持ち寄りましょう

2014年8月24日) 塩見 和樹 伝道師


わたしたちは、与えられた恵みによって、それぞれ異なった賜物を持っていますから、預言の賜物を受けていれば、信仰に応じて預言し、奉仕の賜物を受けていれば、奉仕に専念しなさい。


       (ローマの信徒への手紙12章6節~7節)


①『アナグマのもちよりパーティー』
 評論社が出版するこの本は、文:ハーウィン・オラム、絵:スーザンバーレイによって生み出された絵本である。あるモグラのところにアナグマからのもちよりパーティーの招待状が届く。モグラは持っていくものが無く、困っていたが、アナグマのアドバイスにより“自分自身”をもってパーティーに出席した。しかしそんなモグラに対して、周りの動物たちは冷たい態度で接するのである。


②私たちの弱さ
 この物語に登場する動物たちは、私たちの弱さの象徴である。私たちは他の動物のように、自分の優れていると思うところを他者を比べては、それを誇りに思ったり、自慢したりと優位に立とうとしてしまう弱さを持っている。あるいはモグラのように、人より劣っていると感じた時には、それを恥じ、ひたすら隠そうとしてしまう弱さも持っている。両者ともに言えるのは、他者と関わりを持とうとしながらも、自分のことしか考えていないということではないだろうか。パウロは「自分を過大に評価してはなりません。」と語るが、ローマ教会の人々もまた私たちと同じような弱さを抱えていたようである。パウロはローマの人々に「あなたが評価しているものは、(神様から)与えられた恵みによるそれぞれ異なった賜物なのだ」と言う。私たちが神から与えられたものは、互いに全く違うもので、優劣をつけられるものではないのである。


③弱さを持ち寄れる場所
 神様がそれぞれ異なる賜物をあたえてくださるならば、私たちが恥じて隠そうとする弱さもまた賜物ではないだろうか。第1コリント12章22節「それどころか、体の中で他よりも弱く見える部分が、かえって必要なのです。」第2コリント12章9節「むしろ大いに弱さを誇りなさい。」とあるように、私たちにとって弱さとはなくてはならない存在であり、隠す必要のない優れた賜物なのである。大切なことはその他者の弱さに寄り添い、他者の弱さを認め、他者と弱さを持ち寄って共に歩んでいく事なのではないだろうか。
 教会とはまさに、弱さを絆とした共同体である。私たちは教会に集う人達、イエスと弱さをオープンにする中で、癒され励まされるのである。そのような教会にしていくために、私たちは歩みを成していきたいものである。