#7/さまざまな人生が交差する

『旅人たちの南十字星』 佐木隆三 文春文庫

 裏表紙の惹句に、「史上最大の保険金詐取殺人」「二人は台湾を経由してパラグアイからブラジルに逃亡」「著者が彼らの逃避行を徹底取材して描く迫真の犯罪小説」などとあるのを見ると、不謹慎ながらわくわくする。作者がほかならぬノンフィクションノベルの雄、佐木隆三であるからして、面白くないわけがない。

 物語の展開はもちろんだが、この小説の重要な見どころは、殺人者たちが行く先々で接触する、巷の人々の人生模様の生き生きとした描写にある。日本人の新聞記者、日系人の警察官や宿屋の主人、台湾人のマフィアやその家族など、ほんの数ページ登場するだけの人物についても、その生い立ちや性格などが過不足なく語られている。中でも出色なのが、8章「ボアッチの女」に出てくる、「日本語はめったに使わんのじゃ」と古めかしい男言葉しか話せない日系人の娼婦だ。この章だけでも、独立した切ない短編小説として読むことができる。

 佐木の取材は、人物だけでなく、風景の描写にも行き届いている。犯人たちがたどり着いたブラジル奥地の町の様子を、目前の事物だけを箇条書きに並べて表現したところなど、ちょっと詩的な興趣がある。「人を飢餓から救うためのマンゴの街路樹。/船着場から直角にまっすぐ伸びるメインストリートの敷石。/痩せた犬の往来。/柱にくくりつけた干肉。/揚パン。/教会の隣りにある空手道場の黒人師範の稽古着のランニング。/軒先の馬具。/−後略−」・・・・この部分、作者の綿密な取材ノートの、そのままの引き写しではないかと見たが、どうだろうか。
(1980年初版 文藝春秋社)

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