Derniers souvenirs, derniers Jeux (liberation.com)の日本語訳


Derniers souvenirs, derniers Jeux (liberation.com)のドゥイエに関する記述部分に関してのみの日本語訳です.


(注):このWebをご覧になっている方からこの記事の日本語訳を頂きました.本人のご希望で匿名とさせていただきますが,ここでお礼を申し上げたいと思います.(いつもありがとうございます)

ステファン・トレノー「ダヴィド・ドゥイエをめぐる論争について」
(10月3日付リベラシオン紙、ドゥイエの試合についてのコメント)

  僕はまだ機会がなくて、あの決勝戦のビデオを見ていません。「ユーロスポーツ」にもコメントしましたが、正直なところ、何もショックを受けるようなことはありませんでした。あれはとても素早い動きで、ダヴィドが篠原を攻撃し、宙に浮かせたのです。どちらの選手も支えを失い、畳に足がついていませんでした。篠原はそれを利用してダヴィドを転がし、双方が倒れたのです。

  この種の動きについてありうる論争はただ一つ、純粋な判定の問題です。問題となっているのは「同時(=同体?)」と呼ばれる動きであると考えられます。その場合、何もポイントは与えられないはずで、篠原の一本は全くありえません。

  もう一つ理解しておかなければならないことは、この論争の中心となっているのが、篠原のコーチである神話的人物、山下泰裕であるということです。山下はロス五輪の金メダリストであり、これまでの勝利の数は、ドゥイエとほとんど同じでした。自分の弟子が負けた上に、彼は自分の記録をドゥイエに抜かれたのです。ドゥイエは柔道史上最多勝利を挙げて、一つの伝説になりました!

  では帯のことについて・・・
  そのことなら、誰よりも僕が話すのが適任でしょう。僕が帯を利用するようになったのはもう15年も前のことです! ダヴィドも僕も腕が長いので、対戦相手の背中の帯を取りに行くのです。もう一度念を押しておきますが、これは柔道のルールの問題です。相手の帯を掴んだら、すぐに、3秒から4秒以内に攻撃を仕掛けなければなりません。帯を取ったまま、受動あるいは防御の態勢を取り続け、直ちに攻撃しなければ、反則を課せられます。もちろん審判の目の前にストップウォッチがあるわけではないですから、これは審判の判断に任されています。いずれにせよ、ダヴィドの勝利の価値をおとしめようとする人々がいるのはとても残念です。確かに僕もこの日、かなり興奮していましたが、でもダヴィドが試合をはるかに有利に進めていたことは明らかです。


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