#41/神に似ている!

『諜報員マリータ』 マリータ・ローレンツ/テッド・シュワルツ 北澤和彦訳 新潮社

 ドイツ生まれの女性の驚くべき半生記。書かれていることのどこまでが真実なのか、確かめるすべはないが、語り口は非常に率直で、臨場感がある。波乱万丈の人生だ。

 主な出来事だけを並べてみても、革命直後のキューバでカストロの愛人になり、米国でCIAの工作員になり、カストロの暗殺を命ぜられ、次にベネズエラの元独裁者マルコス・ヒメネスの愛人となり、さらにJ・F・ケネディの暗殺に関わる、といった具合。
 善悪や通常のモラルを超越していて、「大胆で冒険好きな、内なるわるい女の子」の衝動のままに、美貌と才知と一途な思い込みを武器に、国際政治の裏側を渡り歩いていく。
 またその間、アメリカという国が、外部の仮想敵、たとえばキューバのカストロを「消さないかぎり、西側文明は生き延びられない」といったプロパガンダをさかんに行っていたという−−その様子を、体験的に語っている。

 革命直後に、ニューヨークを訪れていた際のカストロの言葉が、妙に印象に残る。彼はホテルの鏡に映った自分の姿を見て、こう言ったそうだ。「キリストそっくりじゃないか、え? あごひげを生やしていて、三十三歳で、神に似ている!」−−ここだけ引用すると誤解が生じそうだが−−その台詞には、血気盛んな若き革命家の、得意と、自信と、無邪気さと、強気と、楽天性と、夢想性と、危うさと、その他もろもろが、混在しているように思える。この時点で彼は、自分はアメリカに歓迎されていると、思っていたそうだ。
(1997年初版)

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