#6/侵略戦争の正当性

『インカ帝国の虚像と実像』 染田秀藤 講談社選書メチエ

 古代アンデス文明は文字を持たなかったので、スペインに征服される以前に、“書き残された歴史”というものはなかった。しかし、アンデス文明最後の国家、インカについては、多くの記録文書が残っている。「クロニカ」と総称されるその文書は、スペイン人の征服者や植民者や宣教師などによって、様々な意図から書かれたものである。それらはもちろん、謎の多い過去の事象を知るための貴重な証言ではある。だがはたして、客観的な歴史書としてはどこまで信用してよいものなのか・・・・。

 本書で、染田秀藤はインカに関する代表的なクロニカを紹介すると同時に、それぞれの著述者の持つ社会的立場や目的意識や思想などを検証し、まるでミステリーの謎解きのように、次々にその背後に潜む虚偽や誤解や企みを暴いていく。そしてそこから、“先進”国を自負するヨーロッパが、当時のアメリカ大陸を、いかに“未開”な社会として認識していたかを明らかにし、二つの文明の不幸な出会いという、もうひとつの大きな歴史を浮かび上がらせている。実にスリリングな本だ。

 私はこの本で、アリストテレスの「自然奴隷説」というのをはじめて知った。「人間には、理性に照らして、先天的に人を支配するものと、人に支配されるものがあるという説」だそうだ。スペインの征服者たちは、この考え方を侵略戦争の正当性の裏付けとしたという。とんでもない話だ。
 ただ、当時のスペインにも、この意見に真向から反対し、インディオの生命と自由を守るために戦った人物がいた。ラス・カサス。この人に関する本は、いずれまた取り上げてみたい。
(1998年初版)

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