
第10章 族長に委ねられた道
(2) ルブリンはまだ枝に横たわったまま、さてどうしたものかと長いこと考えていました。
そうしている間にも、春の朝の光はルブリンの上を巡り、芽吹いた楡の小枝を抜けた木漏れ日が作る、美しい網細工のような影が揺れながら流れていきました。
谷間の空には、あいかわらずノスリが大きな円をぐるり描きながら鳴いています。
ルブリンは、クラドックや彼の一族、もしかするとルブリン自身の民でさえ、ルブリンが見るようには見えないのだろうとも思いました。
多分、このまま仕事を続けて白亜の大地に馬を切り出しても、誰も何かがおかしいなどとは思わないだろう。
自分だけが知っているのだ。
自分が負うべき契約を果たしていないことを。
自分に見えているものに嘘をつくことを。
そして、それが自分が創ることの出来る最後の絵なのだと思うと、嘔吐(えず)くような感覚がこみ上げて来ました。
最後の絵。
その全ての意味を半ば悟りかけたとき、獲物を見つけたノスリが空から真っ逆さまに急降下して、丘陵のすそ野へと飛び去ってゆきました。
何かが死んだのです。
死んだものが悲鳴を上げたとしても、遠くにいたルブリンには聞こえてはいませんでしたが、まるで手の中で起こったことのようにはっきりとその小さな死を感じました。
刻(とき)の裂け目に落ちたルブリンの目の前に、クラドックとの間で語られもしなければ考えられもしなかったことが闇の彼方からその姿を現すと、彼はそのことをずっと前から知っていたことに気づきました。
2人の間で取り交わされた契約の最後の封印。
それはルブリンの死でした。
彼の血、彼の命が注がれることによって、彼の創り出す神の馬に命が宿る。
ちょうど古き民が七年に一度、畦の溝に蒔かれた小麦の種に豊穣をもたらすため、人の血を注いできたように。
ルブリンは固く握りしめた手が震えているのに気がつきました。
心臓はまるで狩りをしている時のように早く脈打ち、胃がかき回されているように吐き気をもよおしました。
やっとの思いで手を開いたルブリンには、落ち着きを取り戻していくその手が、まるで他人のもののように感じられました。
吐き気が収まると、少しずつ心臓の鼓動も落ちついてきました。
枝に寝そべりながら、ルブリンは、ぼろ切れのような彼の一族のために己が死ぬことを受け入れました。
それは至極当然のことなのです。
民と神の間に立つ王の正道であり、族長の進む道。
必要とあらば、民のために死ぬ。
それがこの世の常だったのです。
ルブリンは族長の息子の生き残りであり、馬の創り手でもあります。
しかし、そのことを受け入れるために、ルブリンには少しの時間が必要でした。
丘砦の檻に戻り他の者たちと向き合う前に、ルブリンには、楡の大木の力強さと静寂が必要でした。
横たわる彼の中にゆっくりと静けさが訪れ、前の晩に一睡も出来なかったことを取り戻すかのように、ルブリンはつかの間の眠りについたのです。