#45/ロシナンテの肋骨

『チェ・ゲバラ伝』 三好徹 原書房

 カリブ海の小国キューバは、社会主義体制の下で、さまざまな問題は抱えながらも、教育、医療、農業などの分野で高い文化水準を維持し、米国の経済制裁に耐えて、自主独立の道を歩んできた。それはもちろん、フィデル・カストロという卓越した指導者がいたからであるが、同時に、チェ・ゲバラという高潔な人物の精神が、今も生きているからではないだろうか。

 本書は、そのゲバラの生涯を丹念にたどる。革命家・思想家としての業績については知っていたが、その人間的な逸話の部分に目を引かれた。なかでも、彼が生来の“放浪者”であったということ。13歳の時にアルゼンチンを無銭旅行してから、キューバ革命後の38歳の時に「もう一度わたしは足の下にロシナンテ(ドン・キホーテの馬)の肋骨を感じています。盾をたずさえて、再びわたしは旅をはじめるのです」という手紙を残してボリビアの革命戦線へ赴き、最期を迎えるまで、チェの生涯は、旅また旅の繰り返しであった。−−多分それは、彼が権力や富に全く関心がなかった、むしろそれらを忌み嫌っていた、ということと表裏一体なのだろう。

 チェがメキシコで勤務医として働いていた時、子供が生まれて生活に困窮した彼は、個人的な診察のアルバイトをすることにした。だがその往診の途上、独立の指導者シモン・ボリバールの銅像の前で足をとめて、顔を歪め、友人にこう言ったそうだ。「医師は白い上着を着て白い靴をはいて、病人から金をしぼりとっている。だが、そういうことをすべきではないんだ。−中略−この日ごろの持論を破るわけにはいかない。こんなアルバイトはよすよ」−−なんという理想主義だろう。だが彼は、生涯その理想主義を貫き通した、稀有な人物であった。
(2001年新装版発行)

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