#48/世界を演出する日本人

『自由人佐野碩の生涯』 岡村春彦 岩波書店

 戦前、左翼演劇人だった佐野碩(セキ・サノ)は、治安維持法違反で逮捕された後、ニューヨーク、ベルリンを経てモスクワへ逃れ、当時の最先端の演出技法を学ぶ。その後、スターリン粛清により追放され、パリに渡るが、日本の特高警察に追われ、またニューヨークへ入る。その米国のビザも切れるという時、世界のどこにも行き場を失った彼を、唯一受け入れてくれたのが、憲法により政治亡命者を容認する、メキシコだった。

 戦中、戦後、佐野は大変な苦労をしながら、「メキシコ演劇の父」となり、その名は世界に知られるようになる。しかし、その間20年、彼は一人の(!)日本人にも会ったことがなく、彼は語学の天才でありながら、日本語の会話が不自由になってしまったという。私が本書を読んで驚いたことの一つは、この世界的な芸術家であるセキ・サノを、日本国も日本人も、メキシコの日系社会も、長い間、全く知らずにいたか、あるいは無視していた、という事実である。

 セキ・サノの生涯を追ったこの大部の労作を、短い文章で紹介することは難しい。終章の一文を引用しよう。「セキ・サノの生涯は、文字どおり世界を股にかけた、知的な闘いの連続だった。世界を舞台に活躍する人はいる。知的な高みに上り詰めてゆく闘いの人生を送る人はいる。しかし、その二つを重ね合わせ、しかも、母語だけでなく、フランス語、ドイツ語、ロシア語、英米語、スペイン語を駆使し、それぞれの文化圏の一流の人々の渦中で、人々を説得し組織し、作品をつくり上げ、知的信頼の輪を広げる、そのスケールは演劇人という範疇には収まらない。」
(2009年発行)

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