神の家族

(2014年6月22日) 岩河 敏宏 牧師


キリストにおいて、あなたがたも共に建てられ、
霊の働きによって神の住まいとなるのです。

       (エフェソの信徒への手紙2章22節)


①『ちいさな 赤いとうだい』
文:ヒルデガード・H・スウィフト 訳:掛川恭子 絵:リンド・ウォード 出版:BL出版
 ハドソン川の突端の岩場に、小さな赤い灯台が建てられました。夕方になると、灯台守のおじさんがやってきて、灯台に明かりを入れました。すると、小さな灯台はみんなにわかることばで声をかけはじめました。みんなに声をかけるとき、小さな灯台はいつも自分が大きくて役に立っていてえらくなったような気になります。
 ところが、ある日、大勢の男たちがやってきて、灯台のそばの地面を掘りはじめ、鋼鉄の柱が何本も立ち、大きな橋がかかります。橋が強力な光を発するのをみた小さな灯台は、意気消沈してしまいます。しかし、霧と嵐が襲ってきたとき、「ちいさなきょうだいよ、おまえのひかりはどうなってしまったのだ」…(中略)…「いそげ、いますぐひかりをおくれ!それぞれがじぶんのやくめをはたすのだ!」大きな橋から掛けられた言葉により、小さな灯台は再び自信を取り戻します。

②神の家族
 私たちは知らず知らずのうちに枠組みを設けて、その枠組みの内と外に分けてしまいます。弱肉強食の社会においては、強いか弱いか、多いか少ないか、貴重であるかそうでないか。私たちの社会においては、仕事量・情報量・資金・権限といった枠踏みの強弱にそって価値の大小が測られ、より大きい者が尊ばれています。新約聖書時代のユダヤ社会においては、律法遵守の大小が規準となっていました。
 しかし、教会にあってはそのようなことが基準とはなりません。老若男女の区別なく、それぞれが組み合わさって(補い合って)成長していくことが求められています。そして私たち一人ひとりを繋げるかなめ石は、イエス・キリストであり、聖霊の働きだと言われています。神の家族とは、大人の考える枠組みではなく、イエスを中心に据え、“それぞれが自分の役割を果たす”関係性の中で建てられることを知らされます。