
第1章 まぼろしの白い牝馬
(1) 草なびく丘陵地帯、そのみどりのうねりの一番の高みには『堅き所』と呼ばれる茶色の丘砦が、まるで低く身構えた獣のようにありました。
材木で補強された芝土の堤が三重にその丘砦を囲み、白亜層のむきだしになった広い堀がその外周を巡っていました。
守りの弱点となりがちな門への通路も、内と外の堤が組み合いながら重厚な木の門へと連なっているので、敵が攻め込もうとしても、左右から守備隊がやりと投石をあびせられるようになっていました。
はるか遠い北東の地。
その大草原にいた部族の女王の末の男子が、若者達を従えて自分達の新たなる土地を見つけようと、どの世界の若者にもありがちな勢いで、妻と子供と馬の群れを引き連れてこの丘陵地帯にまでやってきて以来、もう5世代に渡り『堅き所』はそこにあり続けたのです。
彼らはイケーニ(馬の民)という名の、馬を飼育し調教する民でした。
彼らにとっての富は金ではなく、種馬や粗毛のニ才馬、子をはらんだ牝馬やニ輪戦車の訓練をつませた馬でした。
新たなる牧をここ『白亜の丘陵』に見いだした彼らは、先住の『暗き肌の民』を追いやり『堅き所』を築いて、何年かの間は一族全員が塁壁の内側で暮らしていました。
しかし今では、先住の民は征服者たちに目立たぬように再び元の生活を営み、動乱の時代は過去のものになりつつありました。
夜襲を受けた月明りの晩には、一族全員と若い馬、そして時には先住の民までもが塁の内側に避難して、その間に馬飼いは牛や馬の残りの群れを下手にある森に隠しました。
しかし平穏な時には、人々はたいがいもっと低くて身を隠しやすい斜面や谷あいの林を開墾して生活を営んでいました。
秋ともなれば、見張り番小屋ははらんだ牝馬の出産小屋となりました。
族長のティガナンの立派な木造の館は、依然として風吹く丘の上に建っていました。馬小屋や牛小屋や、その世話人たちの小屋がその周りに集まり、族長付きの戦士たちや、竪琴弾きや闘士、祭司たち、そして族長や戦士や馬に必要な道具を作る職人たちの住む番小屋もありました。
族長ティガナンには、裏手にある女の館に住む妻サバとの間に3人の息子がおりました。
上の二人はブラッチとコーフィルという名の双子で、下のルブリンとは2才違いでした。
浅黒い肌色のルブリン・デュは、生まれた時からすでに黒い髪が生えていて、初めて開いたその瞳は似合わないほど大人びて見えました。
一族には、まれにこのような赤ん坊が生まれることがありましたが、征服した民の血と先住の民の血とがやがて混ざり合うことは世の常なのです。
ルブリンの母は、生まれたその子を見てこみ上げるものを抑えきれず、涙を流しました。
彼女自身は一族の女達と同じクリーム色の肌と赤銅色の髪をしていましたが、その暗き色は紛れもなく自分が伝えたものだったのです。
他の子たちなら決して煩わされることも理解することもないであろう喜びや悲しみ、そして夢を、この子が抱くことになると母は予感したのでした。
とはいえ、ルブリン・デュの幼少期は、猟犬の仔犬や同年の子らと父の館の入り口辺りを転げ回って、幸せいっぱいに過ぎていきました。