【他 都 市 の 路 面 電 車】

豊橋市 豊橋鉄道 「駅前電停から赤石口」
営業距離 : 5.4km 軌間 : 1067mm 駅数 : 14駅
1925年に駅前−札木十字路間(0.8km)で運行開始。同年の東八町まで延長(1.1
km)しました。さらに、急成長で、同年の赤門前-東田間(1.1km)を運行開始。
1937年頃までは順調でしたが、戦争のせいか、区間復旧が続いて、1949年に
豊橋電気軌道が豊橋交通と社名変更しました。
その後、各路線の複線化が目立ち、1954年に豊橋鉄道となっています。その後、
路線の廃止、ワンマン化が進む中、路線のセンターポール化、国内で14年ぶりの
路線延長をしました。また、鉄道路線としては、日本一急な半径11mのカーブがあります。
T1000型 : 全長 16.2m 幅 2.4m 全高 3.85m 重量 23t 定員 74人(座席29人)
営業最高速度 40km/h 出力 60KW×2
2008年(H20年)12月にモハ100型以来、83年ぶりの新車輛として導入され、
2009年度(第49回)ローレル賞を受賞しました。国産では初の狭軌全面低床
車となっています。 左下 写真

モ800型 : 全長 14.78m 幅 2.22m 全高 3.65m 重量 18.9t 定員 72人(座席30人)
最高速度 km/h 出力 60KW×2
2005年(H17年)5月に名古屋鉄道より譲渡され、ワンマン仕様に変更後、600V
1500V区間変更設備も、乗降時の3扉問題も問題なく運行され、外装も部分変
更された。 右 上から2番目
豊橋に訪れた目的は、 斬新なLRTと電車なのにタイヤのラッピングをしている電車を
見たかったからです。ホットラムには乗車できませんでしたが、車庫の方でタイヤをラッピン
グした780型を見ることができました。また、極端に速度を落とす場所があったのですが、
日本一急なカーブがここにあったとは、いい体験ができました。

東京都 東京都交通局 「荒川区役所前 三ノ輪橋電停」
営業距離 : 12.2km 軌間 : 1372mm 駅数 : 30駅

1903年に東京の新橋−品川間で、路面電車が走りました。しかし、都内にも時代と
ともに他都市と同様に路線延長、廃止、車社会による問題などがありましたが、1972
年都電全面廃止に徐々になっていく中、王子電気軌道の専用軌道だった荒川線を買収
し、他の路線と切り離して考えられ、明治通りと並行していることや、車の渋滞があること
から、渋滞緩和、地球にやさしい乗り物として、存続が実現したようです。
8800型 : 全長 13m 幅 2.2m 全高 3.8m 重量 定員 61人(座席20人)
営業最高速度 40km/h 出力 60KW×2
2009年(H21年)4月に7500型に代わる車輛として2両、2010年3月に3両、
次いで2両、11月に2両、12月に1両の合計10両が導入されました。
右 写真
9000型 : 全長 13m 幅 2.2m 全高 3.8m 重量 18.5t 定員 64人(座席22人)
最高速度 40km/h 出力 60KW×2
2007年(H19年)5月に6000型に代わるイベント車輛とし、明治終わりから
昭和初期のレトロ風電車として、2011年には2両の在籍があります。
右下 写真
2011年9月、再度、上京しました。目的は、右写真の8800型乗車と撮影と、JRスイカが
使用できるか、以前撮影した終点、三ノ輪橋で、8800型を入れて撮影できるか、でした。
JRスイカも乗車時に料金箱にカードをかざすところがあり、問題なく乗車でき、途中下車
を何回か繰り返し、とても重宝しました。
写真 右上は8800型で、乗り心地は他の車両と違いとても良かったです。その下が、
イベント車輛の9000型、私が乗車した日は祝日で、イベントがあったのか、祝日だったか
らか、写真が撮れたのはうれしかったです。
下の右写真は、終点の三ノ輪橋で、8800型で再度取り直してみました。
京都市 京福電気軌道 「嵐山線+北野線」
営業距離 : 11km
軌 間 : 1435mm 駅数 : 21駅
京都では、第4回博覧会開催から1895年(明治28年)に路面電車が走りましたが、
現在、残っている路線である四条大宮 -嵐山間は、明治43年に単線で開通しました。
そして、大正14年に太子から嵐山まで複線となり、昭和3年に全線複線化となりました。
その後、昭和62年にワンマン化、平成14年に料金均一化(200円)、駅開設、改名が
続き、平成23年には、らんでんカードを導入して、当社のみ専用カードとなりました。
モボ501型 : 全長 14.8m 幅 2.64 全高 3.86m 重量 20.3t
定員 100人(座席40人) 製造年 1984年
旧114、129号車の車輛更新され、乗車口が車両中央になっており、
ラッシュ時、観光時、連結車輛として使用されています。
また、1両で走行することも、まず、見られないそうです。
左下 写真
モボ21型 : 全長 15m 幅 2.64m 全高 3.86m 重量 20.3t
定員 88人(座席36人) 製造年 1994年
車体正面及び側面の装飾のほか、屋根上部には、飾り屋根を設置し、
機器を見えなくしています。また、車両番号も3桁になる予定でしたが、
車両の雰囲気を考え2桁にしたそうです。
右下 写真

パト電を撮影に行ったのですが、祝日のせいか、整備のせいか、予定の時間に来ません
でした。ここでは、JR駅から嵐電嵯峨駅まで歩き、終点駅の嵐山駅まで乗車しましたが、
料金を払わず降車後、駅の改札口があり、そこで料金を支払う方法でした。当然、JRスイカ
は、使用できず、PiTaPa、ICOCA、らいでんカードの3種類のみでした。
長崎市 長崎電気軌道 「日本最古の動態保存路面電車」
営業距離 : 11.5km
軌 間 : 1435mm 駅数 : 39駅
1915年に大学病院前 -築町間などが開通し、順次延長されていきますが、
1945年の原爆投下により全線不通になりますが、その年に長崎駅前―蛍茶
屋間で運行開始します。その後、何年かかかり路線を増やしていきます。
その後、1990年代に入ると、電停や路線の廃止が始まりました。
車両については、1980年に2000形の軽快電車を導入のほか、2002年には
低床車の導入を始めました。
下の写真が低床車3000形で、2005年にローレル賞受賞。1編成、3連接
で、全長15.1m、重量22トン、定員63で、中間車両は、両サイドの車両とスロー
プで連結されているため、段差がないようです。
右下の写真は料金箱ですが、2009年より長崎スマートカード使用できるように
なっており、ICチップ内蔵のプリペイドカードで、電車の中でも増額可能とのことで
す。

右の画像は、2011年2月に運行開始した低床車5000型で、
全長16.3m、3000型より1.2m長く、幅2.3m 重量22t
特徴は、3000型より車内幅が、80mm増え、座席が1人減った
ものの乗車人員が10人増えたそうです。
さらに2011年に1編成を追加予定とのことです。
右下の写真は浦上車庫前駅から車庫を見たところですがここには電車の資料室も
あり、職員の方に車庫内と資料室を案内して頂き、とても有意義でした。職員の方
ありがとうございました。
左下の写真は160形電車で、この形式は廃止されていきましたが、この車両は廃
車をまぬがれて戦前・戦後の標準色の緑一色に塗り替えられましたが、その後、明
治時代のスタイルに近い姿に復元され、長崎の創業時の茶色一色に塗り替えられま
してた。車籍を持つ動態車としては日本最古および、唯一の木造ボギー車です。
また、通常の営業運転には使われておらず、イベントや貸切に使われるそうです。

長崎でも他都市から電車を譲り受けてきて、営業に使用しています。そして、車両
正面にどこから来た車両なのか看板を付けています。
左下から、東京、仙台、熊本でした。

熊本市 熊本市交通局 「日本最初の連接低床車」
営業距離 : 12.1km
軌 間 : 1435mm 駅数 : 35駅
1924年に熊本駅前 -水前寺間などが開通し、熊本市が運営を開始しました。
市が鹿児島電気軌道を買収し、路面電車を運行しました。1935年には、上熊本
駅方面が延長となりますが、1965年には路線の廃止が部分的に始まりました。
1970年には日本で最初に導入された超低床路面電車です。電気部品は、ドイ
ツの部品を使用していますが、最近、メンテナンス上、不都合があるため、他社の
ものにしているようです。また、この車両は1998年ローレル賞を受賞しています。
最初のLRTということもあり、車内は他の都市のものより若干狭く感じました。

左下の写真は上熊本駅で、JR駅舎風で、駅舎を出ると夏目漱石の銅像もあり
ました。右下の写真は、駅舎から見える車両基地、2002年にできたものです。


熊本でも路面電車を廃止する計画があり、採算悪化や車社会との共存性が難しい
ことから、1980年ごろには予定されていたほか、モノレール建設計画もありました。
しかし、市民の存続を求める声や車社会の見直し等により、存続が決定されました。
さらに、12年ぶりの2009年4月より新型車両を導入しており、前回のLRTの違い
は、定員が76名から82名となり、バックミラーはなく、後方の映像を運転席の画面
で確認、出入口部分の床面高さは路面から300mm、車内の通路部は360mmと
同じですが、全長15cm短く、全幅5cm長く、全高47cm高い、そして、重量が4トン
と重くなっており、気になるところです。
鹿児島市 鹿児島市交通局 「最南端の路面電車、電停」
営業距離 : 15.2km(内 センターポール化 8.75km)
軌 間 : 1435mm 駅数 : 26駅
1912年に谷山線の一部に鹿児島電気軌道が運行を開始しましたが、1928年に広島
市が鹿児島電気軌道を買収し、路面電車を運行しました。
時代の流れから国道の渋滞緩和のため、上町線、伊敷線を廃止しました。
しかし、その中で営業区間の半分強をセンターポール化し、2002年には、3連接構造の
連接低床車(全長14m)の導入。2007年には、5連接構造の連接低床車(全長18m)の
導入をしています。また、郡山を過ぎ、まもなく谷山までは専用軌道で踏切も数多く、結構
速度を出していました。
それから電車の車庫にお邪魔し、いろいろなお話をお聞きしました。いまだ桜島が噴火
するそうで、灰が風向きにより飛んできて、洗車に苦労するそうです。また、車庫も古く、
近い将来、市立病院と一緒に郊外に建てる計画があったり、軌道に芝を植えていることか
ら、芝刈り電車の検討もあり、将来がとても楽しみな鹿児島の電車でした。
左下の写真は、LRT ユートラム1000型(2003年ローレル賞受賞)と500型、9500型
右下の写真は縦移動式ターンテーブルです。札幌では、入庫後、車庫内を1周するように
ポイントで停車位置の路線へいきます。

左下の写真は、LRT ユートラム7000型で、右下の写真は、収納式吊り輪、出入り口
付近の吊り輪が、このようになっていました。確かに輸送力をでは、7000型はいいよう
ですが、乗客の乗り口、降り口が離れ、不便なような気もしました。

下の写真は、路面電車最南端の電停で谷山駅です。最南端駅として立派な駅でした。
ちなみに路面電車の最北端の電停は、この札幌の西4丁目駅となります。
(西4丁目駅は、このサイトの最初のページで見ることができます。)

広島市 広島電鉄 「グリーンムーバーMAX 2日乗車券と電停?」
営業距離 : 35.1Km(軌道線19km+鉄道線16。1km)
軌 間 : 1435mm 駅 数 : 77駅(9系統)

1912年 駅前から宇品線の一部、100型50両で、広島電気軌道として運行開始。
1917年 広島ガスと合併して、2年後、部分開通していた宇品線が1本となる。
1922年 大阪市電より100型電車10両導入に、所有の100型電車を0型として
区分。 その後も路線の延長や車両を導入をします。
1931年 宮島線の全開通があり、火災による車両の入替で100型が450型など
になっていくほか、部分的に単線から複線になっていきました。
1942年 今の広島電鉄となります。
1945年 現在の原型となる路線が出来た状態で、広島に原爆が投下されました。
1960年 戦後の路線復旧、車両の導入、入替がありましたが、車社会による問題が
深刻になり、 その後、調査団による調査等により、このままだと、さらに
渋滞が進み、廃止すると 公共交通 の環境悪化、地下鉄を開通させるには
地下地質の悪さがあり、不可能であったようです。
1980年 この年代に入ると、軽快電車の導入ラッシュが始まりました。
1994年 街の南北(18.4km 駅数21駅)地上を走っているアストラムが開通)
1999年 グリーンムーバー(5000型)の導入
2004年 グリーンムーバーMAX(5100型)の導入
(長さ30m、幅2.45m、5両編成)
今回、路面電車大国である広島に行け、とてもうれしいです。さらに車庫を拝見させ
て頂き、スタッフーの方には、お手数をおかけしました。いろんな車両が拝見できた
ほか、最後にお稲荷さんもあったので、ここに来れたお礼を拝んできました。
それにしてもすごい、規模の大きさといい、グリーンム−バMAXの大きさといい、なに
せ後ろから運転席が見えないんです。
街の停留所は「はみ出るのでドアが開きません。」とアナウンスもあり、広電西広島駅
は、まさにJRの駅ですね。この駅から宮島口までは専用軌道で、スピードあり、信号あり
ホームあり、改札機が外にあり、本当に確認して乗車しないとどこへ行くかわらない路線
規模。本当に路面電車と一言では言えない体験をしてきました。しかし、グリーンムーバ
MAXは、広島の街に入ると能力が半減?、残念な気がしました。なにか、方法がないの
でしょうか…

岡山市 岡山電気軌道 「MOMO(9200型) 岡山駅前電停」
営業距離 : 4.7km 軌間 : 1067mm 駅数 : 16駅
1912年、全面的に路面電車で運行開始され、路線延長をしていきましたが、1968年に
一部路線の廃止があり、2002年MOMO(LRV連接車)の導入、このLRVは、のちにいろ
いろな賞を取ったほか、富山市、高岡市のLRVの基になっていきます。
私が岡山に到着した時は、残念ながらMOMOの運休日、お願いして車庫で拝見させて
頂くことになり、営業所の方にはお世話になりました。営業所まで乗車した乗務員さんは、
女性で後で聞いたところ3名(すでに退職者3名…結構採用している)中の一人で、結構
男顔負けの運転をしていました。MOMOの外見は斬新でありながら、内装は木目調の床
座席、ランプ照明と落ち着いた雰囲気、当然、低床車で乗りやすいが、乗務する方にとって
みると、車体が長いため、制動距離の間隔がつかみづらいなど一長一短があるようです。
岡山駅の電停も手前の電停(写真奥)で、乗客を降ろしてから駅側(写真手前)で乗車
させる方法で、電停の混雑緩和を図っているようです。

高岡市 高岡軌道(万葉)線 「アイトラム 待避線交差 車内」
営業距離 : 7.9km 軌間 : 1067mm 駅数 : 18駅
1948年に富山地方鉄道により運行開始され、路線の延長をされていきましたが、19
66年に富山新港が出来たことから、路線が分断され富山市への行けなくなるほか、車
社会による乗車人員の減少で、1971年に高岡市の要請により路線の一部廃止しました
2001年には、高岡軌道の廃止を表明しました。しかし、高岡市が中心となって第三セク
ターを設立し、2002年に万葉線株式会社として運行開始されました。
確かに富山市と同じように室内は広く、低床車で乗降も楽です。ただ、外見が赤で斬新
なせいか、室内が地味な感じがしました。それから、所々に待避線が多く、部分単線運行
をしているのには驚きました。写真左下のようにアイトラムの交差するところを見られました。

富山市 富山軌道 「8004型 9000型」

営業距離 : 6.4km+0.94km 軌間 : 1067mm
駅 数 : 20駅+3駅
1913年に富山電気軌道として始まり、7年後に富山市に譲渡しましたが、この都市
も同様に鉄道・バス会社の整理統合の政策的促進で、富山地方鉄道となり、最盛期
は11kmまで営業距離がありました。
また、平成21年12月23日に36年ぶりに環状線が復活しました。名前は「セントラ
ム」で、車両は白、銀、黒の3編成があり、今回のループの延長部分は丸ノ内から西町
間の(富山都心線)0.94kmの単線で、途中に@「国際会議場前」、A「大手モール」、
B「グランドプラザ前」が新設されます。そして、丸の内から西町を結び、この間の反時
計回りのみの運行となります。右下がセントラムの黒です。

富山市 富山ライトレール 「車両及び車内 富山駅北口付近」
営業距離 : 7.6km 軌間 : 1067mm 駅数 : 13駅
全長 18.4m 全幅 2.4m 高さ 3.4 重量 25t
乗車人員 80名(座席 28名)
特徴は、白を主体とした車両に7色(赤、橙、黄、黄緑、緑、青、紫)の縦にラインが入って
おり、平成18年にJRの鉄道路線を引き継ぎ、第三セクターである富山ライトレールとして
路面電車化し運行を開始しました。
最近運行開始したこともあり、車両内は広く、低床車で乗降も楽です。あと、北口駅から
次の駅までの区間が単線となっており、対向電車が到着しなければ、発車しないシステム
になっているようで、路線の延長のコスト面や保守面など見習うところでしょう。

函館市 「らっくる号」 
営業距離 : 18.6km(2系統) 軌間 : 1372mm 駅数 : 26駅
全長 13.25m 全幅 2.34m 高さ 3.7m 重量 20t
乗車人員 62名(座席 31名)
函館の路面電車では、平成19年3月20日、全面低床車(LRV)の運行開始
しました。特徴は、2両連結で、従来より40cm低床で、定員62名です。
9600、9601型で、1編成 (約2億300万円)
私も平成19年9月、函館市に導入してちょうど半年目、乗車してきましたが、
札幌にも導入してほしい1両ですが、低床車でバリアフリーにしているせいか、
運転席と後の1名分の後ろ向き座席が高いとか、連結部分のジャバラなど車内
に圧迫感がありましたが、車両には、デッドマンブレーキが付いていて、運転
者が運転中に意識を失った際や、不用意に運転位置を離れた際に、車両を自
動的に停止させることで事故を防止することを目的したものです。

今回は2010年8月、2回目の函館。今回は、JRではなく車で訪れました。
ちょうど、車庫前を通ったとき、9600型が車庫前で出庫準備中なのか、
ぎりぎりまで出ていました。しかし、私のカメラのバッテリ切れマークが…
そこで、以前、撮った写真で我慢してください。
これは、ハイカラ電車と最新低床車が函館駅前で、すれ違いに
なったものと、軌道修繕業者がハイカラ電車の通過を待っている
ものです。

大阪 阪堺電軌 : 天王寺駅前
阪堺電軌の天王寺駅前の電停は、終点交差点のループ歩道橋から降りてきて乗車
しますが、JR天王寺駅ビルと近鉄 阿倍野橋の駅ビル、さらに天王寺公園を結び、歩道
橋下には、市営地下鉄御堂筋線天王寺駅と連絡しています。また、この路面電車も19
80年まで、市営交通として活躍していました。これにバスとなると、5つの乗り物があり、
迷います。
札幌でも、近い将来、駅前にJRの駅、地下鉄、路面電車と接続するとなると、このよう
になるのか、道路中央に地下通路を作るのか、考えさせられました。ただ、老齢の方、私
みたいに地方から出てきた人間には、乗り場案内が、歩道橋にもほしかったです。
実は、私も迷っている時に高齢の方に、「矢田に行きたいのですがどうしたら行けますか
?」と尋ねられました。私は、「自分も札幌から来て迷っています。」と答え、その場を忍ん
だのですが、札幌に帰宅後、確認したところ、私の目的駅の次の駅でした。思わず申し訳
ないことしたと、大声を上げました… しかし、その天罰か、普通と表示した近鉄に乗ったの
ですが、快速だったようで、目的の針中野を通過し、次の停車駅で降りて5つ戻る羽目にな
りました。きちんと確認するべきでした。