#4/近未来のルポルタージュ

『幸福な無名時代』 G・ガルシア=マルケス 旦敬介訳 筑摩書房

 ガルシア・マルケスは、コロンビアのノーベル賞作家。代表作『百年の孤独』は、掛け値なしに、20世紀文学の最高峰に位置する作品のひとつだろう。奇妙で破天荒な物語が次々に途切れることなく語られ、それがさらに巨大な神話的世界をつくりあげている。人を虜にする麻薬のような本だ。

 本書は、そのガルシア・マルケスがまだ作家になる前、若きジャーナリストだった時期に、雑誌に発表したルポルタージュをまとめたものだ。ところがこれが、凡百の小説よりずっと面白い。それぞれの事件は、必ず主要な人物に密着したかたちで述べられ、その息づかいが伝わってくるようだ。題材がまたすごい。国を追われる独裁者、反体制運動に立ち上がるカトリック神父、女装して脱獄する革命家、ジャングルの先住民の捕囚になった人、ゴミの山の住人、などなど・・・・。まさにラテンアメリカ文学の世界そのもの。ここにあるのは、小説に昇華する一歩手前の実録集、といった印象だ。

 そしてその小説への一歩を踏み出そうとしているのが、本の後半にある「干上がったカラカス」という記事。カラカス市の破滅的な水不足の様子を描いている。しかしこの記事は、現実の記録ではなく、水が枯渇しはじめたことを市民に警告するために書かれた、その時点から数ヵ月後の予測なのだ。人々と社会が、じわじわと迫り来る危機に対して、右往左往し、ちぐはぐな反応を示す様子を、端的な筆で描いている。
 主人公の生真面目なドイツ人男性が、生きるか死ぬかという状況で、「あたえられた1リットルの水を注意深く計算して、翌日の髭剃りのために5立方cmだけとっておいた」とするあたり、すぐれて小説的な味わいではないか。
(1991年初版)

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