#34/ラジオの流れる街

『三つの迷宮』 パコ・イグナシオ・タイボ二世 佐藤耕士訳 ハヤカワ・ミステリ

 メキシコシティは、人口二千万を擁する世界有数の大都会だ。その成り立ちは古く(アステカの首都だった)、構造はひどく複雑で、今も野放図に増殖し続けている。空を灰色のスモッグが覆い、断水や停電は日常茶飯事だ。しかしだからこそ、何事にも管理の行き届いた先進国の街とは別の魅力がある。
 本書はメキシコの作家による私立探偵小説。都会の混沌を描くのに熱心なハードボイルドには、メキシコ市はまさにうってつけの舞台だ。

 題名のとおり、主人公の探偵エクトルは、同時に三つの難事件の調査を依頼され、昼も夜も、大都会メキシコ市の北へ南へと、運命の波に流されるように移動し続ける。「三つの迷宮」とは、第一に、メキシコ革命の英雄サパタにまつわる歴史的な迷宮、第二に、工場の労働組合運動にかかわる社会的な迷宮、そして第三に、命を狙われている少女に関する個人的な迷宮である。三つの無関係な事件が交互に展開し、物語は重層的で奥の深い世界を表現していく。
 おそらく作者の描きたかった、最大の謎、出口の無い迷宮は、とらえどころのないメキシコという社会そのものなのだろう。「−いずれにせよ、より複雑に絡み合っていることこそ、現実が小説に優っている所以ではないだろうか?」と、探偵は考えている。

 物語の随所に挿入されるカーラジオのDJの言葉が効果的。こんな具合だ。「−おれたちは暗闇の歩哨だ。メキシコシティと自称するこの年老いた淫売の、悪夢の眠りを見張るんだ。この淫売が眠るあいだ、おれたちは生きている。−」
(1994年初版)

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