1931(昭6) 社研事件にて検挙され、起訴猶予。
日本赤色救援会(モップル)広島地区委員会の再建に取り組む。
1932(昭7) 5月、その責任者として検挙され起訴。
1941(昭16) 山路商、坂本寿らと「国民詩歌協会」を設立。日本プロレタリア文学同盟廣島支部に参加
なお、同時期山路商、坂本寿らと広島ローマ字会を創立し、社会主義リアリズムに
立脚する詩を発表。
マルキシズムの宣伝啓蒙につとめた。
同年12月に検挙され、翌年5月釈放。
終戦後共産党に入党。
1965(昭40) 5月9日記念病院にて54年の生涯を終える。
1911(明44) 広島市生まれ。
1930年代”共青””全協”に籍をおき活躍
指の焦げるほど、
吸い捨てたバットの煙り、
その値上がりに想いを伸ばす。
たった一つの嗜好が、
また生活に負担を加える、
「止めよう」とバットの箱を千切る・
露骨な言葉で、
煙草の値上げを攻撃する労働者たち、
どうにもならぬひしめきが身を衝つ!
物価は騰がり労賃は低る、
辻褄の合わぬ生活が、
いつ迄俺達を押しつぶす。
たった一つの質草を指差し、
妻よ―、
鰯をウンと焼け。
大衆課税―
消費課税―
さて、その次は生死に係るか。
そのままで、
秋の日差しを享けている。
モクモクと吐き出される、
黒煙
見ても見ても見飽きぬ眺めだ。
胸のうちをすっきりさせる、
煙突よk、
吐き出せ、吐き出せ力強く。
地上二百尺
巍然と起つ煙突
お前は俺らの血を凝結させる。
「死ぬだけが俺たちの自由さ」
虚ろに笑う
友よ! 底力を出せ。
勘定日の夜、街は愁いで一杯だ。
新しいバットの封を切る。