

| 1995年7月末 当時犬を飼おうということでゴールデンを探していた頃、あるペットショップ”M”でばるくんと出会いました。 ばるくんはこのショップの片隅の小さなゲージの中で、覗きこんだ私達に小刻みに一生懸命 しっぽを振ってくれました。 隣の大きなゲージの中にはペットホテルとして預かった、いかにも外で飼われているような中型犬の成犬が、 ショーウィンドウ側のゲージには他の犬種の生後2ヶ月に満たないくらいの子犬達がたくさん並んでいました。 なぜ、この子だけ(ばる)ショーウィンドウ側のゲージの入れていないんだろう・・・ちょっとした疑問はありました。 しかし犬を飼うということが初めてだったということで、どこで手に入れるものか、どうやって育てるものか、 まったく無知だった私はこの状況がとても危険な状態だとはまったく気づきませんでした。 そして私達はその日のうちにばるを飼うことを決めました。 しかし、ショップから”この子はちょっと風邪気味で鼻水が出るので引渡しを少し待ってくれ”と言われ 指定された日に引き取りにいきました。 7月31日(月) そして、ばるがやっと我が家にやってきました。 しかし何故かは記憶が定かではないのですが、次ぎの日に再びショップに預けているのです。 確かお腹の調子がいまいちだと言う事だったと思います。 8月1日(火) 再びショップへ 8月4日(金) ばる、再び我が家へ・・ やっとばるとの生活が始まりました。 おトイレも1度で覚え、とてもおりこうさんでした。 後で思えば、子犬にしてはおりこう過ぎちょっと元気がありませんでした。 まだワクチンも打っていないというのに、お散歩デビューが楽しみで早速リードやうんちとりなどを 揃え、9月の2度目のワクチンの日を指折り数えて待ちました。。 お腹の調子がいまいちだったのは結局”虫”がいたらしく、ショップから動物病院の名前の入った虫下しの証明 とやらを貰いました。(そんなのあるのかな?今まで見たことも聞いた事もないです。) しかし未だお腹の調子はいまいちです。 8月12日(土) 健康診断を兼ねて近所の動物病院へ1度目の7種混合のワクチンを打ちに・・ 体重2.5`。ゴールデンの男の子にしては小さいです。 8月13日(日) やはりお腹の調子がいまいちよくなく下痢気味なので病院へ・・ 検便の結果、ばるのお腹は虫だらけでした。薬を処方してもらいました。 よく子犬にいる”センチュウ”はもちろんのこと”コクシジウム”というのまでいました。 ショップから付けられた虫下しの証明書はなんだったのでしょう・・とても診察して出した証明とは思えません。 8月15日(月) またまた病院です。 耳が結構汚れている為、耳掃除をしてもらいました。 生後2ヵ月くらいの子犬でも耳が汚いのかな〜? 体重3.0`。 8月17日(木) 耳の状態を見せる為、病院へ。 改善されました。 体重3.3`。 8月22日(火) ショップで初めてのシャンプー。 洗い方を教えてもらいました。 8月26日(土) この日からの事はつい昨日のことのようにはっきり覚えています。 いつものようにばるは、うちわで遊んだり相変わらず良い子でした。 洗面所に置いてあるペットシーツでおしっこを済ませ私の所に”おしっこ出来たよ”と教えに来てくれました。 この時ばるは口から泡を吹いていたのです。 最初お風呂の石鹸でもかじって悪戯をしたのかと思っていましたが、そんな訳はなかったのです。 心配になりショップの方へ電話で相談しました。 ”夏ばて気味なのでしょう”とのことでした。 それからやはり気になるので病院へ連れて行き、獣医さんの答えも同じく”夏ばて”かもしれないので様子を 見ましょうということでした。 しかし、その深夜12時前くらに再びばるは泡を吹き始めたのです。 深夜と言う事もあって申し訳ないとは思ったのですが、獣医さんに電話をし連れて行きました。 診断の結果”ジステンバー”ということでした。 この時、知識の少ない私達にはそれがどんなに恐ろしい伝染病かとまだわかっていませんでした。 ただワクチンの効くまでは、外に出したりしてはいけないということは知っていたので 病院などに行く意外はまったく外には出していないのに・・・ 獣医さんの口から出た言葉は”安楽死”でした。 しかし私達の中でこの子がこれからどんどん弱って、病状が悪化するなんてまったく思っていなかったことなので 治療を続くける事をお願いし、獣医さんからは”何かの時は・・”ということで緊急連絡先を 教えていただき、病院を後にしました。 だって、泡を吹いた意外はいたって元気なんですよ。 そんなこと信じられるはずもありません。 8月27日(日) しかし、この一晩で残念ながら目に見えてばるは弱っていきました。 ご飯を食べれなくなり、嘔吐、下痢・・・・・ そして昼からは痙攣(神経障害)が始まったのです。 病院に点滴をを受けに行ったとき、初めて絶望的だと言う事を実感し涙が出ました。 それでもまだ諦める事ができず家に連れて帰りました。 その頃のばるは耳も聞こえず目も見えない状態でした。 痙攣の発作が始まると、本能的なものなのかソファーの裏に隠れるのです。 その後は決まって下痢。 もう出るものもなく腸壁が剥がれて出てきていました。 私達がしてあげれるのは背中をさすってやることぐらいしかありません。 それが悔しくて悔しくて・・ その発作の間隔がだんだん短くなり、発作の合間に遠吠えをはじめました。 8月28日(月) 朝がやってきてもばるの症状は快方に向かうどころかどんどん酷くなる一方でした。 小さな体で遠吠えをしているばるを見ていると”苦しいよ、助けてよ”と言っているような気がして・・ 私達はとうとう昼頃獣医さんに貰った緊急連絡先に電話をする決断をしました。 ほんとに考えて考えて出した結論でした。 小さなばるに、もうこれ以上の苦しみを味わせたくなかったのです。 病院に行くまでの車の中で、辛くて悲しくて涙が止まりませんでした。 ほんとだったらあと4日で2度目のワクチンを打ち、その1週間後くらいには一緒にお散歩に出れると 思っていたのに・・お散歩どころか外を歩かせてあげることすら出来なかった。 病院の駐車場で目も見えない、耳も聞こえないばるにリードをつけ、泣きながら最初で最後のお散歩をしました。 私はどうしても診察室に入ることが出来ず、たけろ〜さん一人でばるを連れてはいってもらいました。 そしてばるは最後に遠吠えをして旅立ちました。 その遠吠えが未だに耳から離れません。最後を見送ってあげる勇気がなかった事を反省し、後悔しています。 診察室から出てきたばるはタオルにくるまれ、とても安らかでした。 やっとあの苦しみ、痛み、辛さから解放されたのです。 その日のうちに火葬し、今はお寺の納骨堂でばるは眠っています。 |




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