#37/嘘と本当のカオス

『ベラクルス』 堂垣園絵 講談社

 題名は「ベラクルス」(メキシコ東海岸の港町)だが、この小説の舞台はメキシコシティだ。そして、1968年メキシコ・オリンピックの年の学生運動に対する大虐殺事件という、メキシコ現代史の封印されたトラウマが、30年後のこの物語の底には流れている。ベラクルスは、破滅や再生を象徴する地名として、作中で語られる。

 メキシコシティは、あまり美しいとは言えない街だが、作者はその雰囲気を登場人物の感想として文学的に表現している。「−−グアダルーペはこの街が嫌いだった。−中略−犬も猫も人間も、蠢きながらそれぞれの境を消して生きている。空気は吐息の固まりで、ネズミやサソリが吐いた息でさえ、そのまま誰かが吸う−−」。作者自身も、そんなメキシコシティを嫌悪しながら、しかし、この街に触発され、幻惑されて、この物語を生み出したのではなかろうか。登場人物たちは皆、都会の隅で呼吸困難に陥りながら、ベラクルスの雨後の海辺のような明るい世界へ抜け出せないものかと、もがいている。そして、それぞれの心的外傷を癒そうと、誰かに「届かない手紙」を送り続けている。あるいは待ち続けている。

 メキシコについて、作中のグアダルーペはこのようにも語っている。「−−だれも嘘を言ってなくても、片っ端から嘘になるのよ。嘘を言っても共鳴する他者がいれば簡単に事実に成り代わるし、そんな嘘と本当がごっちゃになっているのが現実じゃない。とんだカオスだわ。そしてそのカオスがそのままメキシコなのよ。−−」
(2001年初版)

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