#8/正直な警官

『メキシコ人』 パトリック・オスター 野田隆 他訳 晶文社

 このルポルタージュが書かれた1980年代後半には、私もメキシコに住んでいたので、今再読しても、筆者の体験が他人事とは思えず、懐かしさとともに深い共感を覚える。

 筆者は、アメリカ人の新聞記者。彼は、メキシコ支局長だったある日、日常の取材は「メキシコの錯綜した現実の表面をひっかいているにすぎない」ことに気付き、様々な立場のメキシコ人への克明なインタビューを開始する。この本には、全部で二十人の老若男女の、生活とその意見が紹介されている。その人選は多岐にわたる。家政婦、金持の息子、スラムの医師、政治家、密輸業者、ホモ、霊能者、などなど・・・・。この困難な仕事を通じて、筆者はしばしば、首を傾げ、いらだち、混乱し、嘆いている。その人たちを理解しようとすればするほど、出口のない迷路に入ってしまうのだ。そして得られた結論は・・・・「メキシコ人は、あなたがたや私とは異なるのだ」。これはまたずいぶん乱暴な言い方だが、悪口ではない。気持はわかる。多分筆者はメキシコを愛しすぎてしまったのだ。コケティッシュな異国の美女に振り回されているようなものだ。そこに、私は共感する。

 笑ったのは、第12話「警官」の章。メキシコ市に、絶対に賄賂を受け取らない警官がいるという。そんなことは信じられない。筆者は物陰から彼を観察し、それからインタビューする。警官は立派な人物だった。だがそれでも信じられず、双眼鏡を使って見張ったりする。そして最後に筆者は、深く自分を恥じ入ることになる。どうもご苦労様。
(1992年初版)

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