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1842

MARIA PADILLA
Trieste, Teatro Grande, marzo 1842

初演:1842年3月1日、トリエステ
台本作家:ガエターノ・ロッシ自身が改訂?

 先に述べたように、「マリーア・パディッラ」のエンディングは、マリーアが喜びのあまり突如として死んでしまう、というなんとも奇妙なものでした。
 ドニゼッティもこれには不満だったようです。1842年1月にミケーレ・アックルジに宛てた手紙で、1842年のレントの時期のトリエステのプロダクションではエンディングを変更すると報告しています。
 新しいエンディングでは、ペドロから妻と公式に認められたマリーアは、フランスの騎士達やスペインの貴族達の不満を横に、喜んで玉座に座って幕となります。
 もともと史実のマリーアは死んでおらず、生涯ペドロから愛され事実上の王妃として振舞っていたこと、また第2幕から第3幕の前半にかけてマリーアが一貫して幸せから遠ざけられている存在であったことを考えると、ハッピーエンドというのも十分考え得る結末でしょう。もちろん、時代的にもっと激しいラストシーンの方が望ましい気もしますが。
 この新しいエンディングがどういう経緯で書かれたのかはあまり良く分かっていません。トリエステ用に新たに書き上げたことも考えられますし、既にミラノで書き上げて入たのかもしれません。
 トリエステの公演でマリーアを歌ったのは、エウジェニア・タドリーニでした。ドニゼッティは彼女を高く評価していました。彼女はこの年の5月にウィーンでの「リンダ」のタイトルロールも歌っており、当然ドニゼッティと直接会っています。
 タドリーニは8月にナポリで再度マリーアを歌う予定になっていました。ドニゼッティはナポリでの上演用に作品全体にさらに細かい手直しをしています。

McDonall, Jones, Clark, du Plessis, Earle, Caley
London Symphony Orchestra
Francis
London,June 1980
OPERA RARA ORC 6

 おなじみOPERA RARAの録音。1973年の蘇演をしたのもOPREA RARAで、その海賊盤が市場で大変好評だったため、1980年にキャストを変え正規に録音することになったそうです。
 イネスを歌うデラ・ジョーンズが大変に優れている他はあまりパッとしないキャスト(グラハム・クラークは余りにも個性が強過ぎます)で、マリーア役のロイス・マクドナルドに至っては完全に弱点でしょう。全体として華やかな雰囲気は楽しめますが、一流どころを起用した優れた新録音が出てきてほしい気もします。また、少なくともCDでは、所々音がかなり割れます。
 第3幕のペドロのアリアに、フランス語稿で書き加えられたカバレッタ部"Qiitter Marie toujours chérie"(イ長調、3/4)を、イタリア語に直して"Lasciar Maria sempre adorata"として加えています。三拍子の浮き立つような明るい音楽とマリーアを失う悲しみの歌詞はちょっと異質のようですが、曲としてはすぐに耳に残るような優れたものです。


LINDA DI CHAMOUNIX

初演:1842年5月19日、ウィーン、ケルントナー劇場
台本作家:ガエターノ・ロッシ
原作:

 


LINDA DI CHAMOUNIX
Paris, Théâtro des Italiens, novembre 1842

初演:1842年11月17日、パリ、イタリア劇場
台本作家:ガエターノ・ロッシの台本に、ドニゼッティ自身が加筆

 

Gruberova, Bernardini, Groop, Kim
The Swedish Radio Symphony Orchestra
Haider
Stockholm,September 1993
NAGHTINGALE IDC 6405/7(NC070561-2)

Devia, Canonici, Ganassi, Salomaa, Antoniozzi
Orchestra of Eastern Netherlands
Bellini
Enschede, Holland, 24 June & 2 July 1992
ARTS 47152-2


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