#44/カリブの黒人霊歌

『ぷえるとりこ日記』 有吉佐和子 岩波文庫

 1960年前後の古い小説だが、岩波文庫で再版された。作者は1959年に米国の大学で勉強したそうだが、この小説は、その折の体験が下敷きになっているようだ。−−米国の名門女子大の学生たちが、プエルトリコへ調査旅行へ行く、という体裁になっている。プエルトリコは、米国の自由連合州という位置づけであり、さまざまな問題や矛盾をはらんだ島国だ。

 プエルトリコの不幸な歴史や、富と貧困、独立問題、また一方では、音楽と祭の大好きな国民性などが、さまざまな場面で語られる。そして本書の大きなテーマは、差別の問題だ。登場人物は、米国人(白人)はもちろん、黒人、ドイツ人、日本人、メキシコ人、ユダヤ人、そして、プエルトリコの貧者と金持など、まさにサラダボールのように多彩だ。そこで起きる大小の差別にかかわる出来事を、文学者有吉は、決して単純な社会正義の善悪二元論で割り切るということはしない。歴史や文化や習慣や経済格差や主義などが複雑にからみあい、さらに全体を滑稽な誤解が覆っている様子を、風刺の効いた筆で描写している。

 物語の前半で、黒人の女学生が、プエルトリコの学生たちを前に泣きながら黒人霊歌を歌う場面がある。「−これは私の先祖の歌です。それはおそらく、一部のプエルトリコ人たちの先祖と同じ思いを唄ったものに違いありません−」と、彼女は宣言する。しかし残念ながら、その静かで重苦しい歌はみんなを退屈させ、気を滅入らせ、結局拍手も起こらない。−−この場面は、おそらく作者の実体験からきているのだろう。そうでなければ書けないと思う。世界では、現実には、絵に描いたような「連帯」は、なかなか実現しないということだ。
(1964年初版 文藝春秋新社)

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