#15/ふたりの画学生

『メキシコの誘惑』 北川民次 新潮社

 北川民次は、戦前の1923年からの15年間をメキシコで過ごし、絵の創作をしながら現地の児童画教育に力を注いだ。メキシコの日本人画家といえば、まず、民次だろう。この本は、戦後、北川が20年ぶりにメキシコを再訪した折の見聞と、蘇える昔日の思い出を綴ったもの。

 読んで面白い箇所はいくつもあるのだが、一番印象に残ったのは、「私の出会った画家」という一項。
 メキシコ時代、民次には、クニヨシ、リヴェラ、シケイロス、タマヨ、フジタなど、絢爛たる芸術家たちとの交友があったのだが、彼はあえて、自分の人生にとって最重要な人物はほかにいた、と言う。そして彼は、トスタインという無名のデンマーク人青年のことを記している。メキシコに渡る前の10年間、彼はニューヨークで絵の勉強をしているが、トスタインはその時のルームメイトだ。ともに20代の画学生で、お互いに才能を認め合いつつ、競い合っている。民次は彼からドストエフスキーやニイチェなどを学ぶ。だが一方では、民次の夢中になっているマルクスやフロイドを、その友人は毛嫌いしている。そして、時々烈しく論争し喧嘩別れする。しかし数日後には、何事もなかったように下宿部屋でパンを分けあっている。・・・・そんな青春の日々が、一編の美しい短編小説のように描かれている。

 ところで、才気溢れる二人の若者の親密な関係は、トスタインが、突然民次の前から姿を消すところで終わってしまう。その時の置手紙にはこうある。「ポール・ゴーガンの時代に比べると世界はすっかりせまくなってしまった。しかしまだわれわれの興味を引く未開の土地は残っている。さようなら」その言葉に押されるようにして、民次はメキシコへと渡るのだ。 (つづきは#46へ)
(1960年初版)

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