IL PARIA
(セリア、2幕)
初演:1829年1月12日、ナポリ、サンカルロ劇場
台本作家:ドメニコ・ジラルドーニ
原作:カシミール・ドゥラヴィーニュ「ラ・パーリア」(パリ、1821)
この「パーリア」は、この時期のイタリアオペラの中でも大変な力作であるにもかかわらず、全く埋もれてしまっていた作品です。
パーリアというのはインドの最下級身分のことです。インドにはカースト制度という悪名高い身分制度があります。しかしそのカーストのさらに下に位置付けられてしまった人達がパーリアなのです。不可触賤民(untachable)とも呼ばれます。彼らは、見るだけで汚れるとされるほどカーストに属する人達から大変厳しい差別を受けていました。
これに対して、バラモン教(古代アーリア人の宗教)における司祭階級バラモン(ブラーフマナ)はカーストの最上位に置かれていました。
こうした厳しいインドの階級社会がこの物語の背景にあります。
バラモンの僧たちがポルトガルとの戦いに勝利したイダマーレが無事戻るように祈っています。その中の独り、バラモンの長である高僧、アケバーレは、イダマーレの人気が高まることで自分の影響力が衰えることを危惧しています。人々が集り、アケバーレが彼らの前に出ると突然、アケバーレの娘、ネアーラが恐怖に慄いた様子で掛けこんできます。アケバーレは彼女に何があったのが尋ねます。彼女は夢の中で、蛇が彼女を一人のパーリアと結びつけられたというのです。アケバーレは彼女に救いを与え、彼女を勇士と結婚させると言います。アケバーレは娘とイダモーレを結婚させ、自分の権力を保持しようと考えたのです。ネアーラはイダモーレと愛し合う仲となっていたのですが、彼はアケバーレには従わないので、結婚する相手が別の人になってしまうだろうと悲しみます。人々が去り、ネアーラと女僧ザイーデが残っていると、そこへ一人の老人が弱々しく現れます。パーリアの一人、ザレーテです。彼は5年前にいなくなった息子を捜しつづけているのです。ネアーラとの会話から、自分が今バラモンの寺院のそばにいること、そして捜しつづけた息子イダモーレが戦士のリーダーになっていることを知ります。一人になり、ザレーテは息子と再会できることを喜びます。バラモンの寺院。イダモーレがそっとやってきて、ネアーラの手紙を読みます。彼女は誰か別の男と結ばれるくらいなら死ぬ、と彼への忠節を誓っています。そこへザレーテが。彼は再会に喜ぶものの、イダモーレが敵の服装をしていることに腹を立てます。イダモーレは家を出てからポルトガル軍を打ち破り英雄となるまでを打ち明けます。ザレーテはイダモーレを連れ帰ろうとしますが、イダモーレはネアーラを愛しているのでできないといいます。一族の踏みにじった敵の娘を愛していることにザレーテは怒ります。イダモーレはザレーテと共に去ることを約束しますが、もう一度ネアーラと会いたいと懇願、ザレーテも許します。ところが、イダモーレはアケバーレから、結婚の相手が当のネアーラだと聞かされ喜びます。ネアーラは大喜びします。しかし父との約束があるイダモーレは困惑し、自分の素性をネアーラに告白します。彼女は初め当惑しますが、しかしイダモーレと運命を共にし、婚礼のあと逃走する決心をします。一方ザレーテは待たされつづけ、バラモンがパーリアを虐殺したことを思い起こしています。そこへネアーラとイダモーレの結婚を祝う声が。怒り狂ったザレーテは寺院へ向かいます。荘厳な会場で二人の結婚式がとりおこなわれています。そこへ突然ザレーテが連れてこられ、式は中断されます。ネアーレとイダモーレはザレーテを助けるよう懇願しますが、アケバーレは聞きません。ついにイダモーレは自分がザレーテの息子だと告白します。親子は死を宣告され、ネレーアはイダモーレの後を追う覚悟をします。アケバーレ一人、絶対的な力を持ったことを喜びます。
アリアはどれも良く書かれています。
イダモーレのアリア"Lontano, io più l'amai..."は、前奏曲と長めのシェーナを伴ったもの。前奏曲からチェロのソロのオブリガートが美しく絡み、これはネアーラを失うと思い嘆くカヴァティーナのやわらかい音楽でも効果を上げています。一方カバレッタの"Fin dove sorgono"はキッパリしたものに転じ、若き英雄らしさを盛りたてています。
ネアーラのアリア"Parea che mentre l'àloe"は、登場のアリアがいきなり狂乱の場、といったもの。前半は途切れ途切れの語り調で、あまりアリアという感じがしませんが、その分劇的な表現への工夫があちこちに聞かれるものです。一方イダモーレへの忠節を誓うカバレッタ"Ah che un raggio di speranza"は、ハープの分散和音に彩られた美しいもの、と対比がうまく出来ています。
しかしこれら以上に見事なのが、ザレーテのアリアです。これは前奏を含めると実に15分を超える大きなアリアで、そこにバスの力強い魅力をたっぷり込めています。シェーナにあたるレチタティーヴォからして非常に劇的で、夜の暗闇の中、壁に彫られたパーリアの虐殺の絵を見て怒り、そして悲しむという起伏が大きいもの。そして虐殺の様子を思い出し嘆き悲しみ歌うカヴァティーナ"Qui pel figlio una madre gridava"はドニゼッティならでは熱が宿っています。これは中断されるように婚礼を祝う舞台裏からの華やかな合唱に移ります。その後、息子に裏切られたと思い歌うカバレッタ"Questa adunque, o figlio ingrato"では、徐々に怒りが燃えあがるように見事に作られています。
ザレーテには第1幕にも、息子を発見できるという希望に喜ぶ"Il figlio è qui!"があり(これはネアーラとの二重唱のカバレッタの役割を担っています)、これもリズミックなよいものです。
おもしろいことに四人が同時に舞台に上がるのは第2幕のフィナーレも終わりに近づいてから。したがってこの作品には込み入ったアンサンブルの曲がありません。全体として二重唱に重要性を持たせています。
通常コンチェルタートで終る第1幕のフィナーレは、イダモーレとザレーテの二重唱という、当時としては大変珍しいものです。
音楽的には第2幕のイダモーレとネアーラの二重唱(長いシェーナを持っており、ここでイダモーレは自分の自分の素性を明かします)が聞き応えのあるものです。これは三部構成の大きなもの。
惜しいのはまさに幕切れで、合唱をほとんど用いない“四重唱のフィナーレ”という野心的なものなのですが、いかんせん音楽が明るく、このオペラを締め括るにはやや物足りない印象があります。
初演はアデライーデ・トージのネアーラ、ジャンバッティスタ・ルビーニのイダモーレ、ルイージ・ラブラーシュのザレーテ、ジャンバッティスタ・カンパニョーリのアケバーレという強力な面々。ことにルビーニとラブラーシュが名唱を聞かせたことは想像に難くないのですが、残念ながら公演は成功というほどにはなりませんで、6回上演されて終ってしましました。その理由は、初演がフェルディナンド1世の皇太子(後のフェルディナンド2世)の19歳の誕生日を祝う記念公演だったのに、「パーリア」の内容がそれにそぐわなかったから、などとも言われていますが、必ずしもそれが理由と言うわけでもないでしょう。
ドニゼッティは手紙で手直しをしようと思うと述べていますが、結局そうはならず、「パーリア」はその後全く埋もれてしまったのです。
もっとも、この力作をほったらかしにするドニゼッティでもなく、素材は「アンナ・ボレーナ」や「トルクアート・タッソ」、「アルバ公」、「ルクレツィア・ボルジャ」などに転用されています。
ある意味では、「パーリア」は1829年のイタリアオペラとしてはもっとも先端を行っていた作品なのでしょう。充実したキャストで上演されれば現代でも十分通用する作品です。
Cigna, Castiglioni, Bronikowski, Verducci
Orchestra "Pro Arte" Marche
Berdondini
Faenza, 6-8 April 2001
BONGIOVANNI GB 2300/1-2
ファエンザのマジーニ劇場でのライブとありますが、おそらく演奏会形式だったのではないでしょうか。とにかく作品を音で知ることができるのはありがたいです。
歌手ではネアーラを歌うチーニャが一番安定しています。少々荒っぽいですが、ブロニコフスキのザレーテも迫力があって楽しめます。残念ながら肝心のイダモーレを歌うカスティリョーニが喉を痛めていたようで、まったく話にならない歌で終わってしまっています。
いずれ充実したキャストの録音を期待しましょう。
IL GIOVEDI GRASSO
ファルサ
初演:1829年2月26日、ナポリ、フォンド劇場
台本作家:ドメニコ・ジラルドーニ
原作:モリエール「プルソーニャック氏」
→ウジェーヌ・スクリーブとデレストル・ポワソン「新プルソウニャック氏」
この「カーニヴァルの木曜日」は、ドニゼッティお得意のファルサです。ニーナはテオドーロと愛し合っているが、軍人であるニーナの厳格な父は彼女にエルネストという婚約者をあてがう…、という設定は毎度おなじみのものです。
しかしこの作品はちょっと一ひねりがあります。こういう場合騙されるのはたいていあてがわれた婚約者な訳ですが、ここでのエルネストは一枚上手で、カップルに同情してエルネストを騙そうとしたシジスモンドとカミッラの夫妻を逆にだましてしまいます。シジスモンドは妻への嫉妬深さをエルネストに利用され、まさにドタバタ。
結局はエルネストの取り計らいでカップルは無事結ばれるわけですが、通常の枠組みをひっくり返しているだけに、非常にスッコケた作品となっています。
とまあ、原作のヴォードビルの面白さが先に立つ作品ではありますが、しかし音楽面での充実も忘れてはなりません。とりわけエルネストに与えられた音楽は、とてもファルサとは思えないほどのかなり高度な要求をされています。
このエルネストを創唱したのは、なんとジョヴァンニ・バッティスタ・ルビーニなのです。ルビーニといえばドニゼッティでは「アンナ・ボレーナ」のペルシを創唱、またベッリーニの作品でも忘れてはならない重要な名テノールでした。ファルサといってバカにできない音楽なのも当然といえば当然です。
一方のシジスモンドはルイージ・ラブラーシュが演じました。ナポリ方言で動き回るこの名ブッフォがウケたのは想像に難くありません。
というわけで、非常に良く出来た作品で、特に近年頻繁に上演されるようになっています。しかし初演時は、フォンド劇場で2回上演された後、サンカルロ劇場で3回上演、さらに翌年にも再演されているくらいで、やがて闇に消えてしまいました。ファルサですから長生きしないのは当然のようなものではあるのですが。
なおこの作品は長い間1828年の秋頃に上演されたと言われてきましたが、現在では上記の日とほぼ断定されています(バルブラン/ザノリーニの本ではまだ従来のままです)。
Benelli,Peters,Gomez,Davia,Esparza,Williams
Radio Telefis Eireann Symphny Orchestra
Atherton
Wexford,1970
FOYER 1-CF-2036
マイナーオペラを取り上げることで有名な、アイルランドのウェクスフォードフェスティヴァルでのライブ。
録音が余り良くありませんし、歌手のレヴェルもかなりでこぼこがあります。指揮もかなり大雑把で帳尻が合えば良しといった感じですが、しかしファルサの持つエネルギーは十分です。エルネストを歌うベネッリが登場からハイテンションでガンガン飛ばしています。
Loomis,Rizzoli,Malacarne,Catalani,Minetto,Bassi-Ferrari,Oncina,Rovetta
Orchestra della Radiotelevisione della Svizzera Italiana
Loehrer
Lugano,February 1961
NUOVA ERA 1131
スイスイタリア語放送の録音。ただでさえスタジオ録音でハメが外せないところに、指揮者がまた実に真面目な人らしく、なんとも行儀の良い演奏になっています。
シジスモンド役はこちらのカタラーニの方が上のように思いますが、エルネスト役のオンチーナは声にヌケがなく聞いていて苦しいです。
音は放送局の録音らしく良好(モノーラル)。
ELISABETTA AL CASTELLO DI KENILWORTH
初演:1829年7月6日、ナポリ、サン・カルロ劇場
台本作家:アンドレア・レオーネ・トットラ
原作:ウォルター・スコットの小説「ケニルウォース」
→オーベールのオペラ「レスター」へのユジェーヌ・スクリーブの台本
→ガエターノ・バルビエーリの戯曲「ケニルウォース城のエリザベッタ」
「ケニルウォース城のエリザベッタ」はいくつかの点で注目すべき作品です。第一に、題名から分かる通り、ウォルター・スコット原作のイギリスの王朝の物語を題材にしていること。これはロッシーニ以来のスコット・ブームを継承するものであり、またドニゼッティにとって「アンナ・ボレーナ」以降のイギリス趣味を先駆けるものです。
第二に、グラスハープを使っていること。グラスハープは、ワイングラスをぬれた指で触れて音を出す原理で、ペダルでガラスの筒を回転させ、それに触れることで独特の透明な音を奏でられるようにした楽器です。R・シュトラウスの「影の無い女」などにも出てきますが、響きの美しさはともかく、音量が無いので劇場ではほとんど聞き取れません。しかしドニゼッティはこの楽器が気に入ったらしく、。彼が後に「ルチア」の狂乱の場でもこの楽器を使おうと考えたのは有名な話です。
残念なことにトットラの台本が絶えられないほど稚拙で、初演もあまり好評ではありませんでした。主役が病気になったこともあり、上演は7月にはわずか5回、9月に再演され翌年の3月までに10回ほど上演されました。さらに4回の公演が散発的にあり、そして闇に消えてしまいました。 ちなみにこの公演のあと、ドニゼッティは夫人の出産を彼女の実家で行うため二人でローマに向かいます。7月29日、長男が生まれます。しかしこの赤ん坊は8月11日には亡くなってしまいます。しかし彼にはさらに過酷な悲劇が待ちうけていたのです。
Devia, Mazzola, Kundlak, Anderson, Striuli, Foti
Orchestra di Milano della RAI
Latham-König
Bergamo, October 1989
OPERA RICORDI FONIT CETRA RFCD 2005
ベルガモのドニゼッティ・フェスティヴァルでの録音。デヴィーアが全体をキリリと引き締める存在感を持っています。
アルモニカ(グラスハーモニカ)の代わりに、チェレスタを使用しています(サザランドがアリア集で歌っていたときも同様でした)。急に近代的な響きが飛び込んでくるので驚かされます。
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