オペラ御殿 メインメニュー戻る
1824



ZORAIDA DI GRANATA Rivised Version 1824

初演:1824年1月7日、ローマ、アルジェンティーナ劇場
台本作家:バルトロメオ・メレッリの台本をヤコポ・フェッレッティが改訂

 1823年10月の半ば、ドニゼッティはローマに戻ります。ここで彼はまず「ゾライーダ」を改訂することになっていました。台本の手直しはロッシーニとの協力関係でも有名なフェッレッティが担当しました。
 しかしドニゼッティは彼の大幅な改訂にかなり不満だったようで、「この仕事は手に余る」と嘆いています。
 初演の反応は前回を上回ることはありませんでしたが、取りあえず一月は上演されたので失敗と言うほどではないでしょう。

Ford,Cullagh,Austin Kelly,Hargreaves,Pastorello,Natoli,Montague
Academy of St Martin in the fiels
Parry
London,October & December 1998
OPERA RARA ORC17


L'AJO NELL'INBARAZZO

(ブッファ、2幕)
初演:1824年2月4日、ローマ、ヴァッレ劇場
台本作家:ヤコポ・フェッレッティ
原作:ジョヴァンニ・ジラウド伯爵「当惑した家庭教師」(1807)

 ドニゼッティの1820年代前半の作品のうちもっとも評価が高い、と言うよりもっとも楽しまさせてくれる作品が、この「当惑した家庭教師」です。
 この作品の大きな特徴は、設定が非常に現実的なことにあります。ブッファであればある程度荒唐無稽の場面はありそうなものなのですが、この作品ではそうした要素はほとんどなく、徹底的に現実主義です。特に親に内緒で子供までもうけてしまったバカ息子と、かわいらしいが勝気なその恋人と言うのは不気味なまでにリアルで、それがまた笑えます。原作の精神をフェッレッティがブッファの伝統的な配置にうまく適合させています。
 ドニゼッティの音楽はしばしばロッシーニの影響から抜け出せていないと言われます。まあ確かにそうなのでしょうが、しかしこれは20年代中頃のイタリアオペラ界全体の課題で、ドニゼッティに限った話でもないのでそれをあげつらってもしかたのないことです。むしろその中に現われる様々なドニゼッティの個性を楽しむべきでしょう。
 なおアシュブルックをはじめ多くの本が、この作品がナポリ向けに改訂され「ドン・グレゴーリオ DON GREGORIO」という題名でヌオーヴォ劇場で上演されているとしていますが(後述)、この時の題名はオリジナル通り「当惑した家庭教師 L'AJO NELL'INBARAZZO」です。「当惑したドン・グレゴーリオ DON GREGORIO NELL'INBARAZZO」という題名で上演されたのは1825年7、8月の時のもので、この時の音楽はローマの初演時のものと大差なかったと考えられています。

Corbelli,Barbacini,Serra,Gobbi,Dara
Orchestra del Teatro Regio di Torino
Cempanella
Torino,April 1984
ITALIA FONIT CETRA CDC 81

 文句のない名演です。セッラはこうしたカマトト娘役では絶品です。


EMILIA DI LIVERPOOL

ドランマ・セミセーリオ・ペル・ムジカ(セミ・セリア、2幕) 初演:1824年7月28日、ナポリ、ヌオーヴォ劇場
台本作家:?
原作:恐らくコツェブの戯曲「エミーリア」(但し未確認)およびそれを翻案したオペラ

 ドニゼッティは「当惑した家庭教師」を上演するためにナポリに戻りますが、これは実現しませんでした。変わりにヌオーヴォ劇場と新作の契約をします。そうしてできあがったのがこの「エミーリア・ディ・リヴァプール」だったのです。
 題名がなんとなく「ルチーア・ディ・ランメルモール」に似ているので、これも同傾向の作品では?と勘違いされがちですが、実際はロマン的要素は控えめの感傷的な物語です。
 エミーリアは、父が行方不明、母はエミーリアが家出をしている間に亡くなり、彼女は自分の行いを悔いて打ちひしがれています。そこに旅の一行が嵐に巻きこまれてやってくるのですが、その中に彼を 誘惑して捨てたフェデリーコがいたのです。さらにアフリカから奇跡的に生還したエミーリアの父クラウディオが一家を破滅に導いたフェデリーコの正体に気付き、復讐を計画…。と、この話が軸になっているのですが、これにドン・ロムアルドという、ナポリ方言を話すスペイン人(?)でフェデリーコを秘書として雇っていて、以前エミーリアに求婚することになっていたのをフェデリーコに奪われ、今はルイージャという若い娘と婚約したものの彼女もフェデリーコに誘惑され、というゴチャゴチャした設定のブッフォが加わって、ややこしいです。
 題材としてはパイジェッロの「ニーナ」やピッチンニの「善良な娘」の延長線上にあるもの。エミーリアには激しい感情はほとんどなく、ただひたすら嘆き悲しむばかりで余り存在感がありません。しかも結局最後にはフェデリーコが許され、エミーリアと結婚(ついでにドン・ロムアルドとルイージャも結ばれる)するというのです!これは余りにも安易でしょうし、この時代でも既に時代遅れだったでしょう。また第1幕が非常に長く、展開がコンパクトでない点もマイナス要素です。
 形式的には、レチタティーヴォセッコではなく地の台詞を用いるというナポリ風ブッファの作りになっています。このような感傷的な作品ではどうも退屈してしまう気がします。また音楽そのものも、良い部分もあるのですが、今一つ決め手に欠けるような気がします。
 そんなこんなでこの作品は冷淡に迎えられ、7、8月に6回、さらに11月に1回の計7回の公演で終了してしまいました。
 しかしおそらくドニゼッティは愛着を持っていたのでしょう、後に改作することになるのです。
 なお、時々この作品はサザランドが蘇演したと紹介されていますが、これは二重に誤っています。詳しくは「リヴァプールの隠れ家」で述べます。

Kenny,Mason,Mills,Dolton,Bruscantini,Merritt
Philharmonia Orchestra
Parry
London,November-December 1986
OPERA RARA ORC 8

 余りピンと来ない演奏です。台詞は全てカット。


Intoroduction
1818 1819 1820-1821 1822 1823
1824 1826 1827 1828 1829
1830-1 1830-2 1831 1832 1833
1834-1 1834-2 1834-3 1835-1 1835-2
1835-3 1836 1837 1838 1839
1840 1841 1842 1843 1844
1845 appendix


ドニゼッティ御殿目次

オペラ御殿 メインメニュー戻る