#35/スズメが来た日

『追放者』 ホセ・ラトゥール 酒井武志訳 ハヤカワ・ミステリ文庫

 政治、経済そして思想上の理由から、生まれ育った祖国を捨て、命がけで移民や亡命をする人々がいる。しかし、新聞やテレビの報道からは、その人たちの複雑な心情を知ることはむずかしい。
 本書は、キューバからアメリカへの亡命者を主人公とした、波乱に富んだ犯罪小説。登場人物の言動を通して、故国への愛憎、新天地への希望と嫌悪などが、率直に伝わってくる。彼らの心は両国の間で揺れ動き、「キューバもアメリカも、同じ根本的な社会問題をかかえている。制度が極限にまで進んだことだ」という感想を持つ。

 “スズメが来た”とは、ホームシックにかかった時に使うキューバの言い回しだそうだが、物語の中盤、主人公エリオットが祖国の情景を回想する場面は、詩的で美しい。一部を紹介しよう。「−−ハバナは、二時のメロドラマに合わせたラジオ、物干し綱にかけた濡れた下着でもあった。バスケットをやるために街灯に慎重に釘づけした金属の輪。上り坂を行く自転車。吸い殻をまわし飲みする連中。すばらしい風景画でいっぱいの画廊。とぼいしい配給の中から患者がわけてくれたいれたてのコーヒーをすする、かかりつけの医者。すみにいる三人の男が、ピンクのスパンデックスのショーツをはいた、尻の大きな若い女性にわいせつなことを言う。−−」

 作者は元キューバ財務省の高官で、小説家になってからも家族と共にハバナに住んでいるという。巻末の解説子も「このリアルさにカストロが顔をしかめる様が浮かぶようだ」と書いているが、国の窮状の赤裸々な描写や、容赦のない体制批判には、驚かされる。
(2001年初版)

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