LUCREZIA BORGIA Versione del 1840 con finale nuovo
初演:1840年1月11日、ミラノ、スカラ座
ドニゼッティは1833年の「ルクレツィア」の初演の際、プリマドンナのメリク=ラランドから強要された無理やりのアリアフィナーレ"Era desso il figlio mio"にずっと不満でした。そして1839/40年のスカラ座でのカーニヴァルシーズンでの再演のために、フィナーレを新たに書き直すことにしました。
ルクレツィアの"M'odi,ah,m'odi"(これも音域が拡大されています)までは同じですが、その後ジェンナーロの死の場面"Madre,se ognor lontano"を加えています。そしてルクレツィアがジェンナーロの亡骸を抱きしめ幕切れとなります。
この簡潔でキリリとした新しいフィナーレは非常に効果的です。私にはこの方がずっと優れている用に感じられます。
残念ながらこの形での上演は盛んではないようです。やはり今でもメリク=ラランドの精神は健在なのでしょうか。
(11.January 2000)
Caballe,Vanzo,Berbie,Paskalis
Orchestra of the American Opera Society
Perlea
New York, 20 April 1965
STANDING ROOM ONLY SRO-801-2
大センセイションとなったカバリエのアメリカデビューです。当時カバリエはまだ無名の存在で、この役も急遽代役として引き受けたものです。しかしこの成功によって、カバリエの名は世界に知れ渡ったのです。
後年の大プリマドンナの彼女と比べると、まだいくぶんぎこちなさはありますが、しかし堂々とした存在感や美しい声の響き、特に彼女のお得意の細く伸びる素晴らしい高音は既に格別のものです。録音を通して聴衆がどんどん興奮していく様が感じ取れます。
もう一つ強調したいのは、アラン・ヴァンゾです。この人は余りドニゼッティの録音を残してくれなかったのですが、非常に格調高く見事なものです。
新しいフィナーレは大変効果的です。
なお、カバリエはスタジオ録音では初演稿を用いて歌っています。
Gencer, Grilli, Casarini, Rota
Orchestra e Coro del Teatro Donizetti di Bergamo
Camozzo
Bergamo, 4 October 1971
MYTO 2 MCD 013.246
1971年のベルガモでの上演。新しいフィナーレを使用。
Gencer, Aragall, Petri, Rota
Orchestra e Coro del Teatro San Carlo
Franci
Napoli, 19 January 1966
G.F.C GFC 029/30 (LP)
ゲンジェルがタイトル・ロールの1964年のナポリでの上演。新しいフィナーレを使用。
LA FILLE DU REGIMENT
初演:1840年2月11日、パリ、オペラ・コミーク
台本作家:ジュール・アンリ・ヴェルノワ・ドゥ・サン・ジョルジュ、ジャン・フランソワ・アルフレッド・ベイヤール
原作:不明
イタリア劇場での旧作の再演と並行して、もちろんドニゼッティはフランス語のオリジナルの作品の作成にも取りかかっています。まず計画に乗ったのは、オペラ座向けのグランドオペラでした。一つは「殉教者」、もう一つは、既に述べたとおり座礁してしまった「アルバ公」でした。
しかし実際にパリで初めて聞くことのできたドニゼッティのフランス語オリジナルの作品は、グランドオペラではなくオペラコミークの「連隊の娘」でした。
この作品の作曲の経緯というのは、実は良く分かっていません。現存するドニゼッティの手紙では、1839年10月9日の日付のもので突如としてオペラコミーク向け作品がほとんど完成していることを報告しています(初演そのものは随分とずれこみましたが)。ともかく、この作品はどうやらごく短期間に作られたようです。
オペラコミークですから、台詞を挟む形式で作られているのは当然なのですが、しかしうまくフランス的な軽妙さを模倣しているとはいえ、個々の曲ではドニゼッティはかなり自分の流儀の方に持ってきています。フランス的感覚を巧みに自分の持っている溌剌としたイタリア的な音楽にブレンドしているように思われます。
どうしたわけか初演は随分と冷淡なものに終りました。しかし評判はすぐに高まり、その後はオペラコミークの定番の一つとなりました。
話はなんともズッコケたものですが、ソプラノのマリーにも、テノールのトリオにも、それぞれ魅力あるアリアがピタリと据えられているのがニクイです。
(2.March 2000)
※初演の劇場について混乱があるようなので、付記しておきます。オペラコミークというのは特定の劇場を示しているのではなく、運営を指していると思ってください。19世紀には多くの期間、オペラコミークはサル・ファヴァール(1783年開場)という劇場を拠点にしていました。そのため、《連隊の娘》の初演も、しばしばサル・ファヴァールで行われたと誤解されています。実際には、1838年に旧サル・ファヴァールが焼失、1840年5月16日に再建、上演再開されるまでの間は、ブルスにあったサル・デ・ヌヴォテで上演されていました。
Sutherland,Pavarotti,Malas,Sinclair
Orchestra The Royal Opera Hause Covent Garden
Bonynge
London,July 1967
LONDON(DECCA) POCL-2889/90
サザランド、パヴァロッティとも好調です。ボニングはいわゆるベルカントオペラよりこうした作品の方がずっとあっているように思います。
Sutherland,Kraus,Malas,Resnik
Orchestra della Lyric Opera di Chicago
Bonynge
Chicago,20 October 1973
MYTO 2MCD 932.76
全盛期のクラウスの素晴らしいトニオが聞けます。サザランドも絶好調。 おまけにクラウスとコッソットの「ファヴォリータ」の抜粋つき。来日公演でのものです。
Anderson,Kraus,Trempont,T'Hézan
Orchestre du Theatre National de l'Opera de Paris
Campanella
Paris,14-19 May 1986
EMI CMS 7 63128 2
ベテランのクラウスと、当時破竹の勢いで名声を築き上げていった若きアンダースンの組み合わせがうまくいってます。カンパネッラの指揮も見事。
L'ANGE DE NISIDA
初演:未上演
台本作家:アルフォンス・ロワイエとギュスターブ・ヴェス
原作:第3幕はフランソワ・トーマ・バキュラール・ダルノ「不幸な恋人たち」の第3幕に基づいている。
この「ニシダ島の天使」はパリのルネサンス劇場の興行主アンテノール・ジョリの依頼に応じて作曲されたものですが、完成間近というところでジョリが破産してしまったため上演できなくなってしまったものです。
この作品そのものも、1834年に作曲されたと推定されている未完の作品(通常ヒロインの名前を取って「アデライーデ」と呼ばれています)から多くの転用があると言われています。
結局ドニゼッティはこの曲をほぼそっくり「王の愛妾」で利用することになります。
LES MARTYRS
初演:1840年4月10日、パリ、オペラ座
台本作家:カンマラーノの台本を、ウジェーヌ・スクリーブが翻訳、大幅に改訂。
Gencer,di Felici,Roni,Bruson
Orchestra del Teatro Donizetti di Bergamo
Camozzo
Bergamo,22 September 1975
MYTO 3MCD 972.154
Gencer,Garaventa,Furlanetto,Burson
Orchestra del Teatro "La Fenice" di Venezia
Gelmetti
Venezia
ITALIAN OPERA RARITIES LO 7716-18
LA FIGLIA DEL REGGIMENTO
初演:1840年10月3日、ミラノ、スカラ座
台本:カリスト・バッシが翻訳、改訂
ドニゼッティはスカラ座での「連隊の娘」の上演に向け、単に歌詞をイタリア語に直すだけでなく、楽譜にも様々に手を加えています。台詞をレチタティーヴォに置き換えたのが一番の相違ですが、それ以外にもちょこちょこと調整が加えられています。
このイタリア語版では第2幕のトニオのロマンス"Pour me rapprocher de Marie"が省かれています。おそらくイタリア人の趣味に合わないと判断されたのでしょうが、情感豊なテノールの名曲だけにちょっと残念な措置です。たまにイタリア語に直されて歌われることもあります。
Serra,Matteuzzi,Dara,Tagliasacchi
Orchestra del Teatro Comunale di Bologna
Campanella
Bologna,16-26 February 1989
NUOVA ERA 6791/92
イタリア語版では文句なしの演奏です。特にセッラは非常にコケットリーです。
マッテウッツィも全盛期だけに実に瑞々しい声です。Fに上げてはいませんが、しかしあのハイC連発のアリアは空前絶後です。
Freni, Pavarotti, Di Stasio, Ganzarolli
Orchestra del Teatro alla Scala
Sanzogno
Milano, 11 February 1969
MELODRAM MEL 27045
スカラ座での豪華キャストによる演奏。しかしこのディスクが貴重なのは、トニオのロマンスをイタリア語に直したものが聞けることです。このイタリア語の"Per viver vicino a Maria"は、他にもMONDO MUSICAから発売されているヴェネツィアでのライブ(トニオはアルフレード・クラウス)の録音でも聞くことが出来ますが、こちらはかなり音の悪いものでした。
イタリア語で歌ってみたいという人のために歌詞を載せておきます。ぜひチャレンジして見てください。
Per viver vicino a Maria
io m'arruolai soldato allor
io per essa la vita rischiai
e combattendo dicevo fra me:
Ah, se mai la grandezza
esalti quest'angiol
che m ammaliò
Ah! cessar di vivere vorrei
se lei d'amare cessar dovessi,quel cuor
Tutto tremante, signora,
il mio unico bene vi chiedo
chiaro il lessi nel volto
che un sol palpito vibra a voi in cor
Se mai la speme m'abbandoni
la voce sua vi vincerà
Cessar di vivere vorrei
se lei d'amare cessar dovessi, quel cuor
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LA FAVORITE
初演:1840年12月2日、パリ、オペラ座
台本作家:ユジェーヌ・スクリーブ
原作:「ニシダ島の天使」を改作。
既に述べた通り、ルネサンス劇場のために制作した「ニシダ島の天使」が興行主ジョリの破産のための上演の見込みがなくなってしまっていました。そこに今度はオペラ座からの新作依頼が舞い込んだので、ドニゼッティはこの日の目を見なかった作品をそっくり新作に転用しようと考えたのです。
台本はユジェーヌ・スクリーブによってグランドオペラの様式に直されました。その際舞台を14世紀スペインのカスティーリャ王国に移し、フェルナンドを修道僧(実質は僧兵のようですが)にすることで宗教色を前面に打ち出し、人間関係をより複雑にしています。
音楽的には、「ニシダの天使」からの全面転用をもとにしています(既に述べたように、この作品そのものが未完の作品「アデライーデ」からの転用があり、さらにそこで利用されていない曲も「王の愛妾」に使われているようです)。さらに第4幕の有名な"Spirito gentil"も「アルバ公」から手を加えて転用しているなど、「王の愛妾」の為に書いたオリジナルの曲は数曲に留まっています。
しばしばドニゼッティの速筆を物語る話として有名な、アドルフ・アダンの家で「王の愛妾」の第4幕をわずか三時間で書き上げたという伝説も、種を明かせば曲は既に出来あがっていたからなのです。
「王の愛妾」はパリ風グランドオペラの豪華な特徴を存分に生かした上でドニゼッティの力強さも兼ね備えた堂々たる作品です。特にフェルナン役は、当時最先端の発声技術を持っていたデュプレを念頭において書かれただけあって、大変な難役でありそれだけに画期的な役だったはずです。またレオノールがソプラノとはいえ実際にはメッゾソプラに割り当てられているのは、初演でこの役を歌うことになっていたロジーヌ・シュトルツがオペラ座の支配人の愛人(!)だったという偶然によるものですが、結果として中音域を生かした女性の主役という、19世紀後半にしばしば重用された声の先駆的な役割をになうこととなりました。
なお、この作品は今日一般的にはイタリア語の「ファヴォリータ」として認知されているでしょうが、これはイタリア語に直されるに当ってかなり捻じ曲げられてしまったもので、数多くの問題を抱えたものです。これをドニゼッティの正当な作品とみなす訳にはいかないので、後に扱うことにします。オリジナルとどのように違っているのかも、そこで扱うことにしましょう。
Kasarova, Vargas, Michaels-Moor, Colombara, Piccoli, Furmansky
Münchner Rundfunkorchester
Viotti
München, 11 April 1999
BMG RCA RED SEAL 74321 66229
Scalchi,Canonici,Massis,Surjan
Orchestra di Milano della RAI
Renzetti
Bergamo,September 1991
OPERA RICORDI FONIT CETRA RFCD 2015
ベルガモのドニゼッティフェスティヴァルでのフランス語オリジナル版の復活蘇演の録音です。
慣れぬ楽譜なので安定度が今一つなのは仕方がないでしょうが、そこそこ上々なものでしょう。録音が不自然なことの方が問題です。
Lapeyrette,Lassalle,Albers,Marvini
Opera-Comique Orchestra
Ruhlmann
Paris,1912
MARSTON 52010-2
なんと1912年の録音。オペラコミークの録音ですが、レパートリーに入っていたのでしょうか。
大々昔の録音ですから(しかも一度シリンダーに録音した後、機械的にディスクにダビングしたそうです)、音のクオリティは覚悟しなくてはなりません。しかし独特のレトロな雰囲気が捨てがたい魅力となっています。
Intoroduction
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