#26/希望という名の町

『ノロエステ鉄道』 大城立裕 文藝春秋

 大城立裕は沖縄出身の作家だ。本書は、南米のブラジル、ボリビアなど4カ国を舞台にした短編集で、登場人物は、ほとんどが日系移民の人たち。南米には沖縄からの移民が多いので、作者はこのテーマを選んだのだろう。

 表題作の「ノロエステ鉄道」は、ブラジル日系一世の老婆の語る半生記。日本での結婚、笠戸丸による渡伯、雇用人夫としての労働、第二次世界大戦、戦後の混乱と夫の死、などが一気に語られる。まるごとひとつの人生が開陳される、大変に密度の濃い小説だ。
 若き日に“移民”という大きな決断をしたこの女性は、生涯そのことの是非を自分自身に問い続けることになる。老女は「移民に金儲けの夢をつながなかったといっては嘘になりましょうが、底の事情は違うのです。」と告白する。彼女と夫は、もともと沖縄で裕福な暮らしをしていたのだが、戦争への徴兵を逃れるために、数年のつもりでブラジル移民に応募したのだった。・・・・そしてその後ろめたい秘密を抱えたまま、帰国できずに七十年が過ぎた。「沖縄でもたくさんの戦死者を出したというのに、ブラジルへ逃げてきて、−中略− 腑甲斐なさに、恥じいるばかりです。」と自分を責める。その精神の軌跡は平坦ではない。
 これは、世界の片隅にあったひとつの非凡な人生を、そっとすくいあげたような物語だ。

 ノロエステ鉄道というのは、多くの日本人が工夫として雇われ、サンパウロまで敷かれた鉄路だそうだ。その出発点がエスペランサの町。作中特に説明はないが、「エスペランサ」は「希望」という意味。物語の最後では、老婆の孫が、その鉄道の運転士になる。
(1989年初版)

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