更新日:2006年7月1日(土) 23時57分6秒




向井流  会津向井流水法会



 会津藩の向井流水法
文化七年(1810)二月二六日幕府は江戸湾防備の為、会津、白河の両藩に海岸へ砲台構築と防備を命じ、翌年には浦賀、走水、城ヶ島また陣営を平根山、浦賀観音崎、走水三崎北條山に設けた。文化九年六月五名が藩命を受け、江戸で向井将監正直の門に入り、文政元年(1818)九月それぞれ免許皆伝され会津藩の水業は向井流水法が定着し、日本最古のプールが藩校日新館にある(周囲160m)水馬池で水練を行った。しかし戊辰戦争で消滅したかと思われた、会津の水業が旧藩士大竹作右衛門氏が小樽で伝承し、小樽の向井流水法会の皆様の協力で復活に至る。

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