MARINO FALIERO
初演:1835年3月12日、パリ、イタリア座
台本作家:ジョヴァンニ・エマヌエーレ・ビデーラ、さらにアゴスティーノ・ルッフィーニが補筆
原作:カシミール・ドラヴィーニュ「マリーノ・ファリエーロ」
1834年の2月にドニゼッティは待望の手紙を受け取りました。パリのロッシーニから、当地のイタリア劇場のための新作を依頼されたのです。
ドニゼッティが大喜びしたのは言うまでもありません。この年は彼は恐ろしいほど多忙だったにもかかわらず(なにせ「マリーア・ストゥアルダ」の騒動があったわけですから)、この申し出に飛びついています。
ドニゼッティは1835年初めパリ入りします。分断国家イタリアと異なり、大国フランスの首都はまさにヨーロッパの大都市で、ドニゼッティはその繁栄に心を躍らせたことでしょう。
ドニゼッティはパリに到着した後、ロッシーニの助言を受け、楽譜に様々なか改訂を施したと言います。ドニゼッティの意気込みが分かります。
ところで、このシーズンにもう一人イタリアから作曲家がイタリア劇場に招かれていました。ベッリーニです。
それまでにもこの二人が同じ劇場の同じシーズンに前後して新作を発表することは何度かありました。「ビアンカとフェルナンド」に対して「アリーナ」、「アンナ・ボレーナ」に対して「夢遊病の女」、「ノルマ」に対して「ウーゴ」。1835年の暮にはさらに「清教徒」のイタリア初演と「マリーア・ストゥアルダ」がスカラ座でぶつかりますが、この時はもうベッリーニはこの世にいませんでした。ですからこのパリでの「清教徒」と「マリーノ・ファリエーロ」が二人の最後の直接対決になったわけです。しかも今回は、「清教徒」を創唱した有名な四人―ジューリア・グリージ、ルビーニ、タンブリーニ、ラブラーシュ―が共通していたのです。なんと豪華なシーズンだったことでしょう!
まず1835年1月24日に「清教徒」が初演されます。この公演にドニゼッティは立ち会っています。「清教徒」の華々しい大成功にドニゼッティはいくらかプレッシャーを感じたようですが、しかし自分と作風が余りに違うことから気を取り戻しています。
実際、「清教徒」と「マリーノ・ファリエーロ」は驚くほど対照的な性格を持っています。繊細でロマンティックな「清教徒」に対して、男性的で力強い「マリーノ・ファリエーロ」。限りない高音と華々しい装飾で聴衆を魅了する前者に、老ファリエーロがバスによって歌われ、力強い合唱とオーケストラが活躍、悲劇的な結末を迎える後者。
今日、作品の完成度だけを判断すれば、明かに「清教徒」の方が上です。しかし「マリーノ・ファリエーロ」には、やがて来るべき時代を先取りしているダイナミックな進取の精神があるのです。この作品がヴェルディの「二人のフォスカリ」の(さらに言えば「シモン・ボッカネグラ」の)直接の祖先であることは衆目一致するところでしょうし、さらにはその後のイタリアオペラで多く見られる、低音男声を主役に据えたドラマティックなオペラを開拓した初期の作品なのです。
我々は、こうした領域ではヴェルディの、より逞しく引き締まった男の世界のオペラを知っていますから、「マリーノ・ファリエーロ」を聞いてもそれほど衝撃は受けることはないでしょうが、当時の聴衆にとっては、まさに画期的な新鮮さがあったのではないでしょうか。
パリでの上演はシーズン遅くに始まったため5回に留まりましたが、評判はかなり高いものでした。しかしパリでもロンドンでも、「マリーノ・ファリエーロ」は「清教徒」以上の評判は生み出せませんでした。確かにそうでしょう。ある意味で「マリーノ・ファリエーロ」は、当時のイタリアオペラの中でもっともロッシーニの影響から抜け出ていた作品なのですから。ですからこの作品の男性的な力強さが熱狂を引き起こしたのが1836年のフィレンツェでのイタリア初演のことであるのは、何か納得ができるのです。
性格上、渋い作品ではありますし、近年の上演もさかんとは言えませんが、しかしこの時期のドニゼッティの傑作揃いの作品の中でもぜひ注目してほしいものです。
Ferrin,Roberti,Rossi,Meliciani,Mori,Carbonari
Orchestra del Teatro Donizetti di Bergamo
Camozzo
Bergamo,15 October 1966
MELODRAM MEL 27030
熱気のある、なかなかよい演奏です。
Altorjay,Reti,Albert,Kelemen,Bentch,Farkasreti,Vajda,Piskolti
Orchestra Salieri del Teatro Nazionale di Szeged
Pal
Szeged,10-12 October,1999
AGORA AG 229.2
待望の新録音なのですが、残念ながらオーケストラが弱体なのと、演奏会形式ということもあってか、力強さにやや欠けています。
Intoroduction
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