親と離れて

2015年3月22日) 佐藤嘉哉 神学生


わたしはあなたがたを遣わす。それは、狼の群れに羊を送り込むようなものだ。だから、蛇のように賢く、鳩のように素直なりなさい。

                    (マタイによる福音書10章16節)


①価値観を変えた二つの言葉
 私は大学に進学するまでの18年間を、親と過ごしてきた。親許を離れると、自分を守るのも、問題を解決するのも自分自身である。この南大阪教会で塩見伝道師から言われた言葉で、私の価値観を大きく変えた言葉に出会った。1つ目は「頑張らなくていい」、2つ目は「優先順位」という言葉である。はじめはどのような意味が込められているのか理解できなかった。しかし、その言葉には「頑張らなくてもいいが、やるべきことはやる。」という続きがあると考えるようになった。その時に自分に出来る事を精一杯すればいいのだと気持ちを軽くしてくれたのである。またその中で「優先順位」を決めるということも重要であると気づき、様々な状況でどのように対応すべきかを考え、よりよい環境にしていく努力が出来るようになった。 教会での働きを通して、教会をより深く知ることができ、自分は本当に牧師になりたいのかと自問自答を繰り返すようになった。「派遣神学生」としてここに遣わされ、嬉しいことがあっても、悲しいことがあっても、教会という場所がそこにあり、私の心を穏やかにするのである。そして同時に、このような穏やかな気持ちになる教会で働ける喜び、神様に仕える喜びを感じるようになった。

②皆にとっての教会とは
 神様とイエス様は、誰よりも私たちのそばにいて下さる。揺り籠の様に優しい聖霊に満たされ、癒して下さるのである。そのことを覚えて感謝をする場所、また癒しを得る場所こそ教会ではないだろうか。皆にとって神様は癒しであるか。教会に来て癒しを求めているのは誰か。子どもたちが教会に来て優しさを感じているのか。心に傷を負っている人が行きたいと思えるのか。また、親という役目から離れて教会に来ている人は癒されているのか。私たちはそれぞれの思いによって教会に来ていると同時に、神様の聖霊による導きによって教会に来ている。神様は教会だけではなく、私たちのそばにいつもいて下さる。私たちは心の中に「神様がいる」ということを実感し、癒しを得るのである。悲しいことがあったとき、神様の存在はどれほど頼もしいことか。何が重要か。そしてその次は、と考えていくべきではないだろうか。親と離れて行動するのは不安である。しかし、そういう時こそ私たちは神様の愛により頼んでいきたい。私たちの心を神様に全身を向けつつ、教会で癒しを得たことに感謝し、心を通わせ、これからの日々を歩んでいきたい。