パラグライダーの空気力学2

翼端渦、誘導抗力、アスペクト比 Wing tip vortex, Induced drag, Aspect ratio
 翼の上面を流れる空気の圧力は低く、下面の圧力は高いために翼端の部分では下面から
上面に回り込む流れが起きます。これを翼端渦といい、揚力を低下させ、渦を作ることによって
抵抗を生じます。この翼端渦による抵抗を誘導抗力といい、翼端部分が効率を落としていること
になります。
 誘導抗力を小さくするためには、アスペクト比を大きくして翼幅を長くすることで滑空比が向上
します。このため上級機ほどアスペクト比が大きく、細長い翼になっています。細長いために、
立ち上げやつぶれなどのコントロールの難しさがでてきます。誘導抗力の対策としては、その他
にも、翼端にウイングレットという小さな翼をつけたり、平面形を翼端ほど細くする楕円翼などが
あります。

翼の上面と下面の圧力

  翼端の気流の流れと翼端渦                  翼端と翼端渦

乱流の渦と圧力抗力 Vortex and Pressure drag
  気流の中に山や物体などがあると、その物体が滑らかな流線形をしていない場合は、物体の
後方には乱流が生まれることになります。乱流によって生まれる渦はカルマン渦とも言われ、下図
のように物体の後方に渦ができます。
 この乱流の渦によって後方が低圧になり、抵抗が大きくなります。流線型のものに対して、断面が
円形の物体の抵抗係数は8倍近く大きくなるといわれます。この断面形状に影響される抵抗の種類
を圧力抗力と呼んでいます。パラグライダーの場合、サスペンションライン、パイロットなどの圧力抗力
が大きく、ラインを細く少なく、パイロットの姿勢を寝かせることが抵抗の軽減につながりますが、それ
には弊害も伴います。

 円形断面からのカルマン渦の発生               翼断面の周りの気流

層流と乱流 Laminar flow and Turbulent flow
 気流には層流と乱流の2種類があり、層流は流れが滑らかで速度の変動のない状態、乱流は
流れに速度の変動があります。翼の上面の流れでは、前縁から流れる層流が乱流へと変化し
翼の後縁では剥離していきます。
 層流のほうが翼面の摩擦抵抗は小さいものの、流れが翼面から剥離しやすく扱いにくい翼に
なります。乱流のほうが、流れが剥離しにくいため、圧力抗力の軽減が期待できます。
層流の領域を広くし摩擦抵抗を減らした層流翼はセールプレーンなどに使われていますが、
パラグライダーでは、失速特性などの難しさからか層流翼は使われていません。

摩擦抗力と境界層
 Friction drag and Boundary layer
 空気には粘性があるために、翼の表面には摩擦抵抗が発生します。この摩擦抵抗のために、
翼面には気流の速度が弱まる境界層という薄い層が発生します。境界層の翼の表面では
気流の速度がゼロになり、距離が離れるにしたがって速度が増します。失速時に起こる、
気流の剥離はこの境界層が翼面からはがれる現象ともいえます。乱流の境界層に比べて
層流の境界層のほうが剥離はおこりやすくなります。
 摩擦抗力は翼全体に発生する摩擦抵抗の総和になります。摩擦抗力は形状抗力と同じく
空気の粘性によって発生する抗力です。摩擦抗力を減らすには翼の表面を凹凸を少なく
滑らかにし、表面積を小さくするのが効果的です。パラグライダーでは、圧力抗力が大きい
ため、乱流境界層を利用して剥離を遅らせていると考えられます。
境界層の剥離

抗力の種類 kind of drag
 抗力の種類としては、上記の圧力抗力、摩擦抗力、誘導抗力が大きく作用していると
考えられます。圧力抗力と摩擦抗力は空気の粘性によるもので、形状に影響されること
から形状抗力ともよばれます。
 抗力の種類は下の表のようにまとめられます。誘導抗力は、揚力の発生にともなって
起こる避けがたい抗力です。造波抗力とは、ジェット機などで音速に近づいたときに発生
する衝撃波によって起こる抗力です。
 干渉抗力(interference drag)とは、ある物体の周りの気流はそのそばに他の物体を
おくと気流が複雑になり、物体単体よりも抵抗が大きくなる現象です。ジェット機などでは
翼や胴体などの単体よりも組み立てた後のほうが、抵抗が大きくなるため、胴体と翼の
接合部にフィレットをつけて流れをスムーズにしています。
 形状抗力と干渉抗力をまとめて、有害抗力(parasite drag)と呼んでいます。
 抗力の種類

渦、ローター、タービュランス Vortex, Rotor, Turbulence
 山や建物などの後方に生まれる渦はローターとよく呼ばれますが、風速が強いほど乱流
の影響も広く、強くなります。これはカルマン渦と同じようなものですが、パラうグライダーに
とっては低高度で揺らされたり翼をつぶされたりすることになり、危険な現象の一つです。
 ローターは、山のなどの障害物の風下側に発生し風速10km/h以下ならば大きな影響は
ありませんが、それ以上ならば影響が大きくなります。影響する範囲は、障害物の高さや
幅と同程度の距離までといわれますが、風が強い場合などはさらに風下まで渦が発生する
と考えられます。
富士山の風下側の乱流

翼の断面形、翼型 Profile
 翼の断面形は翼型(よくがた)ともいい、翼の特性に大きな影響を与えています。翼型には
翼弦線、中心線、翼厚、キャンバーなどの指標があり、それぞれの翼型ごとに風洞実験などで
データが蓄積されています。一般にキャンバーが大きい翼は、揚力と抗力が大きく低速向きで、
キャンバーの小さい翼は高速向きといわれています。
 パラグライダーの場合、低速で翼の内部の空気圧によって形状を維持しているということ
から、キャンバーはあるものの厚めの翼が主流になってきています。薄い翼では翼の剛性が
弱く、内圧によるふくらみも起こるため高速化を目指した薄翼は少なくなってきています。
 また無尾翼であるパラグライダーはピッチの安定性、失速特性の穏やかさを必要とします。
そのため、翼の前縁半径が大きく、最大翼厚位置も前よりの設計になっています。パラグライダー
では、この翼型がリブによって保たれるため高性能機ではリブの数を増やしたり、Vリブなどを入れ
ることで変形を防いでいますが、布地が多くなるために重量増加などの弊害もあります。

    翼の断面図

  翼の断面と周りの気流              翼の断面と翼面の圧力分布                

 翼型とパラグライダーの経年変化
 パラグライダーはダイニーマ、ケブラーなどの有機素材でラインを構成していることから、紫外線や
湿気や経年変化によって劣化が起こります。もっとも頻繁に注意すべきこととしては、ラインの収縮
による迎え角の変化があります。ラインが収縮する際、翼の断面の中ではA、Bラインのある前側の
圧力が大きく、C,Dラインのある後ろ側の圧力が低いために、C,Dラインが相対的に大きく収縮し、
このためにグライダーの迎え角が大きくなります。
 ラインの収縮によるグライダーの経年変化は、湿気を受けた場合などに顕著にみられますが、
2cm程度が許容範囲といわれています。ダイニーマラインなどは2,3年で収縮していきますので、
2年ごとの定期点検が有効でしょう。
 グライダーの生地のほうも経年劣化のために、表面のコーティングが劣化し空気が漏れやすく
なってきます。空気が漏れるようになると、グライダーの内圧が保てないために立ち上がりにくく
コントロールしにくい状態になります。大きく生地が劣化すると、迎え角に対する許容範囲がせまく
なり、失速しやすくなります。

   
 翼の断面と揚力の分布          翼の断面と境界層の剥離

翼の平面形
 
グライダーの平面形をあらわす指標としては、翼幅と翼弦長つまり縦と横の長さが基本になって
きます。アスペクト比は簡単に言えば、この縦と横の比率を表すものです。翼が四角形の平面形
なら、この比率は単純ですが、翼の多くは曲線や先細りになっているためにアスペクト比は次の式
で表されます。
 アスペクト比=翼幅*翼幅/翼面積


 アスペクト比を大きくすることは、前述のように誘導抗力を減らし滑空性能を高めますが、操縦の
難しさにつながりますから、アスペクト比が高いほど上級機と言えます。パラグライダーでは、投影
アスペクト比と実測アスペクト比と言って、フライトしている状態で垂直に投影したときの値と、グラ
イダーを平面に広げた時の値があります。投影アスペクトでは3.1から4.6程度までのパラグライダー
があります。
 翼端に向かって翼弦長を小さくする楕円翼や先細翼のデザインも誘導抗力を減らす効果が
あります。最近のパラグライダーでは、楕円翼にある程度の後退翼のデザインを組み合わせたもの
が多く見られます。後退翼とは翼端に向かって、翼弦長の25%のラインが後退していくもので、鳥の
翼やジェット機などはその流れです。
 後退翼には、ヨーイングやローリングに対する安定性の効果が期待できるといわれていますが、
パラグライダーの場合はその他に後縁を直線にしてブレークしてもきれいに整形できる効果も期待
していると考えられます。

  
ブーメラン2の平面形                   後退翼の平面形

パラグライダーのアーチ
 
パラグライダーの翼はアーチがかかったデザインになっています。このアーチの曲線によって、翼の
特性が変わることは容易に想像できます。アーチが強くなるほど、実測値に対して投影値が小さく
なります。アスペクト比、面積、翼幅などが小さくなるわけです。骨組みがなく、翼の空気力によって
翼の形を保っているパラグライダーには、アーチは不可欠と言えます。
 一般には空気力学的に重要なのは投影値であり、実測値が大きくなりアーチが強くなっても抵抗
が増えるために性能は上がらないといわれていましたが、最近ではアーチが強い高性能機も出て
きました。また、アーチを強くすることでロールやヨーの動きに翼が反応しやすくなり、ハンドリングを
向上させているデザインも見受けられます。
 アーチのある翼でたとえば左翼側により強く上昇風を受けた場合、左翼側の揚力が増し、アーチに
よって左にロールさせる方向に力が生まれます。そのため、上昇の強い側に翼がロールし上昇風に
入りやすくなると考えられます。

  ビッグアーチのブーメラン4                アーチの設計画面

ねじり下げとねじり上げ 
Wash out and Wash in
 
ねじり下げとは翼中央よりも翼端側の迎え角を小さくしている設計で、ハンググライダーなど
には応用されています。ねじり下げを行うことで、旋回中の翼端失速を防いだり、ピッチの安定
を持たせています。
 旋回中には内側の翼が外側の翼よりも小さい円周を回るために、水平速度が小さくなり
結果として迎え角が大きくなります。このため、旋回中は内側の翼端の迎え角が大きくなり
翼端失速を起こしやすくなります。その対策として、ねじり下げを行っておくと翼端失速
が起こりにくくなります。
 また、パラグライダーでは特にブレークコードで内側の翼の迎え角を大きくしているために、
旋回中は翼端失速を起こしやすいと言えます。この理由から、旋回性の向上のために、
ねじり下げを意識しているパラグライダーもありました。しかし、パラグライダーの場合、ねじり下げ
をとるとかえって旋回外側の翼が迎え角が小さくなってつぶれるなどの弊害が起こる可能性
もあります。最近のパラグライダーを観察すると、むしろ翼端ほど迎え角の大きいねじり上げ
の傾向があります。

    
翼中央と翼端の迎え角

翼型のピッチ安定性 
Pitch stability of profile
 パラグライダーのピッチの安定性は、空力中心に対して重心位置が下にあるという振り子の
安定性が大きく働いています。しかし、翼の断面形にはそれ自体にもピッチの安定性を決める
要因があります。
 たとえばキャンバーのある翼の場合、迎え角が何らかの要因で大きくなった時、前縁を周り
込む気流の速度が速くなり、風圧中心は前よりに移動します。そのため、迎え角をさらに上げよう
とする動きが生まれてしまいます。逆に迎え角が小さくなった場合、風圧中心は後ろよりに移動
し、迎え角をどんどん下げようとしていきます。つまり、翼型そのものは不安定な特性があります。
 パラグライダーの場合は、このピッチの不安定を振り子の安定性で迎え角を一定に保っていま
す。ハンググライダーでは、大きな後退角とねじり下げ、翼型にリフレックスと呼ばれる反転した
キャンバーを持たせることなどで対処しています。尾翼を持つ飛行機では、水平尾翼がこのピッチ
安定を生み出しています。

  
後退角の大きいハンググライダー

ロールの安定性
Roll stability
 
ロールの安定性を生み出すものとしては、後退角の他に上反角があげられます。上半角とは、
翼が翼の中央から翼端に向かって上方に上がっているもので、人力飛行機などには採用されます。
この逆に翼端に向かって下に下がっているものを下反角といい、ジェット戦闘機などに採用されて
います。
 上半角のある翼では、ロールを起こしたときその方向に横滑りが起き、横滑りによって相対的に
傾いた側の翼の迎え角は大きなります。このため、傾いた側の揚力が大きくなりロールを戻そうと
いう力が生まれます。こういった原理で上半角をもった翼はロール安定が高くなります。
 逆にこれが下反角であると、ロールをして傾いた側の迎え角が小さくなります。そのため、ロールを
さらに大きくしようとする力が生まれ、ロール特性は不安定になります。ジェット戦闘機などは、空中
での機動性を求めるために下反角を使っているといわれます。
 パラグライダーの場合、ロールの安定性はやはり重心が低い振り子の安定性によるものである
ことは明らかですが、翼にはアーチがかかり下反角がついていることがわかります。つまり、横滑りが
ロールを助長するロールの不安定性はもっているといえるでしょう。

  
上反角の大きい人力飛行機

ヨーの安定性 
Yaw stability
 
ヨーの安定性を保つ要因は、飛行機では垂直尾翼、ハンググライダーでは後退角であると
説明されます。垂直尾翼は、重心に対して後方に空力を受ける部分があることによって、相対気流
の方向に機首を向けるヨーの安定が働きます。後退角では、横滑りを起こしたときに気流を受けて
いる側の翼の受ける空気抵抗が大きくなるために、横滑りする方向へ機首を向ける力が生まれます。
 パラグライダーでは、このヨーの安定性が何によって生まれるのかは、納得のいく説明はされて
いません。説明の例としては、翼の最大翼厚位置が25%程度の前よりにあるために、重心位置も
その位置にかかり、空気力を受ける中心は翼の中心になるために風見効果が生まれるというもの
です。しかし、そうなると飛行機にも垂直尾翼は必要がないことになります。
 実際のパラグライダーの動きを観察すると、風見効果は翼のアーチにも影響されることがわかります。
アーチが強くなると風見効果は強くでて、アーチが小さくなると風見効果が小さくなります。おそらく、
このアーチによってヨーの安定としての効果が生まれるのではないかと考えられます。

  飛行機の重心と尾翼の位置

ビッグアーチの空力特性
 ビッグアーチはハイアーチともとも呼ばれますが、2004年ごろアドバンスのロベール・
グラハムのコンセプトから生まれました。パラグライダーのアーチを強くし、投影翼幅と
実測翼幅の差を大きくする設計です。最近では、コンペ機からクラス1まで多く
見られる技術となりました。
 ビッグアーチの設計は揚力が横方向に働き、翼にテンションを与えるために、
アスペクトを大きくしても翼の剛性が保ちやすくなります。また上記のように、
アーチによってヨーの安定性は強くなるために、風見効果がでます。また、ロール
が出やすくなることによって、旋回の導入はブレークコードのみでもやりやすく
なります。
 しかしビッグアーチにもデメリットはあります。下反角がついていることにより、
ロール方向の敏感さが出ると同時に、旋回の特性が変わってきます。旋回の
導入は入りやすいのですが、ロール方向にはゆれやすくなります。また
実測面積が増えているためか旋回中の揚力が蓄積され、ブレークコードの
操作にタイムラグが出てきます。立ち上げのときなどは、横風を受けると
つぶれたり、横に取られやすくなります。


 ビッグアーチのブーメラン5

*2008年11月加筆