オペラ御殿 メインメニュー戻る
1830-1

I PAZZI PER PROGETTO

ファルサ、1幕
初演:1830年2月6日、ナポリ、サン・カルロ劇場
台本作家:ドメニコ・ジラルドーニ
原作:スクリーブとポワルソン「べドラムへの訪問者」
    →ジョヴァンニ・カルロ・ディ・コスタンツァ「偽装狂人」

 ドニゼッティは1929年の暮れから「大洪水」の作曲に取りかかりますが、それを一時中断して短期間に書き上げたのがこの「偽装狂人たち」です。ちょっと奇妙な題名ですが、精神病院の中で恋人たちが狂人を装って相手の愛を確かめるという、かなりきわどい話です。
 面白いことに、この作品では二人のソプラノ(一人はほぼメゾですが)以外は全てバス!なのです。これにはバリトンも含まれますが、この時代に全くテノールが使われていないのはかなり珍しいでしょう。どんな理由があったのか分かりませんが、結果として確かに奇妙な効果があります。
 初演時の評判は本よってまちまちなのですが、ナポリでは1832年2月までの2年間に28回上演されています。

Cinzia Rizzone, Anna Rita Gemmabella, Enzo Dara, Alessandro Battiato, Andrea Porta, Enzo Di Matteo, Giovanni Guerini>
Orchestra Sinfonica "Gaetano Donizetti" di Bergamo
Fabrizio Maria Carminati
Bergamo, 22 August 2000
CONCERTO CD-2022

 

Leonardo Monreale, Susanna Rigacci, Graziano Polidori, Adriana Cicogna, Vito Maria Brunetti
Orchestra Sinfonica dell'Emilia Romagna "Arturo Toscanini"
Bruno Rigacci
Lugo, December 1988
BONGIOVANNI GB 2070-2

 


IL DILUVIO UNIVERSALE

初演:1830年3月6日、ナポリ、サン・カルロ劇場
台本作家:ドメニコ・ジラルドーニ
原作:フランチェスコ・リンギーニの悲劇「大洪水」(ヴェネツィア、1788)など

 この「大洪水」は、ロッシーニの「エジプトのモーゼ」の場合と同様、レントの時期に上演するため宗教的題材に基づいています(手稿譜には「オラトリオ」とありますが、もちろん舞台上演を念頭において書かれています)。この作品の場合、ノアの洪水です。
 ロッシーニの「モゼ・イン・エジット」とこの「大洪水」の間にはかなりの共通点があります。主役が予言者で、それがバスで歌われることが第一ですし、また多少設定に違いこそあれ、幕切れで全てが水に飲まれてしまい、その様子をオーケストラのみ描写する点など、はっきりと先輩の作品を意識しています。
 このラストシーンはどちらの作品でもやっかいなのは言うまでもないでしょう。実際この「大洪水」の初演でもこの点で聴衆の支持を得られなかったようです。また歌手の不出来もあったようで、初演はいたって冷たく受け止められてしまいました。イースターは4月11日まであったというのに、4月1日までの8回の公演で打ち止めとなってしまいました。
 それが引き金かどうかわかりませんが、ドニゼッティは春の間中体調不良に悩まされたそうです。
 ドニゼッティはこの作品を大幅に改訂し、1834年のジェノヴァで再演、今度は成功を収めています。

 なお、初演の日付については従来2月28日といわれていました(バルブラン/ザノリーニの本もこの日付になっています)。確かに初演はこの日に予定されていたのですが、実際にはバスのラブラーシュが不調のため延期され、3月6日になったと考えられています。


IMELDA DE'LAMBERTAZZI

初演:1830年9月5日、ナポリ、サン・カルロ劇場
台本作家:アンドレア・レオーネ・トットラ
原作:G・ボンバーチ「アントーニオ・ランベルタッチの出来事の物語」(ボローニャ、1532)
   →ガブリエーレ・スペルドゥーティの5幕の悲劇「イメルダ」(ナポリ、1825)
   →ズグリッチのオペラ「イメルダ」のためのトットラの台本(ナポリ、1827)

 この「イメルダ・デ・ランベルタッツィ」は、ドニゼッティが「アンナ・ボレーナ」で大ブレイクする四ヶ月前の作品ですので、個々の音楽は「アンナ」以降の30年代の作品と比較しても遜色ありません。
 驚かされるのはストーリーです。基本的には「ジュリエッタとロメーオ」と同様、ボローニャの対立する二つの家の若い恋人の悲恋を描いたものですが、もっと壮絶なものです。
 ランベルタッツィ家のイメルダは、敵対するジェレメイ家のボニファッチョと恋に落ちています。しかしボニファーチョの父はイメルダの兄弟を殺し、母を監禁し餓死させているのです。ですから生き残ったイメルダの兄、ランベルトの怒りは計り知れないものです。結局、イメルダへの密会の手紙を手に入れたランベルトが罠を仕掛け、ランベルトは毒を塗った剣でボニファーチョを殺してしまいます。イメルダは彼の傷口から毒をすすり後を追います。
 基本的に血生臭い場面は舞台裏での出来事になるのですが(検閲もあれこれ口を出したでしょうし)、しかし最後のシーンでは、罪を認め許しを求めるイメルダを父は拒絶するのですから、何とも陰惨です。狂乱の場すらない、全くのドス黒い悲劇なわけです。
 この凄惨な舞台はどうやら不評だったようで、初演の3日後に再演があったきりでした。翌1831年の4月に4回の上演があったものの、ナポリではこれ以降沈黙します。ヴェネツィアでいくつかの上演があったようですが、他には1840年にバルセロナで2度、1856年にセニガッリャで1回上演されたのを最後に、1989年2月にルガーノで蘇演されるまで完全に埋もれていました。
 上演が不評だったのにはもう一つ理由があるように思われます。男声のうち、復讐に燃えるイメルダの兄ランベルトとその父オルランドの二人がテノールなのに対し、イメルダの恋人ボニファーチョがバス(=バリトン)になっているのです。初演のキャストを見るとボニファーチョは高名なA・タンブリーニが歌っていますから、彼の魅力を引き出すためだったのでしょう。しかし結果としてはどうもしっくり来ません。またイメルダを創唱したA・ガルツェラーニは今で言うとメッゾソプラノに近い音域の人でしたから、ずいぶん重心の低い恋人になっていたのでしょう。
 「イメルダ」の初演に先立つこと半年の1830年3月、ミラノで「ジュリエッタとロメーオ」の物語を扱ったベッリーニの「カプレーティとモンテッキ」が初演されています。共に13世紀のボローニャを背景にした悲恋を描いていますが、様々な意味で対照的です。音楽にしてもベッリーニの方がずっと気品に満ちた柔らかい美しさに満ちていますが、しかしその後イタリアオペラは、「イメルダ」の持つ宿命的な悲劇の方がより中心となっていくのです。

 なお、この初演日も多くの本が8月23日としています(バルブラン/ザノリーニの本もこの日付になっています)が、現在では上記日付に確定されています。

Sovilla,D'Auria,Tenzi,Martin,Sarti
Orchestra della Radiotetelevisione della Svizzera Italiana
Andereae
Lugano,15-19 February 1989
NUOVA ERA 6778/79

 ルガーノでの蘇演(ただし演奏会形式)の録音です。
 アンドレーエがしっかりしているのでなかなか良い演奏ですが、ボニファーチョ役にはもう少し甘い魅力のあるバリトンが欲しかったように思います。


Intoroduction
1818 1819 1820-1821 1822 1823
1824 1826 1827 1828 1829
1830-1 1830-2 1831 1832 1833
1834-1 1834-2 1834-3 1835-1 1835-2
1835-3 1836 1837 1838 1839
1840 1841 1842 1843 1844
1845 appendix


ドニゼッティ御殿目次

オペラ御殿 メインメニュー戻る