#23/辺境からの異議申し立て

『緑の底の底』 船戸与一 徳間文庫

 日本の冒険小説の第一人者、船戸与一の出発点は中南米だ。デビュー作の『非合法員』はメキシコが舞台だし、文名を一気に高めた『山猫の夏』はブラジルを、続く『神話の果て』はペルーを、『伝説なき地』はベネズエラを舞台にしている。それらの長編群は、世界の辺境からの抗議を込めた、質量ともにまさに超重量級の文学作品だ。

 本書もやはり、南米ベネズエラを舞台にして、ジャングルや抑圧されたインディオや麻薬や、武器を持ったアメリカ人が登場する、血と汗と火薬のにおいのする物語だが、他の作品に比べて異色なのは、主人公の日系二世の青年が世間知らずの純朴で生真面目なキャラクターだということだろう。我々読者は、その青年のしごくまっとうな行動や意見に感情移入しながら、次々に展開する醜悪で残酷な麻薬取引の実態に直面し、怒りを覚えながら、終章のクライマックスへと導かれることになる。船戸作品にしてはずいぶんわかりやすい構造だが、全体の長さやテーマ、ミステリーとしての面白さなどを考え合わせると、この本は、彼の中南米シリーズの格好の入門書といえるかもしれない。

 この作品には、主人公以外にも目を引く登場人物が一人いる。森の中に住むインテリのインディオだ。彼の小屋の隅には本が積んである。それが、マルクスやサルトルやフーコーなどの思想書なのだ。「どうしてそんな本を?」という問いに、「知るためだ」と答える「白人たちが進歩進歩と騒ぎたてたあげく、いま何に苦しんでいるのかをな。どんなこころの病気と闘っているのかをな」。作者はこのインディオの男を、作中最も高潔な人物として描いている。
(1989年初版 中央公論社)

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