須月 研児

1.


 観光バスから日本人の団体を降ろし、テキーラ工場へ送りこんだ。
 中では、タンクや蒸留機などの製造工程をぐるりと見学させられ、テキーラの試飲をして、最後に土産物売場へ案内される。一時間半はかかる行程である。
 泉葉二は、工場の扉の外に残り、我慢していた煙草に火をつけた。バスの運転手に、時間に念をいれて、一時間の休憩を与えた。
 泉は、バスの中でひと眠りしようかとも思ったが、冷房を切った車内は蒸し暑いのがわかっているので、やめにした。道端のレフレスコ(清涼飲料水)売りからコーラを買った。売り子は、瓶の中身をビニール袋に移し、ストローを刺してよこした。
 少し町を歩いてみることにした。
 テキーラ工場以外には何もない田舎町である。小さな土産物屋が二、三軒ある。稚拙な作りの織物や銀製品や焼き物が、日に晒されて並んでいる。
 店番の女が、
「バラート(安いよ)」
 と、おざなりな感じで声をかけてくる。
 路地を曲がった。白く塗られたレンガの家が両脇に続き、道の片側は濃い陰になっている。少し先で町は途切れ、その向こうは、荒れ地と雲ひとつない空だ。
 泉は、イタリアの画家キリコの画を思い出した。もちろんここには、キリコの画の中にある石の像も、奇妙なオブジェも、機関車もない。そのくせ、キリコの画以上に非現実的な印象を受ける。
 二十世紀初めのシュルレアリストたちは、メキシコに憧れた。ここにはありのままの“夢”の世界があると、彼らは思ったのだろうか。この国で使われる言葉スペイン語で、<スールレアリスモ>は<超現実主義>だが、<南のリアリズム>という意味にもとれる。
 その時、動くものの気配を感じて、彼は振り返った。
 ロバが近づいてくる。重い足どりで、砂の道を踏みしめながら歩いてくる。麻袋を振り分けにして背負い、その上に男が乗っている。男は汚れた白い服を着て、麦藁帽子を目深に被っている。人間と、麻袋と、ロバが、ひとつの塊となって、揺れながら進んでくる。
 泉の前を通り過ぎる時、男の頭が動いて、帽子の鍔の下の顔が見えた。
 目と目が合った。一瞬だったが、その時、泉は、男の瞳の中にかすかに動くものを見たような気がした。
 男はすぐに元の姿勢に戻り、自分のロバと一体になった。
 泉は、男の帽子からはみ出した黒い直毛を目で追った。
 日本人か?
 多分気のせいだろう。メキシコのインディオと日本人は、時々驚くほど似ていることがある。
 男とロバは、まっすぐに南の荒れ地の方へ向かって行く。男が軽くロバの腹を蹴った。
 白い小さな蝶が、後を追うようにして飛んでいった。
 一時間半が過ぎ、工場の扉から日本人の団体が吐き出されてきた。上機嫌の頬をほんのりと赤く染め、手に手にテキーラの入った紙袋を提げている。
 かたかたと回転する歯車の音のような日本人のおしゃべりが、列になって、バスの中へ吸い込まれていく。
  

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