![]() 伊東征隆 土風炉製作中 |
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| 蒲池焼きは、肥前佐賀の領主鍋島直茂に仕えていた家長 彦三郎親方が慶長九年(1604)に当時の筑後の国の 領主田中吉政に、「筑後国土器師」(土器の役人)として 招かれ、この地で土器を焼いたことに始まります。 親方は、先祖代々土器師の家に生まれ、天正 二十年(1592)豊臣秀吉の肥前名護屋城在陣のおりに 朱印状を授けられると、毎年、春・秋、二回上洛し、 土器を秀吉に献上するのを吉例としていました。 この地に移ってからも、江戸幕府献上の土器や藩主御用 の土器を焼成し、元和六年(1620)立花宗茂が柳川藩主と なると、翌年親方を「領内土器師」に任命し、藩御用窯として 保護しました。 製品は素焼きで、色合いは、白・赤銅・黒などで、 黒や白の斑文があるのも特徴です。当時は、一般への 販売が禁止されており、容易に入手ができず、 貴重とされていました。 |
![]() 空窯(キセル窯)にて焼成中 |