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「普通じゃない」
―やっぱり普通じゃないのか、俺は。
最近、何となく疑い始めてる。
今まで周りのヤツ等の言う事を、大抵は突っぱねてきたはずだったのに、最近妙に弱気だ。
『普通じゃない』俺に、もっと早く気が付くべきだったと、周りの連中が口を揃えてそう言うんだ。
そいつらの言葉によると、俺は既に果てしなく遅かったらしい。
自分のことに気が付くということが……。
例1
「そうだろ、お前は絶対普通じゃねぇって」
学校のヤツの、何人かが言った言葉をまずは引用。
最近までずっと、ごくごく平凡な俺は普通人間のつもりだったのに。
この仕打ちだ。
じゃあ、聞いてくれ。
俺がいかにして、『普通』か『普通じゃないか』を。
例2
「何でそれで、あんたは平気でいられるわけ? 信じられない」
これは、前に付き合ってた女の言葉だ。
真剣なようにも、呆れるようにも見える妙な顔をして、この言葉を言われた覚えがある。
―いや、何でと訊かれても困るだけなんだけど……。
こっちが返答に困る質問と言動は、正直言って、性格的に受け付けたくない。
ま、方向性を変えるか。
じゃあ、何事にも……とはいかないが、大抵のことには動じないのを自負する俺は嫌だってのか?
最初に好きとか言ったのは、あいつの方だったのに。
とりあえず、つい最近、その女とは別れたばかり。
でも、もう未練らしい未練は残って無いような気もする。
何も傷つかない自分に気が付くと、俺に愛情があったんだろうか、と思った。
別段、強がってるわけでもない。
で、思うわけだ。
元来、人間には、物事に動じない、無心のような部分がが必要じゃないか、と。
同じ人間が丸ごとそのままで複製されるってのには、流石にちょっと抵抗を感じるので、そうじゃなく……例えば、人間みんなが大まかに分類した場合に、俺みたいなのが大多数を占めていたら、争いなんか最初から起こりそうにもないと思ったりするわけだ。
争い事は好きじゃない。
感情が動かなきゃ、何も感じなくて済むだろ?
必要なのは「たかがそれくらい」っていう心理。
何でもかんでも大したことじゃないと思えるか、どうか、だろ?
つらつらと並べてはみたものの、要は俺は諍いの嫌いな平和主義者なんだ。
激情ってやつはそもそも無い。
あっても、他のやつに見せるつもりもない。
おかげで、その辺りから由来するのか、時々俺という人間は冷静にも見えるらしい。
よく、小学校の時の通知表にあるだろ?
あのどこにでもありがちな、担任の教師が一言を書く欄。
俺ははっきり言って、生きてきてこの方、あれにロクなことを書かれたためしがなかった。
もう期待もしてないけどな。
人の評価なんて、どうだっていい。
俺はそんなことを思えるくらい、もう大人に近くなってるってことらしい。
ガキの頃はそう思えなくて、確かに嫌だったりもした。
でもそれだからって、今更恨み言でもないしな。
これまでに、良く言えば、常に同じテンションを保ち続け、悪く言えば何に関しても無反応、そう揶揄されたことなんか数知れない。
要は、教師にとっちゃ俺みたいなのは、ただの可愛げのない小僧だったって事だろう。
いいよ、あの人達のことは、俺も最初から好きじゃなかったから。
それならば痛み分けみたいなもので、どっちもどっちってことになるわけだろ?
その上、あんなたった数行の文章で、子供時代の自分が決まるなんて、思わなくてもいいわけだ。
……ま、色々余計なことを言ったような気もするが、とりあえず俺の話はこの辺でいいだろ。
で、とりあえず、そうは言いつつも、実際には特にここ最近の一連の俺に対する評価は、やはり『普通じゃない』方だけに著しく偏っている。
全くもって失敬な話じゃないか。
ここまで聞いて、俺がそんなおかしな人間に思えたりしたか?
人間的に多少冷めているのは認めてもいいが、それ以外におかしくなんかない。
俺は違うんだ。
―他の連中が口を揃えて言うような、『普通じゃない』人間とは……。
「俺は俺だし。別に……」
改めてそう言った俺に返ってきたのは、当然のように、肯定の言葉なんかじゃなかった。
「……いや、だからそういう問題じゃないだろ」
学校の仲間の一人が、俺にそう言った。
「気にすんなよ、人のことなんて」
自分で言ってみたものの、ありがちで妥当な答え方だと思った。
最近の俺とこいつの会話は、大体何時も決まって平行線なので、こっちから返してやる返答も自然とありがちになる。
そんな俺の前で、一応、多分俺の友人であるそいつは深々としたため息を吐き出した。
―今更こいつに何言ったって無駄なのは分かってんだよ、俺も。
何で俺がこいつに、こんな事をわざわざ言わなきゃいけないんだ、やってられねぇよ、全く……。
そうも付け加えておいても、妥当な線だろう。
そいつが暗にそう言いたがっているのが、まったくもって恐ろしくみえみえな態度だった。
多分俺の読みは間違ってない。
そんな風に思うくらいならば、じゃあ最初から何も言うな、と俺からすればそう思うんだが、奴はわざわざ何か言おうとこっちを見てばかりだ。
無駄な体力は使わないにこした事はないだろ。
俺は疲れる事が嫌いで、うっとうしい事も嫌いなんだ。
そんな状態で暫くの間、俺とそいつの間には沈黙が続いていた。
それでもこんな状態でただ黙っているのも何だかな、と感じたらしく、そいつが部屋の天井辺りを見ながら、もう一度、口を開いてきた。
「やっぱり、何か変な音してるだろ、ガサガサガサって……き、気のせいじゃないよな」
「……ああ、してるな。でも、別に何時もの事だし。それに今日は割と静かな方だろ」
俺も大した反応を見せないまま、天井を眺めつつ頷く。
「なぁ、ここのマンションの上の階って、本当は誰か住んでるんだよな……? な、そうなんだろ? 頼むから、俺に嘘でもいいから、そう言ってくれ」
友人がすがるような目をして、俺にそう訊いてきた。
だが、俺の答えは既に決まっていた。
「いいや、ここ半年くらいずっと空き部屋になってるはずだったが」
「……」
友人の言葉が即刻止まった。
「お前やっぱり、どう考えたって普通じゃないだろ。水道の蛇口から水が噴き出したり、CDがいきなり真夜中に大音量で鳴り出したり、クローゼットの奥に見覚えの無いお札が貼られていたり、寝てて布団の周りでしつこく誰かが歩き回ってる音がしてるのを、日常的に体感する毎日が普通か?! もう一度よく考えろ。お前まともじゃないぞ、絶対」
「何だよ、たかがそれくらいのことを……」
俺がそう答えると、友人というべきの男はそれに対して、えらく気分を害した様子で
「『たかが』とか『気のせい』とかの範疇でくくることなんか、この俺が許さねぇ」
「何だよ、少年漫画のキャラみたいな暑苦しい言い方はやめろ、男ふたりだけでいて、そんなに熱く語られても……気持ち悪い奴。帰れ」
「お前な……この後に及んでまで、『やっぱり気のせいでした』なんてろくでもない気休めはよせって。それに俺は、幾らなんでも、ただの偶然では、絶対に撮れない証拠を持ってんだからな」
そう言いながら、一応友人であるそいつは、鞄から何枚かの写真の束を取り出した。
俺は友人が出してきた、その写真の中の一枚を覗き込んだ。
「思ったより、俺が割とよく撮れてるな」
俺が率直な感想を口にすると、友人が
「お前の顔なんか見んでいい、一体、何見てんだよ……そうじゃねぇだろっ! これは間違い無く、この部屋で、ついこの間俺が撮った写真だよな? 当然、加工や細工なんか一切してないことも付け加えとくが……でも、なぁ、ここに誰か映ってるだろ、この窓のところ」
「確かにな……誰かがこっちを見てんな。それにしても、見れば見るほど、まるで見覚えの無い顔だな。人の家を覗くとは悪趣味な奴。この家で盗れそうなものが、全然無い事くらい普通分かりそうなものじゃないか」
俺がそう言うと、友人は俺の方に写真を更に近づけてきた。
「おい……見覚えなんかあったら、その時点で俺はもうここにいねぇよ」
「だから見覚えなんかねぇって」
「……」
そいつがまた黙り込んだ。
何故か俺達の会話は何時もこの妙な間が入る。
正直言えば、男同士でのこの間は、かなり嫌な感じなんだが。
それで、それからそいつが頭を抱え込むようにして、もう一度深々としたため息を吐き出した。
今度はさっきより幾分長いらしい。
俺はとりあえず、何も考えずに、目の前のそいつを観察する。
「見覚えがどうなんてことももういい! そんな細かい事を、お前に言った俺がバカだった」
「……その言葉は俺に対して酷くないか? 」
俺がそう言うと、そいつは脱力したように肩を落としつつ
「……それも、もう忘れてくれ。とりあえず話を戻すが、この写真の、この人物が立っているのは明らかに、窓の外だ。で、ここは2階だな? 窓の外にベランダはねぇし、硝子の向こうはそのまま壁だ」
友人は、わざとらしく嫌味なまでに、きっちり筋道を立てているようにして、そう言った。
「……珍しい写真だな。確かに一般的には、この位置と人物との間にある相関関係は、ほぼ有り得ない構図だ。不可能に近いな」
「そうじゃねぇだろ……しかも一番の問題は、こういう写真を、繰り返し何枚撮ったところでも、全く同じように同じものが写ってるってことだ。この厳然たる事実を目の前にして、それを素直に認めろ。こんなんだから、女にも振られるんだろ。俺、お前の女の気持ちが痛い程分かるぜ、こんな家で二人っきりじゃ落ちつかないだけで、何も楽しくないだろうに……とにかく、今のお前に出来る最善で、たったひとつの選ぶべき道は引越しだけだ! 」
友人は何枚もの写真を見せながら、俺にそう言った。
「嫌だ。今の俺にそんな金は無い。大体最初に引越しやら敷金礼金やらで、一体幾らかかったか知らないくせに、よくそういうことをしゃあしゃあと言えるな……金払ったの、間違い無く俺だろ」
そう言い掛けた俺の言葉を遮るようにして、友人が口を開いた。
「金とこの現在の状況、計りにかけられる問題なのか。お前、絶対不動産屋に騙されてんだよ。駅前で、築6年の1LDKのエアコン・バス・トイレ付き、月額12,800円、既にその額の時点で疑うだろ、普通。一万二千円って言えば、普通、駐車場代程度でしかねぇぞ。そんなんで簡単に騙されたお前もお前だ」
「いや、特別格安な掘り出し物かと思ったんだが……それに、最初から同居人がいるとは、契約書には記載されていなかったから、それを思うと、これは契約違反行為にならないか。そうなると非力なこの俺が、自分自身の権利を主張する為には、訴えるしか方法が無さそうってことか? じゃあ、俺にここを紹介した不動産屋と闘えと? 」
俺の言葉に、友人がもう一度天井を指差した。
さっきの音は、鳴り止む事無く現在も続いている。
「訴える……? だからどういう展開だと、そういう論理になるんだ。そもそも『これ』が裁判沙汰が通じるような相手か? 」
「やってみなきゃ分からんだろ。それに俺らの全然知らない間に、こういう超法規的措置の有効そうな相手に対する新しい法律が作られてる可能性もある」
「……絶対ねぇよ」
そいつは再び頭を抱え込んだ。
「何なんだよ、そのお前の妙な喋りにまぎれさせられて、何時も途中から訳が分からなくなってくる。ああ、俺まで頭がどうかしてきそうだ。とにかくそんな話はどうでもいい。いいから、早くここから引っ越してくれ」
「嫌だ」
「俺、もうこの家に来るの、真剣に嫌なんだよ、何時ここの『本体』と、直接対決するかしれねぇし。そんなん考えただけでも絶対嫌だ。頼まれても見たくねぇし。しかもきわめつけにお前は最悪に出不精だし。とりあえず家に来いとしか言わねぇし。ここからどうしても引っ越さないなら、俺、絶対もう、お前と友達やめるからな。お前って基本的にはいい奴なのに……何でこんなに変なんだろう」
そいつの言葉は、俺が見る限り、悲壮感のようなものが漂っているように見えた。
「何だよ、悲しいばかりに脆い友情だな。要するに、結局お前だって、最終的には自分のことしか考えてないってことだろ」
「そんなの普通は誰でも見たくないだろ」
「確かに俺も見たいか見たくないかと言われれば、確かに微妙な線だな」
「……」
そいつがまた黙ろうとしかけているのが、分かったので今度は俺がそれを遮った。
「黙るなよ。男二人で至近距離での沈黙は避けてくれ」
「俺だって好きでやってるわけじゃ……あ、今、何となく今思ったんだが……」
「何だよ」
「ここの大家も本当のところでは、かなり後ろめたい思いをしてるんじゃないのか。実際、どう考えたって有り得ないような値段で、お前にここを貸してるわけだろ? ま、現実を知っていたら、流石に良心が痛むってのもよく分かるな。だからって、まさか幾らなんでも、お前みたいな人間が、のこのこやってくるとは誰も思わないだろうがな」
「何なんだ、その『お前みたいなやつ』って……元々さっきも言ったが、俺は基本は無心な人間だから、多少のことじゃ動じないし……慣れればどうってこと……」
そこまで言い掛けた俺に、不意に友人が顔を上げた。
「無心……? いや、お前の場合、無心と言うよりかは、単に究極に無神経なだけ、だろ……? 」
FIN
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