、太郎がなめきってるのってお前だけだろ」
「いいからお兄ちゃんは黙ってて! 」
 依子の声は益々怒っているみたいに聞こえた。
「もういいわ、よーく分かったんだから……皆が何と言おうと……太郎にそういうなめた真似を、あたしにし続けてるとどうなるか、思い知らせてやるんだから」
 依子が怒りながら何をするつもりなのかと思っていたら、今度は嫌がらせ攻撃に出た。
 もう食事を食べ終わってしまった依子は、戸棚をごそごそやって、そこからお菓子の袋を出してきたんだ。
 そうして僕の前で、お菓子の袋をバリっと開けて、僕の方を見ながらそれを勢いよく食べ始めた。
 そういう反撃だった。
「また、そんなものを出してきて……そんな事をしたら太郎が欲しがるでしょ」
 お母さんが依子をたしなめるみたいにした。
「だからっ、欲しがらせる為にやってるのよ、太郎があんまり生意気だから! 」
 依子がお菓子をバリバリ食べ続けている。
 おいしそうな、甘いお菓子のにおいがぷんぷんしている。
 僕はくやしい。
 その時、お兄ちゃんが興味無さそうに依子を見た。
「……やっぱ、同次元じゃん。せこい、リベンジだな」
 依子がお兄ちゃんをぎろっと睨んだ。
「ほら、依子。太郎が可愛そうでしょ。ほんのちょっとでいいから分けてあげなさい。意地悪はしないでおいてあげて」
 お母さんが悲しそうにそう言うと、依子は思いっきりそれを拒否した。
「意地悪だろうが何だろうが、太郎にはこういうのって、体によくないんだから。食べれるわけないでしょ、こんなに甘いの。あたしはいいけど、あんたは絶対、駄目」
 依子はあっかんべーをした後で、ふんと鼻を鳴らして、僕に勝ち誇ったみたいにした。
 依子は完璧に勝ったつもりでいるみたいだ。
 その時、お兄ちゃんが冷めた目をしながら、依子に言った。
「……犬って、家族の中で誰か一人を、自分よりか下に扱うんだよな。太郎だけに限らず、犬全般がそうらしいぜ」
「だから、何でこの家ではそれがあたしなのよ!? むっちゃくちゃ、腹立つ!! 太郎、あんた今日の夜、絶対あたしの布団に入ってこないでよ。何時もあたしにそういう態度とってるくせに、夜は毎日あたしのとこで寝たがるんだから。それに朝の散歩ももう連れてってやんないから。あっ、お母さん! 太郎が噛んだ、痛いっ。いたーい、離しなさいよ! あー、あたしの腕に噛み跡がっ! 」
 依子は僕の歯型がついたその手で、容赦なく僕をぶった。
「ほんと、しょうがないわねぇ、依子と太郎は……」
 その顛末を見ていたお母さんは、ちょっと困ったようにしてそう言った。


 FIN